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【七】辻斬りとの対峙

 これまでやかましくて仕方なかった追手の足音は、すべて止まっている。


「……ん?」


 思わず足を止めて振り返る。


「ねえ、あんた何者ぉ?」

「ただの、通りすがりさ!」


 全く状況が理解できない。見たことをそのまま言葉にするなら……背の高い仮面の殿方が不知火と鍔迫り合いになっている。それが何処の誰なのかは分らないけどね。


「ちょっと、邪魔しないでよぉ! うざいんですけどぉ」


 鍔迫り合いをやめ、殿方が不知火に何度も打ち込む。彼女の部下たちが慄いて動けないのはいいとして、不知火が押されているのは謎でしかない。防人のお偉いさんってことは、かなり優れた剣術を持ているはず。そんな不知火が……いや、防人のお偉いさんが一般人相手に本気を出すわけないか。私はそう無理やり納得した。


「んじゃ、あばよ!」


 不知火の剣を弾き、殿方はそう叫んだ。次に左手を懐に突っ込み、何かを地面に叩きつけるような動きを見せる。


「このまま逃がすと思うわけぇ——って煙玉?」


 数秒後、辺りは白煙に包まれる。夜の暗さよりも信頼できる目隠しとなったその中で、私は小町とはぐれないようしっかりと手をつないだ。


「お嬢ちゃんたち、こっちだよ」


 すぐ近くから聞こえた殿方の声。煙の中に彼の背中を見つけ、私は「う、うん!」と呟いて追いかけて行った……彼を信じてもいいのか、確かめることもなく。彼と共に逃げ込んだ路地裏。しばらく息を殺していると、不知火ら防人たちが何処かへ走り去るのが聞こえた。


「ふう、間一髪だったな」

「桜華、知り合い?」

「……いや」


 仮面を外した殿方の顔を見ても、やはり心当たりは無い。誰何の意思を込めて視線を送ると、彼は爽やかに微笑みながら口を開いた。


「うん、はじめましてだね。俺は……ほら。さっきも言ったけど、ただの通りすがりだよ。名乗るほどの者でもない」

「ただの通りすがりが、防人のお偉いさんと互角に戦えるとは思えませんけど」

「あっはは」


 なんか笑って誤魔化されたような気がする。ともあれ、助けてもらったのは事実だ。


「ありがとうございます。助かりました」


 一礼して感謝を述べた。小町も私に倣って同じように繰り返す。殿方は右手を横に振って「いいっていいって」とまた微笑んだ。その瞬間、私は失礼ながら一抹の不安を感じた。


「まさか辻斬り……じゃないですよね?」


 不知火と互角以上に戦える存在——彼が辻斬りであるなら、防人が苦戦するのも頷ける。急に恐ろしくなってしまい、無礼も承知で不躾に質問した。


「いやいや違うよ! びっくりしたな……」

「ご、ごめんなさい!」

「うちの子が申し訳ございません」

「誰があんたの子よ」


 便乗して余計なことを言う小町をあしらい、助けてくれたのに疑ってしまったことを何度も謝罪した。


「じゃ、俺はそろそろお(いとま)するよ。奴らも諦めたわけじゃないだろうから、気を付けて帰ってね」


 それだけ言い残し、殿方は周囲を警戒しながら闇夜に紛れて居なくなった。一体何処の誰だったんだろう。それに、何の目的があって助けてくれたのか分からない。まぁそれはそれとして、一気に緊張が解けたけど、私たちも油断はしていられない。またあの不知火って女に見つかれば、今度こそお終いだ。


「さて、どうする小町。今晩はあんま無理できないもんね」

「確かに。防人の警戒も強まってそうだし、今日は大人しく撤退しようか」

「賛成。じゃあ——」


 帰ろっか。そう言おうとした瞬間、私は何者かの足音と声を聞いた。さっきの殿方かもしれないけど、小町と共に咄嗟に身を隠した。そこは運悪くごみ捨て場だったらしく、鼻がよじれるほどの悪臭がする。


