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【六】着崩した防人

 翌日。日中は二人で手分けして辻斬りの調査をしたけど、進捗は無い。薬袋のような被害者に出逢うこともなく、ただ町を練り歩いて終わった。やれやれ、回り道が過ぎるな。復讐相手の調査から商人の出雲さん探しになり、今は辻斬り探し。いつになったら私たちのやるべき事にたどり着けるんだろう。そう嘆きながら、私らは廃屋の前で線香花火に火をつけた。ずっとしゃがんでいるから膝が痛くなり、数秒おきに体勢を変えている。


「久々にやったけど、花火っていつ見ても綺麗なもんだね」


 小町が呟いた。彼女が持つ花火は、ぱちぱちと激しく火花を散らしている。多分、松葉ってやつだ。うん、よく覚えてた。偉いぞ私。


「ね。ほら見て、私のも来るよ」


 私の花火も、だんだん激しくなり始めた。もう間もなく松葉に差し掛かる……はずだった。


「あれ、落ちた」

「ふっ、よくできた花火だね。持ってる人間で散り方を選べるなんて」

「それどういう意味?」


 遊んでいる間になけなしの夕飯が完成。さっさと平らげて、今日の調査に向かう。幸い、辻斬りが捕まったという防人の掲示は出されていない。奴はまだ野放しだ。


 今晩歩くのは、港町から少し離れた場所に決めた。町の商人たちは辻斬りを警戒して夜出歩かないから、獲物となる商人は居ない。なら、下手人は大きな屋敷が多い郊外に狙いを定めるんじゃないか。


「……ん? 小町、気を付けて」

「分かってる」


 そう推測したのは、私たちだけじゃない。


「ったく、なんで日勤の俺がこんな時間に見回りなんか」

「仕方ないだろ。総力を挙げて対応しろって、天舞音(あまね)様や不知火(しらぬい)様のご命令なんだから」

「そりゃあそうだけどよ。あ~あ、本当なら今頃は春香ちゃんと遊んでるはずだったのによ」

「愚痴を言うな、こっちまで気怠くなってくるじゃないか」


 防人だ。あの連中もまた、辻斬りを捕まえようと躍起になっているみたい。まあそれが当たり前なんだけど……。丁字路から飛び出す前に提灯の灯りと声を察知した私たちは、咄嗟に足を止めて建物の影へ退避。なんとか見つからずにやり過ごすことができた。私らの隠密行動が実は凄いのか、あいつらの警戒がざるなのかは、わざわざ言及しないでおこう。


「ふう、行ったみたいだね」


 小町が呟いた。その忍び声からは安堵が感じられる。


「んで、次はどっち行く? 右は港町方面——」

「小町」


 次の予定を決めようとする小町の言葉を、私は遮った。今の今まで気づかなかったけど、後ろに人の気配がある。それに、鋭い視線も感じられる。


「後ろに誰か居る」

「えっ?」


 気配はあっても、足音は聞こえない。気配の主は私たちと一緒に止まっているんだ。つまり、尾行されている可能性が高い。警戒がざるなのは、どうやら私たちの方だったらしい。


「どうすんのさ?」

「……戦いは避けたいけど」


 刃を交えることが許されるなら、それなりに戦える自信がある。普段の鍛錬は、たぶん無駄ではないと思う。だけど、こんなところで騒ぎを起こすわけにもいかない。相手が何処の誰かもわからないしね。


「ここは、大人しくしとくのが安全かもね」


 そう告げると、小町は静かに頷いた。ゆっくりと振り返りながら、私は気配の主に話しかける。


「何か用?」

「えぇ気付いてたの? うざいんですけどぉ」


 そこに居たのは、私や小町とそう変わらない……と思われる年齢の女だった。彼女は思わず「どっちがうざいかよ」と言いたくなるような喋り方で愚痴を言った。やけに語尾を伸ばすし、明らかに可愛らしく作ったような声色をしている。


