【四】最も素晴らしい刀
◇◇鴨脚◇◇
注連縄を越えると灼熱地獄であった。金床の近くに座って休んでいた汗だくの彼は、俺の気配を察知してこっちを向く。
「親父。また刀を打ったんだ、見てくれよ」
鍛冶屋の息子として生まれ育った俺は、幼少期から刷り込まれた通り鍛造の道を進んでいる。
「どれ、見せてみろ」
父親であり師匠でもある彼に、俺の自信作を渡した。抜かずに外観を見た親父は「はあ」と呆れたように息を漏らした。まだ鞘に隠れているが、そいつは真っすぐで刀身の両側が刃である。鍔には鷹の翼を模した構造があり、柄を握った者の拳を覆って守るかのような格好だ。
「鴨脚よ、これが刀だって?」
「そうあしらわないで、中も見てくれよ」
親父の講評はいつも、見た目の批判からだ。曰く「高祠之国の刀には伝統があるんだ」とのことだが、その指摘に関しては無視を徹底している。時代と共に刀も変わるんだ。片刃で反っていて云云かんぬん。いつまでもそんな古臭い得物ばっかり打ってちゃ、高祠で一番の鍛冶屋にはなれっこない。
「材料は和鉄だな」
「ああ。玉鋼をちょいと頂いた」
「なるほど、道理で在庫が減っていたわけだ」
鞘を外し、刀身を窓から差し込む日光にかざし始めた。普段ならここで「だめだ、出直して来い」と突っ返されるのだが……。
「なかなか悪くない刃文だ。これを安定して再現できるようにしろ」
「おうよ」
なんだよ、驚いたな。親父から誉め言葉が飛び出したのなんて、がきの頃に初めて打った包丁に対してが最初で最後だったぞ。
「それに、よく研いである」
「ああ。巻藁三本は余裕でいける」
「ほう、悪くない」
「へへ、どうだよ。ちょっとは見直したか?」
本格的に鍛冶をやり始めて八年。ここまで正当に評価されたのは本当に初めてだ。親父め、やっと気づいたか。正直言うと、俺は俺の腕に自信がある。今見せている一振といい、これまであしらわれてきた奴らといい、どれもこれも秀逸な刀ばかり。俺こそ、高祠一番の刀鍛冶と呼ばれてしかるべき人間のはずだ。そんな俺の刀にけちをつけ続ける親父の感性は古いんだ。
「ちったぁ上手くなってるとは思う。だが、まだ合格はやれんな」
「はあ? なんでだよ?」
やれやれ、また懐古が始まるのか。呆れていると、親父は「なあ鴨脚よ」と妙なことを聞いてきた。
「いい刀と、そうでない刀。違いは何だと思う?」
「違い? 材料の良し悪しとか?」
「違う」
「じゃあ……見た目の美しさだ」
「それも違う」
なんだよ、見た目で俺の刀を否定するくせに。内心で毒を吐いてから気を取り直し、違いとやらについて考える。
「あ、分かった。よおく斬れることだろ?」
「違う」
親父はまた溜息を吐き、刀を鞘に納めて返してきた。どうやら今回も不合格らしい。
「じゃあ、違いって何なんだよ」
「品格だ」
「……品格?」
親父はやおら立ち上がり、伸びをした。
「名刀とされるものはどれも、人が打ったこの世のものとは思えない品格を有しているんだ。見た目だの切れ味だのってのも、もちろん大事だ。そもそも刀は、人が携える武器だからな。だが、それだけじゃいい刀とはいえない。やはり、美しき魂——品格が込められてこそ、初めて三つの要素が揃い、名刀と呼ばれるようになる」
俺には、親父の言っている意味がまるで理解できなかった。そもそも刀は武器、って事には賛成だ。だから巻藁三本は余裕で斬れるように鍛えて研いだ。見た目に関しても、重要な要素だからこそ、古きを捨てて新しい容姿に挑戦しているんだ。しかし、今回も不合格。それは、つまるところ——
「俺の刀には、魂がこもってないってことか?」
俺だって、軽い気持ちで刀を打っているわけじゃない。必死こいて鍛え、必死こいて研いでいるんだ。魂がこもってないなんて言われるのは、心外だ。
「いいや、そうじゃない。お前の刀にも、魂は確かにこもっている」
「じゃあ——」
「ただし、美しい魂じゃない」
これもまた理解不能だった。何であれ魂は魂だ。
「お前の刀には、傲慢さが透けて見えるんだよ」
「ご、傲慢さ……?」
「そうだ。よもや、自分自身こそ最高の鍛冶屋だなどと思っているのではあるまいな?」
思っているというか、実際そうだろう。高祠之国の鍛冶屋は、誰もかれもが未だに昔と同じ刀を作り続けている。古めかしいったらありゃしない。その点、俺は頭一つ出ているはずだ。なんてたって、誰も作っていないような刀を作っているんだからな。これは傲慢じゃなく、誇りだ。
「まあいい。今後に向けて、お前に課題を出してやる」
親父はそう言い、俺の目を真っすぐ見てきた。
「根本的に、最も素晴らしい刀とは何なのか。その答えを持ってこい」
「最も素晴らしい、刀?」
「そうだ。どう答えてもいい。既存の刀を持ってくるもよし、新しく打つもよし。言葉でも構わん」
親父め、何を言ってやがる。最も素晴らしい刀なら、今ここにあるじゃないか。この鷹の剣は、最高の鍛冶屋である俺の最高傑作だ。見た目も切れ味も良い。気持ちの面だって……気持ち、か。ふと疑問に思ったことがある。俺はなぜ、こうも早く高祠之国一番の鍛冶屋だと誇りたいのだろう。鍛冶の修行なんて、何年、何十年とやり続けてようやく一人前になる人もいるくらいだ。対して俺は、たかだか八年程度でしかない。
「鴨脚よ。なにも焦ることはない。時間はある。じっくりと考えればいいんだ」
俺は……焦っているのだろうか。親父を越える鍛冶職人になりたい。高祠之国で一番と謳われる人間になりたい。その想いが技術よりも先走っていて、親父に見抜かれていると?
