【九】防人の司令たち
◇◇◇
彼女は冷静に振舞った。部下の呆れた報告を聞いてもなお声を荒らげず、酷く罵倒することもない。しかし、行燈の中で輝く蝋燭の炎は、確かに暴風に見舞われたかの如く揺らめいていた。
「はあ。要するに、被害が拡大しても辻斬りを見つけられず、無関係な少女を追いかけまわした挙句逃げられ、しかも当の下手人はなぜか知らぬが縛られていた……と?」
畳の上で胡坐をかく高貴な装いの女性剣士は、溜息混じりに報告内容を要約した。それよりも数段低い位置にて正座する防人の女性、不知火は肩を震わせている。自身を見下ろす天舞音の声や口調に恐れをなした為である。
「はい。それが、西部辻斬り事件の事の顛末でございます」
「まったく……。辻斬り一人捕まえるのにどれだけ苦戦しておるのじゃ。答えてみよ、此度の事件で何人が命を落とした?」
突然の質問を受け、不知火は記憶を振り返って指を折りながら数えていく。一、二、三と思い返しているうちに、天舞音はより一層強い語気で喝を入れた。
「十五じゃ。わざわざ数えんでも、それくらい把握しておれ。汝の管轄で起きた事件じゃろ」
「……申し訳ございません」
「妾に謝ったとて仕方なかろうが。まあ良い。此度の失態は汝の職務怠慢として処理する」
不知火は俯き、悔しさのあまり拳を強く握った。職務怠慢と言われたことに対する悔しさではない。防人の西部司令官という役職を与えられておきながら、自分の働きは極めて不甲斐なかったという後悔である。
「不知火よ」
「はっ」
「明日までに本件に関する始末書を提出すること」
「う——はい、承知いたしました」
危うく口癖が出そうになった不知火。舌を嚙み千切るのではないかと心配になるほど慌てて抑え込んだ。
「うむ。では今日はもうよい、下がり給え」
「失礼いたします」
地獄のような空間からの脱出を許可された不知火は、自身の一挙手一投足に開放感が滲み出てしまわぬよう注意しながら右足、左足と立ち上がる。天舞音に対して礼をした後、そそくさと高尚な部屋を出た。
しばらく廊下を進んだ不機嫌な不知火は、己が進む先に立つ人間を認めた。西部の指令である不知火と似たような装いの女性防人、二名である。
「おやおや不知火よ。君が防人の制服を着崩していないとは、珍しいこともあるものだね」
お淑やかに笑いながら言った彼女は背が高く、女性にしてはやや低い声をしている。真っすぐに立つその佇まいはまさに、「凛々しい」という単語の具現化と思しい様相である。
「なに、ヨイちゃん。煽りに来たの? うざいんですけどぉ」
「え、えっと、しょ、小生は不知火さんを揶揄しに来たのでは、その、ないですよ! 弊職に、そのような邪な意図は、あ、ありませんので!」
自信無さげな話し方の彼女は、猫背で常におどおどしている。凛々しいの対義語と表現するに相応しい。
「ああもう。ヨイちゃんもアメちゃんも、二人ともうざい! 始末書書けって言われて不機嫌なの、見て分かんないわけ? ほんとうざいんですけどぉ」
「無論、私にもそんな意図は無いさ。それより聞いたよ、君の尾行に気づいた者が居たらしいね?」
「しょ、小職も聞きました……し、不知火さんのび、尾行能力は防人でも、ず、随一、なのに……」
同僚が切り出した話により、不知火は数日前の夜を思い出す。人が寝静まった時間に刀を携えて練り歩く桜色の少女を目撃した不知火は、驚愕した。何処にでも居そうなごく普通の少女が、防人を警戒しながらこそこそと歩いている。下手人について虫唾が走るような極悪人を想像していたが為に、彼女は己の目を疑った。加えて自信を持っていた尾行に気づかれ、彼女は無性にむしゃくしゃしたのである。
「まあ、そいつは辻斬りとは無関係だったんだけどね。ところで、下手人はもう処刑されたんでしょ?」
「ああ。金目当てで十五人も殺しているんだ、妥当な罰と言えるだろう」
目を覚ました辻斬りは、往生際の悪い抵抗や否認などはしなかった。自身が辻斬りであると潔く認め、処刑を受け入れたのだ。
「さてと、ウチは始末書を書かなきゃだから帰るね」
「そうだな。不知火よ、何か困ったことが有れば何でも言うと良い」
「ふうん。じゃあウチの代わりに始末——」
「さて、我々も行くとしよう、もう時間だ。では、さらば」
「ああお、置いて、行かないでください!」
不知火は、強引に話を終えて立ち去った同僚二人の背中を見送る。その時もやはり、彼女は「うざいんですけどぉ」と呟くのであった。