「まあ何でもいいやぁ」


 女が近付いてくると、その姿がより鮮明に分かった。肩に届かないくらいの茶髪で、妙にくねくねしている。肘まで肩上げした着物は不健全に着崩してある。そして何より、刀を装備していることが私に不安を感じさせた。まさか、この女が辻斬りなのだろうか。いやまさかなと、私は港町で防人を言いくるめた時の自論を思い出す。


「はあ。あんたたち、まさか、辻斬りじゃないよねぇ?」


 女は両手を腰に当て、溜息交じりに聞いてきた。いかにも面倒くさそうな態度だ。


「他人様のこと尾行したうえ、いきなりそんな事言うなんて、さすがに失礼過ぎじゃない?」

「質問に答えてくれない? 辻斬りなの? 違うの?」


 こいつ……。見た目はでたらめなのに、視線も意思も真っすぐで鋭い。容姿と中身の差異がすさまじくて、奇妙な感じがする。気を抜けば全部持っていかれそうというか、隙が無いというか。


「違うけど」

「ふうん。そっちの連れは?」

「あたしも違う」

「へえ、あくまで否定するんだ?」


 女は呆れたように言い、また溜息をつく。腰から手を放し、今度は胸のあたりで組んで続ける。


「じゃあ、なんでこそこそしてたわけ?」

「そう言うあんたこそ、なんでこそこそ尾行してたの?」

「はあ……。だから、質問に答えろつってんの」


 女は急に声を低くした。こいつの本性が見えたようで、背筋が凍る。これはやばい奴に捕まっちゃったかもしれない。


「なんでって、そりゃ補導されたくないからね」

「何かやましい事でもあるの?」

「別にないけど。逆に、補導されても構わないよって人なんかいると思う?」

「怪しいね」


 ……どこがよ。


「で、そういう()()()()は何者なの?」

「うわ嫌味くさぁ」


 私たちとそう変わらない年齢の女って言ったけど、今の反応からして、そうでもないかもしれないね。


「まあ答えるけどさぁ。ウチは不知火。西部駐屯所の防人だよぉ」


 不知火って確か……。色々聞いてくるから防人なんだろうなとは思っていたけど、まさかこんなへらへらした奴がお偉いさんだとは思わなかった。


「私たちが辻斬りなんじゃないかって、そう疑ってるわけ?」

「まあね。特に桜色のあんた。あんた数日前、ウチの部下にああだこうだ言ってくれたんだってね」


 なるほど、それで目を付けられてたのか。あの新米っぽい防人、なかなか面倒なことをしてくれたねまったく。


「私はただ、冤罪を晴らしたかっただけだよ」

「本当に冤罪なのかなぁ?」

「あんたの部下にも言ったけど、刺したわけじゃないんだから、か弱い美少女ごときに人間を一太刀で絶命させることなんて出来るわけ——」

「その言い訳は通用しないよ。だってウチはできるもん」


 お前のどこがか弱い美少女なんだよ……と文句を言いたくなったけど、それどころじゃない。かなり追い詰められてしまった。私は本当に辻斬りじゃないが、言い逃れできるような根拠を持っているわけでもない。


