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【五】防人への不信感

◇◇桜華◇◇


「さてと、河童でも探しに行こうかな」


 自分でも、何を言っているのかさっぱり分からない。第一、河童なんて居ないよと京都に言ったのは私だし。小町がお菓子屋に向かうのを見送った後、私は町に出た。連続少女失踪事件、俗に言う()()()について調べるためだ。念のためお父さんの刀を携え、町中を練り歩く。京都が事件について「おば様方の井戸端会議で聞いた」と言っていたのを思い出し、さしあたり、おば様方への聞き込みから始めることにした。


「あの、お話し中ごめんなさい」


 真昼間に往来の隅で談笑する有閑おば様方を見つけ、声をかけた。白髪混じりの三人であり、歳はたぶん、私三人分くらいだと思う。つまり五十歳くらいだ。全員、素朴な茶色の着物に身を包んでいる。


「どうしたの、お嬢ちゃん」

「私たちに何か」

「ご用かしら?」


 一人が代表して言えばいいのに、おば様方はなぜか三人で分割した。えっと、さっそく話かける相手を間違えたかもしれない。とは言え、もう声を掛けちゃったし、諦めるしかないんだけどね。


「え、えっと……この辺りで起きてる、神隠しってご存じですか?」


 そう聞くと、おば様方は全員同時に目を丸くした。三つ子だったりするのかな……。心なしか、三人ともそっくりに見えてきた。


「神隠しってあの」

「女の子が忽然と」

「居なくなっちゃうやつよね?」

「それが」

「どうか」

「したの?」


 二周目もあるんだ。


「ちょっと事情がありまして、その神隠しについて調べてるんです。お知り合いに、被害に遭われた方のご家族やご友人はいらっしゃいますか?」


 するとおば様方は、あちらこちらを指さして、小声で打ち合わせを始めた。やがて結論がでたのか、ずいっとこちらに一歩寄る。私は思わずたじろいだ。


「そこの角を曲がって五分くらい歩くと、傘屋さんがあるわ」

「結構前の事だけど、そこの娘さんが」

「居なくなっちゃったみたいよ」


 傘屋の娘さんか……。書き留める道具は持っていないので、忘れないよう脳裏に深く刻んだ。


「他に何かご存じですか?」

「お嬢ちゃんって」

「防人の」

「お方?」


 しまった、深入りしすぎたかな。おば様方は、まじまじと私の顔を覗き込んでいる。刀も携えてることだし、確かに防人の一員だと思われてもしかたない。あんなのと一緒にされるのは、不快だけどね。


「いいえ、そういう訳じゃないんですけど、だた個人的に気になっているので」


 私は防人じゃない。そう否定すると、おば様方は妙に納得したような表情になった。納得というか、合点がいったというか、腑に落ちたというか……あれ、同じか。とにかく、「だろうね」と言いたげな顔だ。


「防人が、何か?」


 気になって、表情の理由(わけ)を聞いてみた。


「防人はどうしてか」

「神隠しについて」

「親身になって聞いてくれないみたいなの」


 京都は確か、神隠しについて防人も手を焼いているって言ってたっけ。今のおば様方の話を聞く限り、ただ苦戦してるってわけじゃなさそう。まごまごしている間に、何人の子が被害に遭ったと思ってるんだか。


「ありがとうございます。とりあえず、教えて頂いた傘屋さんを訪ねてみます」


 礼の言葉とともに頭を下げ、傘屋があるという方へ向かう。背後から、


「お嬢ちゃんも」

「神隠しに遭わないように」

「気を付けてね~」


という三分割の心配が聞こえた。もう一回頭を下げておこうかと振り向くと、おば様方はもう私が声をかける前の状態——三人向き合った井戸端会議の形に戻っていた。


 言われた通り道を進むと、確かに傘屋さんがあった。閉じた赤い傘を模した看板があるので、一目でわかる。店の外観はお世辞にも綺麗とは言えず、建材がところどころ朽ちている。あんまり繁盛していないんだなと、無意識に例のお菓子屋と比べてしまった。中からは、ばりばり……みしみし……と、竹を割る音が聞こえる。私にはそれが、やり場のない憤怒の顕れに感じられた。


「ごめんください」


 千本格子の玄関引戸を開け、控えめな声量の挨拶と共に店内へ。店のあちらこちらに傘が陳列してあり、まじまじと見ていると、目が回りそうになる。


「……いらっしゃい」


 店主と思しい殿方は、私を見るなり、覇気のない声で言う。意気消沈を絵に描いたような状態で、目もどこか虚ろだった。いつか工具で怪我するのではないかと、心配になる。まあ、こんな状況で元気よくやれなんて、無慈悲も甚だしいことは言えないけどね。


