【五】線香花火の四段階
◇◇桜華◇◇
港町から廃屋までは結構距離があって、帰宅したころには陽が落ちかけていた。橙色のかすかな日光は葉っぱに隠され、森の中は夜と大差ない。その中を、私はびくびくしながら進んだ。もしかしたら、鬼が出るかもしれないからね。
「やっと帰って来たね。捜査の進捗はいかがかな、桜華ちゃん?」
廃屋の前で焚火をし、その横で木の棒を垂直にぶんぶん繰り返し振る鬼。彼女は私を見つけるなり、八十禍猫ちゃんとでも表現すべき二面性を感じる笑顔で迎えてくれた。
「あ、うん……えっと……小町さん?」
小町はずっと笑顔のままだけど、明らかな怒りを感じさせる佇まいだ。
「何をそんなにびくびくしてんの? あたしが怪物にでも見えるわけ?」
はい、見えます……なんて口に出すわけにはいかない。そんな事したら、持ってる棒で引っ叩かれちゃうもん。
「えっと、ごめんね」
「別に謝ることないけど」
いや絶っっっっ対嘘じゃん。とは言え、私だって遊んでて遅くなったわけじゃない。きちんと話せば分かってくれるはず。私の小町ちゃんは聞き分けのいい子だからね。
「聞いてよ。あのね、人助けをしてたの。本当だよ?」
「ほう?」
小町はやっと棒を振るのをやめてくれた。私は安堵して、彼女に港町で出会った薬袋の事を話す。小町の顔に存在した二面性はみるみるうちに消え失せ、真面目に聞いてくれているようだった。それに、小町も私と同じ思考に至ったらしい。
「で、あんたはその薬袋って子の無念を晴らしたいと?」
「そう。さすが私の小町ちゃん、分かってくれると思ってたよ」
それ即ち、辻斬りの討伐である。薬袋は、その下手人によって父親を奪われ、今にも身投げしようとしていた。今日は言いくるめて何とか無事に済んだけど……。もしまた彼女の知り合いが亡くなりでもしたら、また深い自己嫌悪の底なし沼に沈んでしまいかねない。
「それにほら。辻斬りやるような奴って、一般人よりも世の中の闇に近そうじゃん? それなら、私たちの復讐相手について何か知ってるかもしれないし」
そう説明すると、小町は握り拳を手のひらに「ぽん」と置き、目を大きく開いて納得——いや、どっちかと言うと感心しているように見えた。まさか、この私に対して失礼なことを考えてるわけじゃないだろうね?
「へえ。あんたにも、そういうきちんとした考えがあるんだね」
「は?」
私の想像よりはるかに失礼な事だった。
「まあ、それはさて置き」
いや置くなし。気を取り直した小町は、揶揄いなんて忘れたかのように神妙な顔で話している。
「やるなら急がないとね」
「そうね。薬袋がまた闇に落ちる前に」
「それもそうだけど。少なくとも防人より先に捕まえないと、話を聞けなくなっちゃうでしょ?」
……うわ、そこまで考えてなかった。
「なにその意表を突かれたような顔。あんたまさか」
「そそそそんなわけないじゃん、しっかり考えてたよ!」
そんなやり取りをして、私たちは廃屋へ。幸い、小町は明日休暇らしい。今夜から明日にかけては多少の無茶が出来そうだ。
「ところで小町。なんで素振りなんてしてたの?」
中に入るなり汗を拭い始めた小町に問う。仕事から帰って来たばかりでお疲れでしょうに……。汗の量からして、結構長いこと鍛錬していたように見える。
「なんでって、そりゃ、あんたに置いて行かれないためだけど」
「はい?」
「あんたばっかり強くなったら、あたしの立場が無いじゃん。せめて、自分自身とあんたの背中くらいは守れるようになんなきゃって思——ってこらやめろ!」
言葉の途中で、私は小町に駆け寄って抱き着いた。まさかそんな風に考えていたとは……って嬉しくなっちゃったから。
その晩、私たちは早速辻斬りを探す冒険に出た。人相書によれば、目的は金品らしい。それだけの情報を頼りに、港町付近を練り歩くことになった。
「さすがに、こんな状況じゃ夜に出歩く人は居ないね」