「弁解できないのかなぁ?」

「私が弁解する必要なんてないでしょ。疑ってるなら、そっちが根拠を持ってくるべきじゃん。根拠あるの? 無いの?」

「へえ、言うじゃん。まじうざいんですけどぉ」

「質問に答えてくんない?」


 向こうの言い回しを真似てやると、不知火は露骨に不愉快そうな顔をした。「ちっ」と舌打ちが聞こえたのは、十中八九気のせいじゃない。


「根拠其の一ぃ」


 不知火は右手の人差し指だけ立てて「一」を作った。やがて、極めて気怠そうに口を開く。


「こんな時間に刀持ってうろうろしてる奴はそもそも怪しい」


 続いて中指も追加して「二」を表す。


「根拠其の二ぃ。それでいてこそこそと、防人から逃げようとしてた」


 最初に丁字路で防人から身を隠した場面も、しっかり見られていたらしい。めっちゃ根拠提示してきてうざいんですけどぉ。


「そんで根拠其のさ~ん」


 薬指も追加して「三」を作るかと思いきや、元みたいに胸の前で腕組みをした。


「辻斬りについて嗅ぎまわってるらしいじゃん。それってぇ、防人の捜査状況を把握しようとしてるんじゃないのぉ?」


 そう話す不知火は、したり顔だ。思わず拳が出そうになったけど、我慢我慢。別の事件の犯人として捕まっちゃ堪らないもんね。


「ほらぁ、お求めの根拠ですがぁ?」

「じゃあ反論するけど。反論一、刀は護身用。辻斬りも河童もあんたらの対処が遅いからおっかないの。反論二、補導は勘弁だって、さっきも言ったよね。反論三……」


 私が辻斬りについて嗅ぎまわっていたのは、何も防人の捜査状況が知りたいからじゃない。理由は主に二つある。私らの復讐相手について聞いてみたいのと、あの子のため。だけどまあ……前者については、不知火に話すわけにはいかないよね。


「嗅ぎまわってるのは、友達の為」


 それと仇ね。


「友達?」

「お父さんが辻斬りに斬られちゃった薬屋の子。もちろん、この辺のお偉いさんであるあんたは把握してるよね?」


 ほんの一瞬、不知火の眉が動いたのを私は見逃さなかった。少し間を開けても返答はない。


「その子、死のうとしてたよ。お父さんを亡くした虚無感と無力感に苦しんでね。防人はちゃんと、そういう人に寄り添ってるわけ?」


 またしても返事はない。もしかしたら、このままねじ伏せられるかも。……なんて考えは甘かったみたい。


「まあ何でもいいや。話は牢屋で聞くからさぁ、容疑が晴れるまでは大人しくしてくれない?」


 いや結局やけくそかよ! 不知火は肩ほどの高さまで左手を上げ、何かの合図らしき動きをした。それと同時に、小町が私の袖を何度も引っ張った。


「ちょっと、囲まれてるよ!」


 小町の言葉通り、周囲には何人もの防人が見られる。ざっと十人くらいは居るだろうか。


「あんた卑怯すぎ!」


 なるほど、私との茶番劇は時間稼ぎだったわけか。演者をやってあげたんだから、報酬を出してよね。


「大人しくしろ」

「連行だ」


 四面楚歌状態の私と小町に向かって、数人がとびかかってきた。手には太めの縄があり、無実の人間を捉える気満々らしい。


「行くよ!」

「うええ!」


 変な声を出す小町の腕を強引に引き、私はその場から逃げ出すことに。


「あ、逃げた! 超うざいんですけどぉ!」


 次から次へと、防人が進路に割って入ってくる。どいつもこいつも反射神経が蛞蝓(なめくじ)で簡単に躱せたけど、最後の一人、お腹の出っ張ったで——大柄な奴だけは難しそうだった。


「さあ、大人しくお縄につけ!」

「くっ、こうなったらやるしかない!」


 一瞬だけ小町の手を離し、私は左腰に携えた刀の鯉口を切った。予想外だったのか、男は「うっ」と小さくうめいて身構える。


「残念抜かないよ~だ!」


 私に対抗すべく刀を抜こうとした男は、右手を柄に持って行っている。その隙に右側を通り抜け、小町と共に包囲網を脱出できた。と言っても、逃走劇が幕を閉じるわけじゃない。


「待て、待たんか!」

「もぉ、何でこんな時間に走んなきゃいけないのよ!」


 男と不知火の声が背中に刺さる。特に不知火の速さは異常で、全力疾走してるけど、もう追いつかれそうだ。


「これからどうすんのさ!」


 小町はそう、出来るだけ小さくしようと努力したような声量で言う。


「さあね、撒くまで走るしかないよ」

「撒くってあんた、もう絶望的だよ」


 それはそう。「うざいんですけどぉ!」と走りながら叫ぶ声は、もうすぐ背後から聞こえる。


「だからって捕まるわけには——」


 私が丁々発止を聞いたのは、その瞬間だった。

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