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【七】水妖との邂逅

 次の日、小町の体調はすっかり快復。今日も今日とて仕事へ向かった。よかった、変なものを食べてさらに悪くするんじゃないかと思ったけど、大丈夫だったみたい。神隠しに関しての調査もしてみたけど、やっぱり事件が起きているのは夕暮れ過ぎ、例の川辺で間違いなさそうだった。日中現場に行ってみると、歩哨が居た。でも、この前の夕暮れ過ぎにはもうい居なかったよね。答えに近づいているはずなのに、遠ざかっているようにも感じられる。


「もう訳わかんないよ」


 そうぼやきながら剣の素振りをしていると、血相を変えた小町が走って帰宅した。まだ暮れ六つちょい前。帰ってくるには少し早い。前掛けも姉さんかぶりもそのままだ。


「小町? どうしたの?」


 小町は膝に手を置いて、数秒間息を整えてから、険のある顔で言う。


「京都が……京都が、居なくなった、って」

「……え?」


 彼女の言葉を理解するのに、異様なほど時間を要した。京都が居なくなった。姿を消した。失踪した。何処かへ行った。いったい、何のこと? 昨日見た京都の不気味な笑顔を思い出し、私の不安感は都会の火事のように一瞬で膨れ上がる。小町曰く、京都は今日、お菓子屋に来なかったらしい。店主さんも奥さんも何も聞いていない。もちろん小町も何も知らない。心配しながら仕事していると、店に京都の母親が飛び込んできたという。


「うちの娘は来ていませんか」と。

「娘の行方が分からないんです」と。


 そう聞いて、小町は飛び出してきたのだそう。やっと状況を理解した私は、素振りも掃除も放り出して、例の川辺へと急いだ。奇しくも、ちょうど日が落ち始めた頃である。小走りで進みながら、小町にいろいろと話を聞いた。


「つまり京都は、神隠しの現場を突き止めて、あそこへ向かったってこと?」

「かもしれない」


 小町が京都の母親から聞いた話だと、京都を最後に見たのは昨日の晩だったそうだ。母親が朝起きた時には京都の姿は無く、仕事で早朝からお菓子屋に行ったものと思っていたらしい。実際、仕込み量が多い日は早くに行って手伝うこともある。だから、それほど不思議な事ではなかったんだと思う。母親は知り合いとの食事にお呼ばれしていて、帰宅したのは夕方ごろ。夕食の準備をしようとしたところ、包丁が一本無い事に気が付いた。よく見ると、京都が仕事で使うはずの前掛けや姉さんかぶりの布が放置されていた。さらに、玄関に置いてあるはずの提灯が無くなっていたのだそう。


 提灯を持って行ったってことは暗い時間、夜に出たって事だろう。包丁はと考えると、また京都の怖い顔が脳裏に蘇る。目に光が無くなった顔だと思っていたけど、正確には影が差した顔だったかもしれない。何の影かと言えば、()()だ。友達が神隠しに遭ったって言ってた。つまり彼女は、一連の事件を引き起こしている河童に強い恨みを抱き、現場を特定して、河童を殺しに向かったんじゃないかと思う。


 やがて日が落ちた頃、私たちは神隠しの現場へ到着した。林の中に足を踏み入れたが、歩哨の姿は無い。この前と同じく、縄と立て札のみだ。


「あたし思ったんだけどさ、神隠しは、誰かが居ないと起きないんじゃない? 桜華の考えてる通り女衒か何かなら尚更さ」

「確かに」


 言われてみればそうだ。人攫いなら、人が居なきゃ起こらないのは当然だよね。勝手に神秘的な現象だと思い込み、前回は見張りに終始していた。……もしくは、誰かが現れて神隠しを目の当たりにするっていう展開を無意識に待っていたのかも。


「じゃあ、私が囮をやるよ。小町は見張ってて」

「いや、囮はあたしがやる。あんたは刀を携えてるし、警戒されるかも」

「……気を付けてね」


 水辺に小町を残し、私は前と同じ左側の茂みに隠れた。小町も小町で恐ろしいだろうけど、私も、何かあればすぐにお父さんの刀を抜く……そういう覚悟を決めておかないといけない。


 数分待った後、小町は提灯を灯す。私からも、僅かに彼女の姿が見えるようになった。さらに、川の淵でしゃがみ込んでじゃばじゃばと水の音を鳴らす。これで、千代さんが水を汲んでいた状況に近づけたんじゃないだろうか。どんな事が起こるのか、いろいろと考えた。河童に例えられる何かは一人なのか、集団なのか。普通の人を装った女売りが話しかけてくるのか。それとも、私が信じていないだけで、本当に何か超常的な現象があるのか。


