【十一】心優しき少女の願いは
帰る道中、何の気なしに河原の近くを通ってみた。町中より人が少なくて快適に歩ける。
「……ん?」
ふと、妙な音が聞こえることに気付いた。ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ……と水が関係する音だ。不思議に思って川へ降りてみると、水面に向かってひたすら石を投げ続ける少女が居た。
「久しぶり、薬袋」
「うん? ああ、桜華ちゃん!」
「……そ、そんなに水切り楽しかった?」
確かに水切りを教えたのは私だよ。自分が無力だとか不要だとか、余計なことで悩んでいた薬袋の気を逸らせればいいなと思ってその場しのぎのつもりで教えたけどさ……。
「楽しいって言うか、悔しくて。あの日、桜華ちゃんは五回くらい跳ねさせてたでしょ? 私、あれから毎日練習してるの。桜華ちゃんに勝つためにね」
「そ、そう……熱中できることが有るってのは、良い事だと思うよ」
まあ、楽しそうだし良いか。
「おかげで私、ずいぶん上手くなったと思うの。桜華ちゃんともいい勝負ができると思うよ!」
「ほう? お手並み拝見といこうじゃないか」
そう言われると、何か知らないけど私まで負けが悔しくなってきた。とは言っても? たった数日でそこまで——
「えい!」
薬袋が投げた石を目で追う。石は一回、二回、三回と跳ね、四回、五回と続き……やがて、水に沈むことなく向こう岸に到着した。いや上手くなりすぎでしょ。
「凄いじゃん、私もやろ」
「ああ駄目駄目、もう少し水平に投げないと!」
「あっはい」
出雲さんからもらった箱を置き、薬袋先生の指導を受けながら一投。石は四回だけ跳ね、見るも無残に水中へ沈んでいった。
「ふふ、私の勝ちだね」
薬袋は両手を腰に当て、やたらと胸を張って誇らしげに言う。
「あれ? 桜華ちゃん、左腕どうしたの?」
「ん? ああこれね、でっかい犬にがぶがぶされちゃったんだ。おお痛い痛い」
「……見せて」
薬袋は打って変わり、神妙な顔と態度で私の傷に巻いてある布を剥いだ。適当にすりつぶした薬草の破片は既に乾燥していて、垢みたいにぽろぽろと落ちる。
「こ、これじゃ駄目だよ! ついて来て!」
「うええ、み、薬袋?」
ものすごい力で強引に腕を引かれ、何が何だか分からないうちに河原から離れることとなった。しっかりとお菓子の箱を回収できた反射神経は褒められてもいいんじゃないかな。
人ごみに逆戻りした末にたどり着いたのは、港町のとある薬屋さんだった。ああ、そういえば薬袋は薬屋の子だったっけ。
「ここでちょっと待ってて」
私の返事も聞かず、薬袋は店内へ駆け込んでしまった。命令を守って店の横で待機していると、薬袋は一分もしないうちに戻って来た。その手には、柄杓と布、そして小瓶が見られる。
「ちょっと沁みるけど、我慢してね」
「大丈夫。私、強い子だから」
柄杓からこぼれた水が私の左腕にかかり、汚れや薬草の屑を洗い流していく。
「うっ!」
痛くない、痛くない、全っ然痛くない。いやこの涙は違うから、あくびが出ただけだから。
「よく拭いてっと……。ふうん、ずいぶん大きな犬だね。妖怪退治でもしてるの?」
「……まあ、似たようなもんだよ」
次に、薬袋は小瓶の蓋を開けて、中に入っている……なにこれ、紫のどろどろを傷に塗ってくれた。
「紫雲膏っていう傷薬だよ。一瓶あげるから、定期的に塗りなおしてね。あ、服につかないよう気を付けて。色がついて落ちないから」
色々と教えてくれた薬袋は、最後に綺麗な布を巻いてくれた。
「うん、ありがとう」
ふうと一息ついた薬袋。真南にある太陽を鬱陶しそうにしながら、彼女は静かな声で言う。
「例の辻斬り、捕まったんだね」
「……らしいね」
「ねえ、桜華ちゃん」
ぴょんと兎みたいに跳ねた彼女は、何やら笑顔で私の顔を見ている。
「ありがとう。桜華ちゃんが、仇をとってくれたんでしょ?」
「え?」
「それ、どこからどう見ても刀傷だし、なんとなくそんな気がして」
なるほどね、慧眼恐れ入りました。敢えて答え合わせはしないけど、薬袋はもう確信しているんだろうと思う。
「私には怪我の治療くらいしかできないから……何か困ったら言ってね。色々と救ってもらった借りは、いくら返しても——」
「はいは~い、そこまで。貸し借りなんて気にすることじゃないでしょ? 私たち、友達なんだから」
「桜華ちゃん……」
「今後も、怪我したら薬袋を頼りまくる。だから薬袋も、何かあれば私を頼ってよね」
「うん、うん!」
繰り返し頷く薬袋は、それまでで一番嬉しそうで楽しそうだった。それでいて、目尻に涙を浮かべてもいる。
「ちょ、なんで泣くのさ!」
「うう、だって私、生まれて初めて友達なんて言われたし、私自身も、初めて誰かを友達って思えたから……」
辻斬り退治は、結果的に彼女を救うことになった。そのお返しとして、彼女は薬をくれた。ここで感極まったということは、彼女が深層心理で抱えていた願いがかなったことを意味しているのかもしれない。誰かを助けるだけじゃなくて、同じように助けてもらいたい。助け合いたい。——要するに、互助の願いである。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
「うん。たまには遊びに来てね。店か河原のどっちかに居ると思うから」
「はいよ。……あっ、そうだ。これ、薬袋にも一切れあげる」
出雲さんに貰った箱を開け、か、かす……て——なんとかを薬袋に一つ贈った。貰いものだからあんま大きい顔は出来ないけどね。またあの爆音がなったら嫌だから、私もその場でいっしょに食べることにした。
「ありがとう……甘くておいしいね」
「ほんとだ、美味しい」
黄土色のふわふわは甘くて、端の茶色は僅かに苦みがある。それらが合わさって、ちょうど良い味になっている。それぞれでも美味しいけど、二つ同時じゃなきゃ感じられない何かがあるような気がした。うん、豆大福の次に美味しい。小町にも食べさしてやろう。
お菓子を平らげてから再び別れの挨拶をし、今度こそ廃屋への帰路に就く。
早く帰って家の事を終わらせないと、友達が鬼に変わってしまうからね。
【参話 互助の願い ~完~】