周囲を見渡し、人通りが少ないことに気付いた小町。もう暗いわけだし当然と言えば当然だけど、港町ほどの都会なら、夜でも活気があるものだと思っていた。
「ま、みんな死にたくないだろうし。不要不急の外出は控えてるんじゃない?」
「……だとすると、辻斬りの獲物は居ないってことだよね」
草のないところに草食動物は居ない。それに伴って、草食動物を餌とする捕食者も居ない。我ながら不謹慎な例えだけど……とにかく、小町の言う通りだ。
「じゃ、私らで商人の仮装でもする?」
「そんなちょろくないでしょ」
周りを警戒しつつ、どうでもいい話に花を咲かせて歩く。背後から不意打ちされたら終わりだ。それに、防人にも警戒しないといけない。夜警中の奴らに出くわしたら補導されてしまう。身分のない私と小町がどういう対応をされるかは、想像もしたくない事だからね。
夜道を歩いていると、ふと何かが私たちの耳朶を刺激する。
「うぅ……お父さん、お母さん……」
「ひっ」
何処からか聞こえた女児と思しき泣き声と、真横から聞こえた驚く声。後者は小町で間違いないとして、泣き声はどこからだろう。薬袋の時とは違って、声の主は見当たらない。暗いしね。
「ちょっと小町。隠れてないで探してよ」
「ささ、探してるって!」
指摘すると、彼女は狼狽して声を荒らげる。私を盾にするように歩き、袖を掴んできている。言葉では隠そうとしているけど、怖いんだなってことは伝わってくる振動から明らかだった。
「お父さん……お母さん……」
もう一度両親を呼ぶ声がした。方向からして、私たちの左前に見える路地に違いない。そう判断し、がたがたする小町を強引に引っ張って向かった。
「お、居た居た。ほら小町、お化けじゃないから安心しなって」
「は、はあ? お化けなんか居るわけないじゃん何言っちゃってんの?」
「お姉ちゃんたち誰?」
泣いていた十歳かそこらの少女は、突然現れた私たちに驚いて誰何した。
「ただの通りすがりだよ。どうしたの?」
「あのねあのね……うう、配達してたらね、あのね、道が分からなくなっちゃってね……暗くなってきてね」
なるほど、迷子ってわけね。あのね、辻斬りが出るかもしれないしね、どうにかして帰らせてあげなきゃね。うわ、喋り方うつった。
「じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に帰ろう」
「お姉ちゃん、道分かる?」
ひっくひっくと嗚咽交じりに聞かれた。港の方は滅多に来ないしな……。一縷の望みにかけて小町を見たが、首を横に振る。
「えっと……港からならお家が何処かわかるかな?」
「……うん」
それなら良かった。私たちが来た道を戻れば、港町にも行ける。そこから案内してもらって送り届けよう。
「ほら、お姉ちゃんと行くよ」
「うん」
泣き止んだ彼女は、私が差し出した手をぎゅっと握って歩き出す。かわいいね。それとは対照的に小町は——
「お姉ちゃんで笑う」
「は? 笑うなし」
なんて余計なことしか言わない。憎たらしいね。手拭いでも巻き付けて口を封印してやろうか。
「そうだ。さっき配達って言ってたけど、君は商人か何かなの?」
「うん! あのね、あのね!」
私の問いかけに、少女は元気よく答えてくれる。さっきまで夜道で泣いていた子だなんて、いったい誰が信じてくれるだろう。
「私のお家ね、花火屋さんなの!」
「へえ。いいね、花火」
「火が付くと段々ぱちぱち~ってして、ぱちぱちが大きくなってね、最後は火の玉が落っこちるの!」
ありがたいことに、ひとつひとつ丁寧に花火の様子を教えてくれた。内容からして、線香花火の事かな。
「お姉ちゃん、花火やったことある?」
「うん、昔ね」
八岐神社に居た頃、時々お父さんが買って来てくれた。お兄ちゃんお姉ちゃんたちとわいわい遊んだ光景が、つい昨日の出来事のように脳裏に浮かぶ。
「花火面白い?」
「もちろん面白いよ。ねえ、小町」
「……まあまあかな」
なにこの天邪鬼。
「あのね、線香花火には段階があるんだよ」
「段階?」