「ん? あれは……」


 小町を視野の中心に据えつつ、周囲の様子にも気を配る。そうしている最中、川を渡って右奥の方向に何かを見た。


「人魂? いや、まさかね」


 小町もその存在に気づいたのだろうか、提灯だけこっちに向けて揺らしている。その間にも、人魂のような何かが近付いているのが分かる。私は息を殺し、見張っているのがばれないようにする。一方、小町は敢えて水の音を鳴らし、自分の位置をその何かに示した。


「川を……渡ってる」


 小町による水の音のほかに、もう一つじゃばじゃばと聞こえる。手で鳴らしているというよりは、水を掻き分けているような迫力のある音だ。ざぶんに近いかもしれない。


「ぐへへ、こいつぁ上物だぁ」


 思わず耳を塞いでしまいたくなる、気味の悪い声でそう聞こえた。体を内側からくすぐられるような不快。硝子をひっかいた音と似た不愉快さと言えるかもしれない。それが聞こえた途端、小町は提灯を迫る人魂の方に向けた。見えたのは人の形をしたもの。というか、人だ。小町の背丈は五尺三寸くらいだけど、それと比べると、かなりちんちくりん。服装は極めてだらしなく、川を渡ってきた事によるずぶ濡れ具合が、また嫌な感じを際立たせる。なるほど河童か、と私は思った。


 小町の元までたどり着いた河童は、ぐへへと笑いながら彼女を左肩に担ぐ。河童の背中側に小町の頭がいく格好だ。小さくても力だけはあるみたい。


「ちょっ、やめてよ!」


 そう叫んだ小町だが、しっかりと提灯を揺らしている。言葉のわりに、全然抵抗する様子は無い。小町も懐刀を隠しているはずなので、逃げようと思えば簡単に逃げられる。でもそうしないということは……。小町の提灯はまだ、私の方を見て風鈴のように動いている。


 なるほどね。


 わざと連れ去られることで、河童の拠点を暴いてやろうという作戦らしい。そう悟った私は、音をたてないように茂みから出た。提灯を見失わないよう注意しながら、川の淵を進む。音を立てずに渡るのは不可能に近い。どうしようか悩んでいると、水面から顔を出す大きな岩を見つけた。……しょうがないか。滑って転ぶかもしれないが、私はそれを飛石代わりにして渡った。ちょっと危なかったけど、とりあえず尾行はばれていないようだ。足音をなるべく河童のそれに重ね、提灯を追いかける。少しずつ川からも町からも離れ、奥へ奥へ進んでいく。


 そうやって数分は歩いただろうか、河童は岩の方を向いてつるを掻き分ける。その奥はどうやら洞窟になっているようで、僅かに灯りが見えた。ここが河童の住処ってわけね。それが分かったのは良いんだけど、私には大いなる疑問が生まれた。たったこれだけの場所、防人が一月近くも見つけられないわけがない。あの川辺まで分かったなら、防人ほどの規模があれば、その日中か遅くても翌日には見つけられるはずだ。奴らへの不信感は、ますます大きくなるばかりである。


「よっこいせ、ふう」


 洞窟内をしばらく進むと、河童はそう言いながら小町を床に下した。彼女は起き上がらない。たぶん、恐怖のあまり気絶したふりをしているんだ。ところどころに松明がくくられているので、ちんちくりんの様子は分かる。怖いくらい青白い肌、汚い装い、頭頂部にはお皿がある。確かに河童みたいだけど、やっぱりこれはれっきとした人間だ。


「ぐへへ、いい収穫だ。こりゃ、しばらく楽しめそうだなぁ」


 その言葉の後、身の毛もよだつ音が聞こえた。後ろから見ているから見えないが、確実に舌なめずりをした音だ。よく黙っていられるね、小町。


 さて、尾行はここまでかな。


「こんばんは、河童さん」


 そう声をかけると、河童はびくっとして振り返った。口が半開きで、歯が半分くらい無いのが分かる。顔全体にしわが見られ、老爺なのだろうと思わせる容姿だ。場所や行いのせいだろうか、これは物の怪だと言われたら、信じてしまうかもしれない。


「およ?」


 河童は私の顔を見るなり、間抜けな声を出した。


「おやおや、ぐへへ。こんな上、いや特上が自ら飛んで火に入るとは……今夜はついてるなぁ」


 不愉快、悪感情、悪感、醜穢、忌々しさ、寒気。いくら言っても言いきれないような、気持ちの悪さを感じた。いくら美少女だと自負する私でも、こんな形で評価されたくはない。

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