「少し、伺いたいことがありまして」

「はい?」


 不思議そうにする傘屋の店主さん。私は後ろ手で引戸を閉め、土間を進んで数段高くなったところに腰掛ける。いきなり座るなんて不躾だったかなと、少し後悔した。腰を浮かすと、彼が手で暗に「構いませんよ」と言ってくれたので座りなおした。


「傘の御用命ですか?」

「いえ、その……申し上げにくいんですけど、世間で神隠しと呼ばれている事件について、お伺いしたくて」


 用件を聞いた彼は、思い切りしかめっ面をした。思い出したくもないだろうね。私だって、八岐神社の惨状につい問われたら、同じ顔をすると思う。作業の手を止め、彼は「はあ」と大きなため息をひとつ。数秒間俯いて目を閉じていたかと思うと、急に口を開いた。


「何をお話すればいいんですか?」

「あ……」


 答えてくれるんだという驚きと、彼の目が真赤に充血しているのを見たことで、私は一瞬言葉を詰まらせる。


「えっと、娘さん……」

「千代です」

「千代さんの行方が分からなくなった日の状況を」


 聞くと、彼は顎に手を当てて考え込んだ。私はふと、なんで私なんかの質問に答えようとしているのか疑問に感じた。揣摩臆測(しまおくそく)だけど、全然解決してくれない防人に、痺れを切らしているのかもしれない。


 私と小町も、同じように防人を信じていない。高祠之国の治安維持だ何だと言っておきながら、私たちの家族を殺したような存在が生まれるのを許したからだ。事件を起こす前、事前に無実の状態で罰することはできない。それは分かっているけど、じゃあ、罰を受けるまでの間に被害を受けた者は、その踏み台なのかと。私たちの兄弟姉妹やお父さんは、契機に過ぎないのかと。そういう憤りを感じているのだ。


「あの日、千代が家を出たのは日没の頃でした。あの子は手桶を持って、川へ水汲みに向かいました。俺が、頼んだんです……」


 水汲み。京都が言っていたのは、もしかしたら千代さんの事だったのかもしれない。


「千代さんに、変わった様子なんかはありました?」

「無かったです。いつも通り、明るく元気でしたよ」


 となると、神隠しは集団身投げの類ではなさそう。やっぱり、河童と比喩される何かが有るんだろうね。


「千代さんの交友関係なんかは?」

「さあ、分かりません。ただ……」


 ただ、と言って店主さんは一瞬だけ口ごもった。


「千代の母、つまり俺の妻は、数年前に他界していましてね。仕事に耽る私に代わって、千代は妻のように家のことをやってくれていたんです。友達と遊んできなさいと言っても……全然聞かず、『お父さんのお手伝いがしたい』と、生意気な事ばかり。ああ、ごめんなさい、話が……逸れてしまった」


 時折言葉を詰まらせながら、彼は家族のことについて語った。千代さんの話をする彼の顔はなんだか楽しそうだったけど、またすぐに悲痛に支配されてしまう。


「いえ」

「人並みに遊ばせてやれなかったので……要するに、そこまで広い交友関係は持ってなかったと思います」

「……河童については、何か聞いた事ありますか?」

「河童? ああ……」


 突然妖怪について聞いたからか、店主さんは一瞬困惑したように見えた。けど、すぐ元の雰囲気に戻る。私の意図を察してくれたみたいだった。


「巷じゃ河童の仕業だ何だと言ってますがね、そんな訳無いじゃないですか。何処かの誰かがやってるんですよ、憎たらしい」


 それに関しては私も賛成。やっぱり、河童なんて居やしないもん。仮に下手人が河童だとしたら、尻子玉を抜かれた状態の被害者が見つかったって良いはず。でも、そうじゃない。神隠しと名付けられている以上、被害者は亡くなってるんじゃなくて、()()()()()()()んだ。遺体は見つからないらしいし、今のところはそう言える。それに、被害者は十五くらいの女児ばっかり。性別と歳で対象を選り好みする……そんな淫靡(いんび)な河童が居るのかってね。


「憎い、本当に。今すぐにでも下手人をとっ捕まえて、(はらわた)を引き裂いてやりたい……!」


 恨めしそうにする店主さんを見て、私の関心は少し別の方向に変わった。即ち、憎しみと殺意についてだ。


「もし……仮にですよ? この場にその河童とやらが訪ねてきたら、店主さんは——」

「殺してやりますわ」


 彼の目には、強い強い覚悟が見える。この人は十中八九殺る、いや九分九厘……ううん、それでも生ぬるい。そう思うほど、彼の言葉には想いが乗っていた。ああ、まただ。私には、できるのかな。家族の仇を前にした時、憎悪の対象と対峙した時、私は本当に刃を振り下ろせるのかな。なんて、漠とした不安に襲われる事が、たまにある。