「……分かったよ」
口にした言葉とは裏腹に、本当は何も分かっていない。むしろ不服だった。最も素晴らしい刀だと? そんなもの、見た目が良くて、必死に鍛えて必死に研いた刀に決まっている。つまり俺の刀じゃないか。どうしてそれが解らないんだ。親父だけじゃない。俺の刀を認めなかった刀剣商も、採用しなかった防人も。どいつもこいつも、刀ってもんをまるで解っちゃいない。
その日から、俺は新たにもう一振の刀を打ち始めた。強靭でありながらしなやかで、禍々しくも美しい。刃は鋭く、大木でさえも一太刀でなぎ倒す。そんな理想を込めて打つ。見た目と切れ味は完璧なものにしてやる。最高傑作である鷹の剣を超えてやろうという、強い向上心——親父のいう美しき魂だって兼ね備える逸品。もうすぐ、誰も越えられない最高の刀が出来上がる。
鍛冶屋に鬼が現れたのは、そんな矢先の事だった。
「……うん?」
月を見ながら新作につける名前を考えていた俺は、やたらめったら背丈の大きい奴がうちの門をくぐるところを目撃した。
「こんな時間に客……じゃないよな」
見ていると、そいつは蔵へ。恐るべき怪力で錠を破壊し、中に入ってがちゃがちゃと物色し始めた。蔵に近づいて様子を見ていた折柄、そこへ刀を持った親父とお袋が駆け付ける。二人は提灯で蔵の中を照らした。しばらく何か話していたかと思うと、次の瞬間、
「面白い。今しがた、ここで神品を見つけたところだ。さっそく試し斬りをさせてもらおう!」
叫びながら鬼が蔵から飛び出した。ぼさっとしていた親父をかばい、お袋が斬られる。思わず「あっ」と声を漏らしそうになったが、必死に飲み込んだ。鬼が神品と称して持っていたのが、鷹の剣だったからだ。今飛び出しても勝ち目はない。向こうは高祠之国最高の得物を持っている。どんな刀を持ち出そうと、その前では無力だ。
「待て!」
「ここらで刀狩りをしているのは貴様か?」
「大人しくお縄につけ」
防人が現れた。当然、奴らが持つ粗悪品如きでは俺の剣には敵わない。防人は、何をしに来たんだと笑いたくなるほど、あっという間に死んだ。やがて親父も斬られて吹っ飛ぶ。俺はまだ、茂みから出ない。悔しかった。両親が斬られるのを、ただ見ていることしかできなかったからだ。もう一日でも早く新作が完成していれば、鬼よりも優れた得物を携えることができていれば、こんな事にはならなかっただろうに。
「なるほど。見立て通り、確かに素晴らしい刀だ。頂いていくとしよう」
鬼が呟いた。奴は俺の剣を使って、親父を倒した。親父の刀は彼が自分で打ったものだ。であれば、俺の刀の方が優れているということが、今ここに証明されたことになる。しかも、刀狩りをしているという奴に、神品とまで評されたのだ。俺の矜恃は、ますます大きくなった。
「お袋……親父……」
見てみると、お袋と防人二人はもう息をしていない。親父だけは辛うじて大けがで済んでいるようだ。飛ばされて気絶したことが不幸中の幸いだったのだろう。そんな親父の肩を支え、医者を叩き起こしに向かう。
「い、鴨脚……」
目を覚ましたらしい親父が、何かぶつぶつと呟いている。弱々しすぎて何も聞きとれない。ただ一単語だけ「刀」と言っているのが聞こえた。ったく、こんな時まで。
「奴は……お前の…………」
「分かったって、もう喋るなよ」
今度こそ俺は、真に理解した。最も素晴らしい刀とは、強い刀のことだ。強い刀は持った人間に優れた力を与え、さっきの鬼のように、他者を圧倒するんだ。ははは、何が品格だ。それ見たことか。やっぱり俺の刀が一番優れているんじゃないか。親父にばれないよう、俺は、密かにほくそ笑んだ。




