【二】潮風香る港町
◇◇桜華◇◇
河童の事件が解決してから、半月くらい経った。相変わらず小町が働きに出て、私は家の事と復讐相手についての調査を続けている。まあ調査って言っても、町に出て何人かに八岐神社の事を聞いてみるだけなんだけどね……。
「あの」
重そうな荷台を引くおじいさんに声をかけた。今の高祠之国では、信仰は廃れている。特に若い人は、神社なんて一生で何回かだけ行く、催し物や通過儀礼の開催場所くらいにしか思っていない。だから、話を聞く対象はほとんどご老人だ。
「八岐神社って知ってます? 北東にあるんですけど」
「ああ、知っているよ。前は、参拝してみようと思っていたんじゃがな……」
知っているみたいだし、行こうと思っていたらしい。だけど、おじいさんは口ごもる。その理由は、だいたい想像できるけど。
「去年だか一昨年だか、悲惨な事件があったんじゃろう?」
「そうなんです。私、その事件について知りたくて」
質問の目的を明かすと、彼は「う~ん」と低く唸った。何か知っている事があるのかと、期待の眼差しを向けながら答えを待つ。
「なんでも、宮司さんと子供たちが亡くなられたとか。その話を聞いて、恐ろしくなってしまってねえ。結局、参拝はまだなんじゃ」
「事件の犯人については、何か?」
「いやあ、分かりませんな。少なくとも、下手人が捕らえられたという掲示は見た記憶が無い。もしかしたら、まだ野放しなのかもしれん」
事件から約二年。私も防人の掲示は必ず確認するようにしているが、それらしい奴が捕まったとかいう内容は見ていない。そもそも、下手人が男なのか女なのか、個人なのか集団なのか……もっと根本的なところだと、何があったのか。押し入れに隠れていた私と小町は、それすら把握していなのだ。
「お知り合いに、そういった事情に詳しい方はいらっしゃいますか?」
「ううむ、おりませ……ああ、そうだ。参拝仲間ならおります。港町に住んでいる、『出雲』という商人の若い男です」
参拝仲間か。それなら、高祠之国の神社やその事情について詳しいかもしれないね。若い人っていう条件が今までの調査と違うから、何かの契機になるかもしれない。現状、藁にも縋りたい気分だから、こういう情報は本当に助かる。
「港町の出雲さん、ですね。分かりました、訪ねてみます」
「役に立てず、申し訳ないねえ」
「いえいえ、お礼を言いたいくらいです」
彼に一礼して、港町の方面に一歩踏み出す。横目に映ったおじいさんは、一度止めた荷台を再び動かすのに苦労していた。そうとう重いと見える。って、おじいさんが足を止めたのは私のせいじゃん。
「目的地はどちらですか? 代わりに引かせてください」
「そりゃあ申し訳ないですよ」
「情報を頂いたので、そのお礼がしたいんです」
お金は払えないが、手伝いくらいなら出来る。情報をくれた人には、出来るだけこの手のお礼をしている。だから一日数人に話を聞くのが限界になっちゃうんだけどね。
二十分くらいかけて荷台をおじいさんの職場まで届け、今度は港町へやってきた。
ここまで来ると海の匂いがして、新鮮な気分になる。遠くの方には、大きな船と、何かの作業をしている人たちが見えた。活気で言えば、高祠之国城の周辺に匹敵するか、もしかしたら超えているかもしれない。荷車や荷物を運ぶ人、大声でお客を呼び寄せる人、走り回る子供。とにかく、私にとっては慣れない大都会だ。何回か来たことは有るけど、毎回、人の多さに驚かされる。普段、誰も居ない森の廃屋で生活している事の反動かもしれない。
「さて、出雲さんとやらを見つけないと……」
今日の調査は少し時間がかかりそう。まあ大丈夫でしょ。遅くなったって、ただ「掃除やってない」とか「洗濯やってない」とかひたすら小町に怒られるだけだし。
……うん、結構嫌かも。
「ちょっと聞きたいんですけど」
大きな荷物を背負っている中年くらいの男性が居たので、声をかけてみる。出雲さんは商人らしいからだ。復讐相手の調査より対象が絞れて、幾分かやりやすい。
「はい?」
「この辺りに住んでいる、出雲さんという商人をご存じですか?」
「ごめんなさい、私は旅の者でして。たった今初めてここへ来たばかりなので、分かりかねます」
ああ、旅の人か。よく見ると、その手には筒状に丸められた紙を持っている。たぶん、地図か何かだろう。
「そうでしたか。お騒がせしました」
彼に軽く頭を下げ、次は誰に声をかけようか物色する。なんかこれじゃあ私が不審者みたいじゃない?
