【十】探し求めた商人
◇◇桜華◇◇
辻斬り退治から数日が経過した。私はまた調査を再開し、商人の出雲さんを探しながら港町を練り歩く。風が心地いいのは良いんだけど、それを打ち消すかのように左腕の傷が痛む。森で採れた適当な薬草と布で処置してみたけど、効果は薄そうだね。
町の往来は、以前とは比べ物にならない程歩きにくい。辻斬りが捕まって刑に処されたって言う旨の掲示があって以来、不安要素が消えて待ちゆく人々が活性化しているからね。心なしか……と言うまでもなく、明らかに人が増えている。
「あれ、お嬢ちゃんじゃないか」
港町の奥の方へ行こうと人ごみを搔き分けて進んでいた時、背後からそう声をかけられた。殿方の声だ。もしかして防人が私を探しているんじゃないか。そんな獏とした不安から、私は警戒心むき出しで振り返った。
「おお。どうしたんだい、怖い顔して」
「え、あなたは……」
あらびっくり。私を呼び止めた殿方は、あの夜、私と小町を不知火から助けてくれた人だった。声の感じや背丈が私の記憶と完全に一致している。
「偶然だね、また会うとは思わなかったよ」
「あの時はありがとうございました。おかげで無事です」
見ると、彼は何人かの仲間といっしょだった。大きな荷台を引いていたらしい。
「あはは、それは良かった。ところでさ、あの夜はあそこで何をしてたわけ?」
ぎく。一番聞かれたくない所を突かれ、一瞬だけ動揺してしまった。「辻斬りを探してました」なんて言えないし、どうしよう。もう一瞬の間に頭を全速力で回転させ、まあまあ及第点と言える回答を思いついた。
「逢い引き、かな」
「……なるほどね、良いじゃないか。応援してるよ」
「て言うか、あなたこそ、あそこで何を?」
「俺はね、う~ん……そうそう、散歩だよ」
何か誤魔化している風だったけど、敢えて追求しないことにした。誤魔化してるのは私も同じだし、お互いさまってことで。そうだ、良いこと思いついた。どうせ話をしているなら、いっそのこと彼にも聞いてみよう。
「私、港町に居る出雲さんって名前の商人を探しているんですけど、知りません?」
「出雲? 出雲は俺だけど」
「え?」
え? え?
驚きのあまり、同じことしか言えなくなってしてしまった。いやね、鸚鵡じゃないよ。六割七分あってるけどさ。奇跡ってあるんだなと実感させられた。少なくともこの十七年間で一番運がいい瞬間だったかもしれない。
「あなたが出雲さんだったんだ……」
「うん。俺に何か用かい?」
少し声量を落として彼に問う。
「八岐神社って知ってます? 高祠之国の北東にあるんですけど」
「ああ、知ってるよ。いつか参拝したいんだけど、なかなか機会が無くてね」
その話は参拝仲間のおじいさんから聞いている。よし、知ってるらしいから本題に入ろう。
「二年くらい前、そこで悲惨な事件があったことは?」
「聞いたことあるよ、なんとなくだけどね」
「私、その事件について知りたいんです。どんなことでもいいので、何か分かりません?」
問うと、彼は顎に右手をあてて数秒間考え込んだ。やがて、再度話始める。
「いやぁ、分からないな」
「そうですか……」
やっぱり、彼も知らないらしい。ちょっとは進展があるかもと期待したんだけど……と、諦めてしまいそうになった自分を「ばかばか」と叱る。今までとは違い、辻斬りから聞き出した重要な手がかりがあるじゃん。
「もう一つ。盗賊集団スサノオっていうのは知ってます?」
「……ん?」
聞こえなかったのか、彼は首を傾げて真っすぐ目を合わせてきた。
「スサノオっていう組織があるって噂に聞いたんですけど、何か——」
「知らないな。ごめんね、役に立てなくて」
「い、いえ……」
少し食い気味だった出雲さんに驚き、また少し動揺してしまった。
「それが聞きたかっただけです」
「そうかい。何だか分からないけど、健闘を祈るよ。んじゃね、引き留めて悪かった。また何かあれば聞きに——」
その瞬間、どこからか禍々しい爆音が轟いた。空からでもないし、地中からでもない。私のすぐ傍から……より具体的には私のお腹のあたりから聞こえた気がする。
「おや、朝御飯は抜きかい?」
うわ最悪、絶対顔赤くなってるじゃん私。
「え、ええ、まあ……」
確かに今日はまだ何も食べていない。だからってお腹空き過ぎじゃない……?
「ちょっと待ってな」
そう言うと、出雲さんは何やら自分の荷台を漁り始めた。「えっと、確か……」と呟きながら、何かを探している。十数秒はそうしていただろうか、やがて彼は振り返った。
「はい、これ。君にあげるよ」
「これは……?」
渡されたのは、厚紙の箱だった。中からは甘い匂いがする。中身を覗いてみると、まったく見たことがないものが鎮座していた。形は長方形で、上と下だけが茶色い。その間の部分は黄土色で、見るからにふわふわしている。その長方形がある程度の大きさに切り分けられ、箱にぎゅうぎゅう詰めになっている。
「加須底羅っていう外国のお菓子だよ。美味しいから、箱ごと持っていきなよ」
「でも、大事な商品でしょ? 貰えませんって」
つまみ食いでお菓子屋を追放された口が申しております。
「いいって、遠慮しないで。俺からの贈り物ってことでさ」
「あ、ありがとう……」
花火を貰った時と同じであんまり断っても失礼かなと思い、結局そのか、かす……て——なんとかなんとかを受け取った。もう切り上げて廃屋で食べようかな。果たして、豆大福にうるさいこの私を満足させられるのでしょうか。




