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【八】火花散る桜吹雪

 何、これ?

 どうなっちゃったの?

 息、できてるのかな?


 そう色々と心配していると、何処からか誰かの声が聞こえてくる。どうやら聴力は生きているみたいだね。


「ほ~ら、ここだよ桜華。ここを斬れば、あなたの力でも辻斬りを一太刀で殺せるよ」


 誰?

 そう問うが、答えは返って来ない。それに、声は耳から聞こえているんじゃないことが分かった。頭の中に響いているというか、頭の中に別人が居てその人が勝手に私の脳を使って考えているというか……。


「ここだよ、こ~こ」


 ふと、辻斬りの喉元に水平の赤い線が見えた。体に書いてあるようにも見えるし、体から独立して浮いているようにも見える。同じだ。河童に対して怒って我を忘れた時と、全く同じものが見えているんだ。そう自覚すると、声は笑う。


「ふふ。さあ、早く殺っちゃいなさい。いい? 私が合図したら、足を踏ん張って耐えるの。その直後に赤いところを刀でなぞるだけ。きちんと殺さないと、小町が殺されちゃうかもしれないよ?」


 それは嫌だ。小町は前に、「あたしを一人にすんな」って言った。その想いは私もそう。私も、小町まで喪って一人になりたくない。


「三つ合図したら元に戻るからね? いくよ。三——」


 でも、小町との約束がある。家族の仇以外は殺さないという約束が。だから駄目、ここで辻斬りを殺すわけにはいかない。


「二——」


 かと言って、このまま戦い続けても、辻斬りを無力化する手段は無い。ただでさえ力で劣っているのに、持久戦なんて以ての外だよね。それに、私は既に左腕に傷を負っちゃってるわけだし。


 じゃあどうしろって言うの?

 声と約束が正反対の主張をしてくる。板挟みにされた私は、自分自身に問いかけた。この戦いを無事に生き残る方法、すなわち、辻斬りを殺さずして自分たちも生還する方法を。


 頭の中に無数の光景が同時に浮かぶ。全部、私の記憶だ。きっと、走馬灯ってやつだね。桜散る場所で拾われ、十五まで神社でお父さんに育ててもらい、小町以外の家族を亡くして……最後に見えたのは、昨晩の光景。小町と花火で遊んでいた時の記憶だ。そっか、私の花火がすぐに落ちたのは、私の人生が極大を迎えることなく終わることを暗示してたんだね。


 桜吹雪に始まり、花火に終わる。

 我が人生ながら、なんて風流なのだろう。まあ、散ってばっかりなんだけどさ。


「一——」


 桜吹雪……。花火……。

 そうだ。この想いと記憶を、技にしてしまおう。半ば諦めていた私は、ふとそんなことを閃いた。突拍子もない現実離れした意味不明な案だけど、なんだかやれる気がする。根拠の無い自信が、根拠を持たないまま力に変わっていくのを感じる。やれる。できる。私を両側から挟もうとする板を、うるさい黙れと跳ねのけられる。そう確信した。


「今だよ」


 頭の中の声が言うと、私の見ている世界は再び動き出した。


「大人しく黄泉へ行きなさい!」

「私たちは、まだ止まれないの!」


 私の頸を狙って迫る刃。それを、無駄に大きな声で叫びながら弾き返した。


「なぁんだ、つまらないの」


 思い通りにならなかったためか、声は不貞腐れたように言い、それ以降は聞こえなくなった。

 

 追撃が来る。そう思って身構えたけど、辻斬りは一歩ずつ下がっていた。その顔は、酷く狼狽している様子だった。どうやら私に怯えているらしい。


「な、何ですか、それは? な、なぜ刀が光って……」


 右手に持ったお父さんの刀が視界の隅に映る。彼の言葉通り、確かに淡い桜色の光を帯びているのが分かる。より正確には、私の右手首から先も一緒に輝いていた。


「さあね」


 何だと言われても、私にだって分からない。けど、一つだけ確信できたことがある。想いと記憶を技にしてしまおうという突飛な案が、想像の域を超えて現実になったということだ。


「馬鹿な。からくり仕掛けの刀だとでも?」


 幻覚としか思えない光景に、辻斬りは震えている。一方で、私は自分でも奇妙だと思うほど落ち着いていた。


「なるほど、蕾ね」

「……はい?」


 ——蕾。異様なまでに心が落ち着く。


「覚悟しな、辻斬り」


 相手をきっと睨み、切っ先を向けた。

 ——牡丹。刀が帯びていた光は、桜吹雪に姿を変える。


「や、やめてくれ、来るな、来るな!」


 私を見る目が変わった。抹消すべき犯行の目撃者から、恐怖の対象へと変貌している。丁寧な口調で話す余裕も失ったらしい。私はなおも冷静に辻斬りとの距離を詰める。刀を水平にし、右ひじが胸の前に来るほど大きく構えた。