「お嬢さん、ちょっと良いですか?」
旅人と別れて数分歩いたところで、背後から不意に声をかけられた。振り向くと、こっちを見ていたのは若い男の人だった。
「防人西部駐屯所の者ですが、話を聞かせてくれませんか?」
しまった。もはや当たり前になって忘れていたけど、私は左腰に刀を携えている。高祠之国では特別珍しい光景じゃないけど、私みたいな年端もいかない美少女が身に着けているのは、いささか不自然だったかもしれない。
「嫌だって言ったら?」
「協力してほしいです。この捜査は西部の司令『不知火』様、もっと言うと、新任頭領『天舞音』様直々のご命令なので」
そう説明する彼は、どこか初々しさを感じさせる。年齢からして——見た目じゃ判断できないけど——新米の防人なのかもしれない。それと、意図せず「新任頭領『天舞音』様」という情報が手に入った。だから何だって話だけど、こういう話を知っておいて損は無い。もしや、河童に忖度していた防人が、人が変わったように処刑を実行したのは頭が変わったからなのでは……?
「まあいいけど」
「ご協力感謝します。まず一つ、最近発生している辻斬りについてはご存じですか?」
辻斬り。彼はそう言った。目的は事件の捜査ってわけか。
「うん」
町を歩いていると、何かしらの事件を起こした下手人の情報を書き連ねた人相書を目にすることがある。河童についての掲示を見た帰りにも見つけたが、ここ最近はその辻斬りの人相書ばっかりだ。
「四日前にも発生しましてね。事件発生は夜、目的は金品かと思われます」
人相書には確か「中肉中背の男。巧みに闇夜に隠れるため容姿は不明。被害者は仕事帰りの商人が多く、金品目的の可能性が高い」みたいなことが書いてあった気がする。覚えるつもりは微塵も無かったけど、毎日毎日見ていたら、嫌でも脳裏に焼き付いちゃった。
「そうなんだ」
「単刀直入にお伺いしますが、四日前の夜、どちらで何を?」
なるほど、疑われてるってわけね。
「普通に家でご飯食べたり勉強したり、遅くならないうちに寝てたと思うけど」
「……なるほど。ちなみに、その刀は?」
彼は眉間にしわを寄せながら、お父さんの刀を凝視する。そうね、怪しまれても無理は無いと思う。
「護身用。辻斬りもそうだけど、この前まで連続少女失踪事件とかあったでしょ? なにかと物騒だから。防人がちゃんとしてくれれば、こんなの持つ必要ないんだけどね」
「おっと、これは耳が痛い」
話の主導権を握られちゃだめだ。幸い、この人は新人っぽい。捜査の熟練者じゃないだろうから、なんとか言い逃れできるかもしれない。まあ、言い逃れも何も、私は辻斬りなんかやってないんだけどね。
「っていうか、下手人は男なんでしょ? この絶世の美少女が男に見えるわけ?」
そんな訳ない。
だいいち彼は、お嬢さん、と私に声をかけたはず。
「念の為です。見間違いの可能性も否めませんから」
「遺体はどんな状況なの?」
「え?」
「滅多打ちにされてるとか、斬首されてるとか」
そんなことを聞いてみると、彼は懐から帳面を取り出して確認し始めた。「えっと、えっと」なんて言ってるけど、この人、防人として大丈夫なのかな……。やがて該当する記録を見つけたのか、満足げな顔で話し始めた。
「遺体の状況はその時その時で異なりますが、どの場合もどこかしらを一太刀です」
そんな事教えちゃっていいのかと心配しつつ、今の情報で逃げ道を発見できた。ありがとう、間抜けな防人さん。いや、これじゃ本当に私が下手人みたいな感じになっちゃうか。
「あのね防人さん。見てよ、これ」
呆れたような声色で言いながら、私は袖をまくって腕を見せた。
「腕が何か?」
「防人だって剣の訓練くらいしてるんでしょ?」
「ええ」
だからなんだ。彼の顔に、そう書いてある。
「だったら、こんな華奢な体の美少女が、一太刀で人をあの世に送れるわけないって、分かるでしょ?」
「え、美……?」
は?
どこ引っかかってんだよ。
危うく本当に下手人になりかけたが、何とか堪えた。
「まあ、それは……確かに。お引止めして申し訳ございません」
「別に~」
え、終わり? 我ながら良い感じに会話を引っ張れていたと思ったが、まさかこんな簡単に引き下がるとは。さすがに捜査が甘すぎるんじゃないの……?
何はともあれ、冤罪でしょっ引かれなくてよかった。う~ん。新任頭領とか言ってたけど、無能組織は、頭が変わったくらいじゃ、すぐには変化できないんだね。こんなんだから、私や小町の敵も……。