おっと。ただの花火屋の娘だとばかり思ってたけど、どうやら既に専門的な知識を教え込まれているらしい。
「まずは蕾! 火をつけた後、火の玉ができるのね。それから牡丹! ぱちぱちし始めるの。それでね、次が松葉! ぱちぱちが大きくなって、最後が散り菊。ぱちぱちが小さくなって、最初の火の玉に戻って落ちるんだよ」
えっと、ごめんね。唐突に鉄砲水が如く情報が押し寄せてきて、正直半分くらい聞いてなかった。
「お姉ちゃん分かった?」
「え? う、うん。分かった分かった」
「あたしには、そうは見えないけど」
「小町ちゃんお黙り」
それからまた、いろいろな蘊蓄を聞きながら歩いた。港町の中心から、さらに十分くらい歩いたところが彼女の家だったらしい。
「お父さん、お母さん!」
玄関前で心配そうにうろうろしていた両親を見つけ、少女は駆け寄っていった。
「おお、無事でよかった!」
「心配したのよ!」
彼女は両親に抱き着き、繰り返し「ごめんね、ごめんね」と謝っている。やれやれ、無事に済んで良かった。安堵していた彼らは、やがて私と小町の存在に気づいた。それを察し、少女が口を開く。
「あのね、お姉ちゃんたちが助けてくれたの!」
「そうでしたか。すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、大変な事にならなくて良かったです」
不安だから声には出さなかったが、少女は配達帰りなのでお金を持っているはず。花火がどれほどの値段なのか分からないけど、最悪の場合、辻斬りに狙われるなんてこともあるだろう。
「昨今は物騒ですからね。丁度、防人に娘の捜索を頼もうとしていたところだったんです」
お母さんが言い、横のお父さんは娘の頭をなでながら「うんうん」と首を縦に振った。詳しく聞いてみると、配達は彼女自身が行きたいと願ったことらしい。常連の花火好きから注文を受け、お父さんが届けに行こうとしたんだけど、多忙な両親を心配した娘が名乗りをあげたらしい。両親は、いつも一緒に行き来しているところだからと油断していたそうだ。暗くなっても帰らないので心配し、防人の駐屯所に駆け込むところだったとのこと。まあ何にせよ、ちょっと気を緩め過ぎだと思うけどね。
「じゃあ、私たちはこれで」
「ああ、すこしお待ちください!」
一礼して立ち去ろうとすると、お父さんに呼び止められた。娘を母に預け、彼は速足で家の中へ。一分もしないうちに戻って来たかと思うと、小さな包みを渡してきた。
「うちの線香花火です。こんなものでお礼になるかは、怪しいところですが……娘を助けて頂いた恩がありますから、ぜひとも」
恩だなんて大袈裟な事を言われ、小町と目配せをした。彼女は黙って頷く。同感。向こうの気持ちを無下にするのもよくないし、ここはありがたく受け取ろう。
「ありがとうございます」
花火を貰い、私たちは今度こそ退却。手を振りながら、廃屋方面へ歩く。さすがに遅くなり過ぎたし、調査の続きはまた明日だ。
「お姉ちゃ~ん! 蕾、牡丹、松葉、散り菊だよ!」
「はいはい、教えてくれてあんがとね」
復唱に感謝を述べ、また大きく手を振って前を向いた。その瞬間に達成感を味わったけど、本来の目的は一寸たりとも進んでいない。
「桜華あんた、いつもこんな感じなの?」
「え? うん、まあ。だから全然調査が進まないんだけどね」
「ふうん」
自分たちの目的を忘れるな。そう怒られるんだろうな。
「お咎めならいくらでも受けるよ」
「いや、ちょっと感心してる」
「え?」
意外や意外、まさか褒めてくれるとは思わなかった。びっくり仰天だ。
「まさか、あんたにこんな優しい一面があるとはね」
「ちょいちょい小町。優しく可憐な美少女様に向かって何言ってくれちゃってんのさ」
「……やっぱ今の無しで」
「残念。この対局は待った無しで——って、ちょっと!」
前言撤回した小町は、私の言葉を待たずに早歩きで先へ。私はそれを、「待ってよ!」と大騒ぎしながら追いかけた。




