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【三】傲慢の権化

 翌朝目を覚ますと、背中にぬくもりを感じた。仕事が休みだから、湯湯婆(こまち)も寝坊できるのだ。


「今日も北の方に行ってみようかな」


 美少女にあるまじき枯れ具合の寝起き声で独り言を呟いた。小町はまだ眠っているらしい。もう少し寝かしてやろうと思い、彼女を起こさないよう慎重に布団から出た。


「うわひど」


 私と背中合わせで寝ていた彼女の格好は、文字で表現するなら卍。昔からそうだったけど、こうやって改めて見ると、やっぱり小町の寝相は芸術の域だ。


 それからほどなくして起きた小町と共に、昨日と同じ道で北部へと足を運んだ。相変わらず、かんかんかんかんうるさい。


「おっ、これこれ」


 真新しい人相書を発見し、駆け寄る。昨日、防人が漫談しながら設置していたやつだ。


「ふうん。鬼、ね」

「身の丈は六尺以上、旧時代の足軽のような装備をしている。一命をとりとめた被害者によると、目的は高祠之国で最も優れた刀を我が物とすること」


 なによ身長六尺以上って。とんでもない大化け物じゃん。隣でいっしょに読んでいた小町も「それこそ、まじもんの鬼って感じ」とため息交じりに漏らしていた。


「んじゃ、行こ。とりあえず話を聞いてみないとね」


 辻斬りの時と同じく、防人より先にとっ捕まえないといけない。小町に促し、一歩往来の方に出た——その時だった。


「おい」


 出し抜けに、後ろから声をかけられた。結構若そうで、荒々しい声色だ。また不知火の部下だったら嫌だな……なんて思ったが、ここは北部だと思い出して少し安堵した。声の方に振り返ると、こっちを見て立っていたのは、やはり若い殿方だった。同い年くらいかもしれない。


「なに?」

「お前たちも鬼に興味があるのか?」


 彼は腕を組み、大袈裟に胸を張っている。なんて偉そうな奴。負けじと腕を組んで胸を張り「どちらさん?」と誰何した。すると彼は、


「まずは自分から名乗るのが礼儀ってもんだろ?」


なんてもっともらしい言葉で説教してきた。


「いやいや、話しかけてきたのはそっちでしょ」

「ん? ああ、そうだっけ」

「とぼけんなし」


 険のある語気の小町に恐れをなしたのか、彼は観念した様子で——腕や胸はそのままだけど——口を開く。


「俺は鴨脚(いちょう)。鍛冶屋の息子だ」

「鍛冶屋……?」

「ああ。そこに書いてあるだろ?」


 言いながら鴨脚は顎で人相書を示した。そこまでして腕組を(ほど)きたくないんだね。じゃあ私も解かない。もう一回文を読んでみると、鍛冶屋が襲撃を受けたと書いてある。布団屋夫婦からも聞いた情報だ。


「まさか、その鍛冶屋って」

「そのまさかさ」


 なるほど。この鴨脚という人物は、鬼に襲われた鍛冶屋の息子らしい。それにしては変に溌剌なのが気になるけど。落ち込むどころか、楽しげ……ううん、誇らしげな様子だ。


「へえ。じゃあ、なんでそんな感じなの?」

「奴はうちの蔵から剣を盗った。神品だとか言ってな。へへっ、聞いて驚け? その一振はな、俺が打ったもんなんだよ」


 家が襲撃されてるのに、それだけの事で上機嫌なのは正直意味わかんないけど。


「で、どうなんだ。お前たちは鬼に興味あんのか?」


 そういえばその質問から始まったんだったね、忘れてた。


「私たちは、その鬼とやらをとっ捕まえたい」

「ははは、そいつぁやめといたほうがいいぜ」

「なんでよ?」


 少しむすっとしたように聞くと、鴨脚は自信ありげに答える。


「さっきも言ったろ? 鬼は俺が打った刀を持ってる」

「……ん? 話のつながりが理解できないんだけど」

「つまり、鬼が持ってるのは高祠之国で最高の得物ってわけ。分かったか?」

「いや全然」

「はあ。物分かりの悪い女だな」


 何こいつ。めっちゃむかつくんだけど、斬ってもいい?