 ——松葉。刀を思い切り振って斬撃をお見舞いすると、その軌跡に桜の花弁(はなびら)が舞う。切っ先が辻斬りの胸に横一文字の浅い傷を生じさせた。


「な、なんと……!」


 次の瞬間、桜散る空間全体に、無作為な火花が大量に発生。その炸裂は辻斬りに追加で損傷を与える。彼は無様にも吹っ飛び、最初の私たちみたいにごみの山に突っ込んだ。


「お、桜華あんた……」

「私が、守るから」

「……っ!」


 強い語気で、私は決意を口にした。小町は何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 ——散り菊。刀身を覆っていた桜吹雪は消え、薄い煙と、火薬に似た匂いの残滓のみとなった。せっかくだから名付けちゃおう。これは私の奥義——桜散火(さざんか)だ。


「小町、縄出して」

「手伝うよ」


 元々辻斬りを捉えるつもりで動いていたから、それくらいの準備はある。納刀しながら頼むと、小町は率先して前へ出た。私の左腕を案じてくれているんだと思う。一方、ごみに突っ込んだ辻斬りは、起き上がって反撃をしてこない。うめき声が聞こえるから、たぶん意識が朦朧しているんだろうね。


「大人しくしてないと斬るからね」


 彼をごみ山から引っ張り出し、抵抗するなと警告。一応、刀を抜いていつでも振れる状態にしておいた。その間に小町が縛って拘束する。逃げ出さないように足も縛る小町。さすが、ぬかりないね。


「まさか、あなたのような小娘に負けるとは思いませんでしたよ」


 意識が回復し始めたのか、辻斬りは自分自身に呆れるように恨み言を漏らした。


「ねえ。あんたに聞きたいことが有るんだけど」


 左腕からは、怖くなるくらい血が出ている。その痛みを必死にこらえながら、話を切り出した。さっきの戦闘はおまけで、本来の目的はこれだ。


「……何でしょう?」

「八岐神社は知ってる? 北東にあるんだけど」

「ええ、名前くらいは存じておりますが」


 よかった、それなら話が早い。辻斬りとかいう闇側の人間なら、私たちの復讐相手について知っているかもしれない。そんな期待を抱き、質問してみる。


「そこで、宮司と孤児が殺される事件があったの。その下手人について何か知ってたりしない? ちなみに、犯人の目的は御神体である天叢雲剣だったんじゃないかと思う」

「なるほど。金目的の拙者なら、その下手人と何かしら関係あるんじゃないか、ということですね。しかし残念……」


 語調からして知らない感じだ。まあ、そう簡単に尻尾がつかめるならだれも苦労しないよね。


「噂に聞いた程度の心当たりは有りますが、あなたに教えてやる道理はありません」

「はあ? 斬られたいの?」

「ふふ、あなたは拙者を殺せませんよね? そうでないなら、先ほどの理解不能な攻撃で拙者は葬られていたはずです」

「聞きたいことが有ったから殺さなかったんだよ。今はどうかな?」

「……やってごらんなさい」


 だめか。私が殺気を帯びていないことは、悔しいけどお見通しらしい。なら仕方ない、別の方法を考えよう。


「どこ隠れたのぉ? さっさと出てきてよ、うざいんですけどぉ!」


 ……やばい。こんな時に不知火たちが戻って来ちゃった。いや、これはこれで好都合かもしれない。


「ほら、防人が戻って来たよ。もし教えてくれたら、その縄を切ってやってもいい。どう、悪くない条件でしょ?」

「なるほど、取引しようというのですね」


 辻斬りは少し俯いて考え始めた。早くしてよ、このままじゃ防人に見つかるのもお互い時間の問題なんだからね。


「いいでしょう。しかし拙者も詳しくありませんから、その事件に関係があるか否かも分かりませんが……()()()()という組織の噂を耳にしたことがあります。高祠之国(こしのくに)において、組織的に悪事を働いているらしいですよ」

「……スサノオ?」

「ええ、()()()()()()()()。まあ、そもそも本当に存在する組織なのかさえ分かりませんがね」


 まさか復讐相手の候補が上がるとは思わなかった。予想をはるかに超える収穫に、少し胸が高鳴る。


「ちょ~っと、いい加減出てきてよぉ!」

「不知火様、そう叫ばれては下手人が逃げてしまいます」


 防人の漫談みたいな会話は、もうすぐそこから聞こえる。本当はもう居場所がばれてるんじゃないかと思うほど、正確にこっちに迫っていた。


「さあ、条件は満たしました。奴らに見つかる前にこの縄を——」


 辻斬りの言葉は、「ごん!」という鈍い音と共に途切れた。河童の時みたいに、小町が懐刀の柄で後頭部を殴打したからだ。


「ふん。誰が解放なんかしてやるかっての」


 気を失って倒れた辻斬りに、そう吐き捨てた小町(おに)。特に打ち合わせや目配せをしたわけじゃないんだけど……この小町きちくの恐ろしい事。まあいっか、このまま放置すればこいつは防人に捕まる。薬袋の復讐も出来て一石二鳥だもんね。


「桜華帰ろう、奴らに見つからないうちに」

「……だね」


 気絶中の辻斬りをその場に残し、今度こそ見つかってしまわないよう注意しながら廃屋へと帰還した。気が抜けたからか、腕の傷がどんどん痛くなってくる。……最悪。


 この美少女の身体に傷をつけるなんて、あいつこの世で五本指に入る最低男だ!

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