「ひい、来るな!」

「そういう訳にはいきませんなぁ」


 男の人が二人、何か言い合っている。察するに、友人同士ではなさそうだ。


「わ、分かった! 屋敷から盗んだ金は置いていく。だから命だけは……!」

「いいや、あなたは拙者の顔を見た。もう生きて帰る道は無いのですよ」


 なんとなく理解した。今喋っているのは盗人と、例の辻斬りじゃないだろうか。まさかこんな形で遭遇するとは思わなかった。不幸中の幸いってやつだね。


「お、鬼だ! 貴様は悪鬼だ!」

「ははは、盗人に言われたくはありません。それに、拙者は物の怪なんぞではなく——」


 ——きん。鯉口を切る音が聞こえた。


「ぐあああああ!」


 次に響いたのは、断末魔。どさっと体の崩れ落ちる音がそれに続く。


「ただの辻斬りでさぁ」


 ひゅんと空を斬り血を払って、納刀。港町を騒がせている犯行の一部が、今私たちの目の前で発生した。音だけで見えないけど、おそらく辻斬りは盗人の懐から金品を奪ったのだろう。


「ところで、そこに隠れているのは鼠か、はたまた猫か何かですかい?」


 やっぱり、見つかってたんだ。ならもう隠れる意味は無い。ごみを払い、そこに立つ下手人を真っすぐに見た。


「あんたが辻斬り?」

「いかにも」


 分かりきったことを質問したのは、その容姿に驚いたからだ。もっと薄汚くて、見るからに悪い奴みたいな姿を勝手に想像していた。だけど目の前の辻斬りは、そうじゃない。綺麗に髪を結い、整った服装で清潔感に溢れる。


「ふうん」


 ああ、そっか。こいつは辻斬りを働いて、たくさんの人からお金を奪いまくっている。河童とは違ってお金には困っていないんだ。だから身なりも立派ってわけか。


「お嬢さん方は、そこで何をされていたのでしょうか」

「う~ん、まあ宝探しってところ」

「そうでしたか。何か良いものは見つかりましたか?」

「まあね」


 話ながら隙を探し、なんとか背後に回って捕縛できないかななんて考えていた私。残念だけど無理そうだ。物腰柔らかく言葉を返してくる辻斬りだけど、常に私や小町の動向を観察している。下手には動けない。


「ちなみに、どんな物を?」

「聞きたい?」

「ええ。拙者は金品目当ての辻斬りですから、お宝には興味があります」

「あっそ。なんだろう、強いて言うなら……()かな」

「ははは。いやはや、これは一本取られました。ふふ、負け越しは悔しいので拙者も一本頂くとしましょう」


 その瞬間、辻斬りは一気に抜刀して私を斬ろうとした。兆候を見逃さなかった私も同じく抜刀し、敵の斬撃を防御。


「ほう、ご友人を気にかけつつ今のを防ぐとは」

「ちょっと、別に私を斬る必要はないでしょ? お金なんて持ってないんだし」

「先ほどの盗人と同じ事ですよ。お嬢さん方は辻斬りである拙者の顔を見た。ここで殺さねばなりません」


 なるほど。装いは丁寧だけど、中身は根っからの悪人ってことね。こうなったら戦うしかない。復讐という目的のためにも、そして薬袋のためにも。


 本来は物静かなのであろう時間に、刀と刀のぶつかり合う音が響く。


「なかなかやりますね、お嬢さん」

「はあ、はあ、そりゃ、どうも!」


 戦いは膠着状態……であってくれればまだよかったんだけど、どう考えても私が不利な状態になっている。神社を出た日からそれなりに力を持とうと努力してきた。そのおかげでこうして戦えているけど……。


