【一】刀狩りの鬼
◇◇◇
「……なんの音だ?」
ある夜。暗くなったら寝るという習わしに従っていた男は、聞きなれない物音によって目を覚ました。重厚な扉を開くような鈍い響きである。
「まさか、蔵に盗人が?」
完全に目を覚ますのと同時に、男は自身が生業としている物品の心配をした。彼は高祠之国にて鍛冶屋を営んでいる男で、日々鉄を打ち続けている。その成果物が今、何処かの不埒者によって、何の対価も無しに持っていかれようとしているのではないか。そう考えれば考えるほど、男の意識は研ぎ澄まされていく。
「おのれ、おちおち寝ても居られない」
恨み言を放ちながら、彼は寝室に装飾として置いた刀を取って廊下を駆けた。そこへ、ある女もまた狼狽した様子で現れる。
「お前さん、蔵から物音がするよ」
彼女——男の妻もまた、彼と同じ物音によって目を覚ましたのである。その手には短刀と提灯が握られている。
「ああ、俺も聞いた。これから見に行くところだ」
「こんな時間に、盗人かね?」
「こんな時間だからこそだろう」
二人が蔵へ到着すると、戸が半分程度開いていた。大きな錠前によって守られていたはずだが、肝心の錠は見るも無残に捻じ曲がって地べたで眠りこけている。夫婦は、音の正体は盗人であるという推測が正解であったと確信し、蔵の中を提灯で照らした。
「ふむ、見つかってしまったか」
照らされた者は低い声でそう言い、やおら立ち上がる。灯りの方に振り返って夫婦を睨んだのは、六尺六寸はあろうかという大男であった。目だけ出す格好で顔に布を巻いており、体は防具によって守っている。裏頭に甲冑という、時代錯誤も甚だしい存在であった。
鍛冶屋の男は妻から提灯を奪うように取り、彼女の前に一歩出る。提灯をさらに前に突き出すと、彼は冷える夜とは無関係に背筋を震わせた。彼の目には、それが「鬼」と映ったためである。しかし、彼は日和らずに問う。
「ここは俺の蔵であるぞ。貴様、そこで何をしている」
彼の疑問に鬼は曰く、
「我は刀を探している。高祠之国で最も強大な力を持つ刀をな」
「ならば明るいうちに客として来い。なぜ、わざわざこんな夜中に、しかも盗みを働こうなどと」
鍛冶屋の言葉に、鬼は大声で「がっはっは」と喉にかかって痛むのではないかと心配になる笑い方をした。
「なにが可笑しい」
鍛冶屋は現に、自分が世間一般の常識から外れたことを言ったとは自覚していなかった。すなわち、可笑しいのは貴様の方だ、と。
「刀は力の象徴だ。金などという低俗なものとは交換できぬ。力によって勝ち取って然るべきものだ」
鍛冶屋の思考は、鬼の自論に追いついていない。そのような滅茶苦茶で支離滅裂な理屈が罷り通るものかと、彼の頭は拒絶を起こしたのだ。
「……何も盗らなければ見逃そう。そうでないなら、防人に突き出すまで」
錠の破壊や侵入は水に流してやろうと、鍛冶屋は寛容な提案をした。だが、鬼は嗤う。
「面白い。今しがた、ここで神品を見つけたところだ。さっそく試し斬りをさせてもらおう!」
鬼はそう叫び、蔵で盗んだ逸品を抜刀。高祠之国で頻繁に見られる刀とは違い、真っすぐで刀身の両側が刃である。鍔には鷹の翼を思わせる構造があり、柄を握った者の拳を覆って守るかのような形状をしている。
「その剣は——」
鬼がそれを選び、神品とまで呼んだ事に驚いていた鍛冶屋は、鬼の攻撃に対して反応が大幅に遅れた。彼もまた刀を抜くが、時すでに遅し……である。
「お前さん!」
ふと、鬼と男の間に男の妻が割り込む。彼女は肩で夫を突き飛ばし、「させないわ」と凶刃を短刀で受けた。その様子はしかし、鍔迫り合いと呼ぶにはあまりに一方的である。
「ふん!」
女の防御を振り払い、鬼は頸を目掛けて一閃。尻もちをついていた男は妻を守れなかった。彼女は抵抗する術もなく、「ぎゃあ」と喚いて周囲を紅く濡らしながら地に倒れた。
「き、貴様……!」
強い恨みを抱いた鍛冶屋はすぐに刀を振り上げ、鬼退治せんと振り下ろす。だがその一撃は容易に払われ、反動で両腕が上がってしまう。守りが疎かになった彼の腹部へ、鬼の突きが迫る。そんな時、
「待て!」
その場の誰もが聞き慣れていない男の声が響いた。鬼は攻撃をぴたっと止め、声のした方を見る。鍛冶屋もまた、同じく声の主を探した。
「ここらで刀狩りをしているのは貴様か?」
「大人しくお縄につけ」
現れたのは防人二名であった。女の断末魔や、平和な街に似つかわしくない騒音を聞いて駆け付けた夜警である。並みの悪人はここで退くだろうが、この鬼は違った。彼は防人に慄かず「ふん」と嗤って見せ——
「くだらん。巻藁が増えただけの事」
そう言ってのけたのである。
それからは、一瞬であった。二人で斬りかかった防人はいとも容易く四つになり、鍛冶屋の男は水平の一閃よって胸に傷を作り、後方に吹っ飛んで動かなくなった。
「なるほど。見立て通り、確かに素晴らしい刀だ。頂いていくとしよう」
鬼は独り言を呟き、堂々と正門を潜って鍛冶屋を後にした。刀を作っていた鍛冶屋は、その刀によって地獄へと変えられたのである。それから少し経つと、建物の陰から一人の青年が躍り出た。鬼による犯行の、その一部始終を密かに目撃していた、鍛冶屋の倅である。
「お袋……親父……」
母の身体を揺すって絶望した彼は、一縷の望みにかけて父の身体も揺すってみる。すると、父は「ごほ」と咳をひとつ。
「親父!」
父は辛うじて息をしていた。胸の傷は致命傷になるほど深くはなく、今から医者を叩き起こせば助かっても不思議ではない程度だった。吹っ飛ばされて気絶したことが不幸中の幸いであったなと、青年は父親の身体を担いで夜の町に出る。そんな青年の顔には、絶望が浮かんでいる。しかし何処かに、その奥底の更なる奥底に、「それ見たことか」と、ほくそ笑む感情も含まれていた。