「俺を誰だと思ってんだ」

「知らん」


 鴨脚でしょ。そう言おうとした私より先に、小町が揶揄うように言い放った。


「俺は、高祠之国で一番の鍛冶職人なんだぞ。その俺が打った刀を、鬼は持っているんだ」

「えっと……あんまそういうの自分で言わない方がいいよ。傲慢が過ぎるから」


 鴨脚に反省を促してやると、小町はすかさず「いや誰が言ってんの」なんて切り込んできやがった。いやいや。私の矜恃は、根拠の無い鴨脚の矜恃と違って自明だから。


「俺の剣を持った鬼には、防人でさえ手も足も出なかった。そんな古びた刀しか持ってないお前じゃ、捕まえるどころか試し斬りの巻藁だぜ」

「別に得物と戦う訳じゃないから。勝負は、使い手が得物をどう使うかでしょ」

「分かってないなぁ」


 鴨脚はそう言いながら、もはや可笑しいくらい胸を張ってしたり顔をする。むかつくから私も負けじと対抗。


「刀は魂で、力そのものなんだ。優れた得物が優れた使い手を生むんだよ。だから奴は俺の剣を奪っていったのさ」


 う~わ胡散くさ。まあ……思想は個人の自由だから、どうだっていいけどさ。内心でばかにしていると、彼は「ところで」と話題を変えた。


「お前たちは何のために鬼を捕まえようとしてんだ?」

「鬼に聞きたいことがある。だから、鬼がしょっ引かれる前に会わなくちゃいけないの。っていうか、そういうあんたは何が目的なの?」


 聞くと、鴨脚は比較的小さな声で「俺も鬼に会いたい」と呟いた。彼は続けて、


「俺は、俺を超えたい。そのために、もう一度鬼に会いたいんだ」


と説明。だけどその話は、少なくとも私には理解不能だった。


「どういう意味?」


 さらなる説明を求めたけど、鴨脚は「ふん」としか言わない。彼はそのまま、勝手に話を進める。


「つまり、俺たちの目的は同じってことだよな。だったら、ここはひとつ、協力しないか?」

「は? さっきは『そいつぁやめといたほうがいいぜ』とか言ってたくせに」


 誇張した声真似を挿むと、露骨に眉を(ひそ)めた。


「気が変わったんだ。んな事より、お前らにとっても悪くない話だろ? しかも、俺には鬼をおびき寄せる秘策がある」


 小町に小声で「どう思う?」と問う。彼女は同じく小声で「現状、藁にも縋りたいし、いいと思う」と賛成の意を表した。了解、とだけ返事をして、また胸を張って鴨脚の方を向く。


「分かった、協力しよう」


 ふと、横に立っている小町が何やら私を凝視していることに気づいた。その割には目線が合わない。それに、なにやら小さく「同じ栄養状態なのに……」と、何回もぶつぶつ言っている。ぎりぎりと歯ぎしりまでしているようだ。なになに、怖いんだけど。不思議に思って「どしたん?」と聞いてみても、「何でもない!」の一点張り。何なの、変な小町。こら、爪を噛むの止めなさい。


「で、どうやって鬼をおびき寄せようっての? 葡萄でも置いておく?」

「いや。あいつは一番強い得物に固執しているようだから、それを利用してやろう」

「でも、一番強い刀は持っていかれちゃったんでしょ?」

「ああ。だが問題ないさ」


 鴨脚はにっと口角を上げる。


「この手で、()()()()()してやりゃいいだけの話だからな」


 それから少し話し合い、鬼を捕まえる共同作戦の間は鍛冶屋に泊めてもらえることになった。廃屋からここまでは一時間ちょっとかかる。通勤はしんどい。


「小町はどうする?」

「明日、鍛冶屋から菓子屋に行って、明後日から一週間休むって伝えてくるよ」


 じゃあ仕事の方は問題なさそうだね。あとは——


「大丈夫でしょうね? 絶世の美少女を家に連れ込んで、行水とか寝室とか覗いてやろうって下心が見えるんだけど」

「お前こそ大丈夫か? 医者が必要なら呼んでやるぞ。幻覚が見えているようだから心配だ」


 ……めっちゃ言い返されてむかつく。


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