「はあっ!」

「おっと」


 私がいくら打ち込んでも、向こうは余裕の表情で弾く。私が一方的に疲労しつつ、時間だけがいたずらに過ぎる。少し後方に離れたところから見守ってくれている小町は険しい顔をしていた。その心までは分からないけど、きっと心配してくれているはず。


「ほうら、ご友人を気にかけなくていいのですか? 拙者が突然、あなたを無視してご友人を斬るかもしれませんよ」

「そっちこそ、周りに気を配らなくて大丈夫? あの不知火とかいう防人が引き返して来るかもしれないよ?」

「ふん!」


 軽い煽り合いの末、辻斬りは私に急接近。移動だけじゃなくて攻撃も速く、その一撃は刀で受け止めるのが精いっぱいだった。睨み合いながらの鍔迫り合いになる。


「防人が戻るのは確かに困りますね。なので、ここらでお遊戯はやめにしましょうか!」

「こ、こいつ……!」


 今まで全然力を出していなかったんじゃないか。そう思えるほど、私はなす術なく押される。まるで大人と子供の手押し相撲みたいに、どんどんねじ伏せられていく。


「そら、そのまま倒れてしまいなさい。ご安心ください、一太刀で殺すのが私の信念ですから、痛いのはほんの一瞬ですよ」

「誰が……誰がこんなところで死ぬもんか!」

「ははは、無理なさらないでください。先ほどから、達者なのは口だけじゃございませんか」


 悔しいけど、辻斬りの言う通りだった。疲労で最初より動きが鈍っているだろうし、第一、私が常に全力だったとしても勝てるかは怪しい。この二年、独学で鍛錬に臨んでいた私。私は強くなったんだと、根拠もなく勝手に思い込んでいた。現実はそう優しくない。現に、ただの辻斬り相手に苦戦しているんだしね。


「もう諦めなさい。あなた方は宝探しの末、見つけたその宝によって——おや?」


 辻斬りの言葉が、違和感のあるところで途切れた。状況が分からなかったが、よく見ると辻斬りの頭にごみが乗っている。


「はは、警戒が甘いね辻斬りさん。あんたとは違って、こっちは二人だかんね」


 そう嘲笑いながら、小町はもう一度ごみを投げる。私を抑えておくのに夢中だった男はそれを回避できず、ごみの投擲を顔面に受けた。二つのごみが地面に落ちていく。辻斬りは何も言わず、私から離れて数歩下がった。


「よくも」


 辻斬りが小さな声で呟いた。刀身がかたかたと音を鳴らす。その音は彼の感情を表現していた。


「よくもこんな……拙者を侮辱してくれたな!」


 突然そう叫んで、刀を振り上げて走り出した。ごみをあてられて激昂したのか、今までとは違って知性の無い雑な攻撃を繰り出す。——私ではなく、小町に向かって。


「あっ——」

「小町!」


 それからの事は、私自身もよく分かっていない。反射的に立ち上がった私は、身を翻して小町と辻斬りの間に割り込んだ。それから、咄嗟に小町を辻斬りとは逆の方向に突き飛ばした。彼女が凶刃から逃れたのを確認。すぐさま敵の方に向き直ると、見えたのは私に迫り来る刃だった。


「うぐっ!」


 思わず水平の斬撃を左腕で防いでしまった。肘から手首にかけて、腕の内側に切り傷ができる。その瞬間は何も感じなかったけど、斬られたんだと自覚した瞬間、激痛が襲ってきた。


「桜華!」


 私の名前を叫ぶ小町の声がする。だけど、それはぼやけて聞こえた。まるで水中に居るみたいに、すべての音が歪んで届く。そうかと思うと、今度は摩訶不思議な現象に遭遇した。腕に生じた痛みという情報が頭に伝わった途端、私はすべてが停止した世界に誘われたのだ。何を言ってるのか分からないだろうけど、それ以外の表現方法は見つからない。小町も、辻斬りも、虫たちも、そして私自身も……とにかく、私の意識以外はまるで時間が止まっているかのように見えた。

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