「なあに。生憎、私は仕事がら毎日竹を裂いてますから。腸くらい、わけありませんよ」


 そんな言葉を聞くと、途端に彼のそばにある工具が怖くなってきた。確かに、やろうと思えばできそうだ。


「ところで、お嬢さんは防人なんですか?」


 あ、やっぱみんなそう思うんだ。


「いえ、個人的に調べてるだけです。ごめんなさい、なんだか騙したみたいになっちゃいましたね」

「いやあ、良いんですよ。むしろ安心しました。あの使えない連中のほかに、率先して調べてくれてる人が居るんだな、って」


 京都から聞いたのが千代さんの事だとしたら、もう何週間も経過したことになる。なのに下手人は野放しで、世間には噂話だけが蔓延(はびこ)っている。その間にも、被害者は増え続ける。このざまじゃ、防人に不信感を抱かない方が(へん)ってもんだよね。


「では、私はこれで失礼します。お仕事中お邪魔してすみませんでした」

「いえ。少しでも千代の無念が晴れるなら、お安い御用です」


 立ち上がって彼に一礼し、私はまた土間を歩いて千本格子の戸に手をかけた。そこでふと、思い立った。もうちょい、きちんとお礼をしようかな。


「この傘、下さい」


 店主さんにそう声をかけ、傘を一本手に取った。濃淡の桜色が半々で、桜の枝と花吹雪が描かれているものだ。


「へいへい」


 店主さんに代金を渡し、今度こそ店を出た。私のへそくりを入れていた巾着袋は、一気に軽くなってしまった。半分くらい減ったかな。傘って意外とするんだね。


 空腹をこらえながら南西部の町を練り歩き、傘屋さんのほかにも何人かに話を聞いてみた。結局のところ核心に迫るような情報は得られなかったけど、神隠しのどの事例にも共通する要素があった。


「川、夜……」


 千代さんがそうだったように、神隠しに遭ってしまった人は、みんな夜に同じ川辺に行っている。なるほど、河童ね。共通点に気づいた私は、その川辺へと足を運んだ。傘屋さんから十分くらい歩いたところにある。その周辺はうっそうとした林で、日中でもちょっと暗い。町と自然が混在したような、不思議な感覚になる場所だ。地面は湿っているが、不自然に踏み固められた道筋ができている。


「あれ、歩哨(ほしょう)がいるじゃん……」


 水の音を追いかけて少し林に入っていくと、先客が居た。二人の男——防人がその辺りをうろうろしていたのだ。木と木に細い縄を渡して道を(やく)してあり、真ん中に立入厳禁の立て札が設けられている。な~んだ、防人もここまではたどり着いてるんじゃん。


「川に用かい、お嬢ちゃん」


 あ、見つかっちゃった。


「入れないの?」

「ああ。見ての通りだ」

「それは、神隠しが起きるから?」


 私がそう問うと、二人は(いぶか)しげな顔をする。どうやら図星みたい。ますます不思議だ。私でさえちょっと調べただけでこの川辺にたどり着いたのに、もっと前に現場を特定していたはずの防人は、何をしてるんだろう。ここまで来たら、あとはもう河童を捕らえるだけじゃないの?


「河童は見つかった? 釣り竿にきゅうりでも結んでおけば、簡単に釣れるんじゃない?」

「それよりどうした、刀なんぞ引っ提げて」


 話を逸らされた。絶対わざとだ。刀の話なんて、今は何の脈絡もないし。何が何でも、進捗は教えてくれそうにない。


「これは護身用。美少女はいつ何時(なんどき)、不埒者に襲われるか分かんないんだから」

「あん?」

「何言ってんだお嬢ちゃん」

「は?」


 腸ぶちまけてやろうか? 


 とまあ冗談はさておき、こいつら歩哨が居る限り、縄の先は行けない。もし強引に通れば、私が到着するのは川辺じゃなくて牢屋だろうね。


「ま、通れないならいいや。それより、早く河童を捕まえてよ。怖くて夜も眠れないんだから」


 私は両手を腰に当て、諦めたように、吐息混じりに言った。二人の顔からは、僅かに力が抜けたような印象を受ける。私が諦めたことに安心したのだろう。装ってるだけで、諦めちゃいないけど。


「んじゃ、よろしく~」


 防人に別れを告げ、私は来た道を引き返す。そろそろ廃屋に戻って掃除をしないといけない。ちょっとでも汚れてるとうるさいんだから、あの(しゅうとめ)

 

 何の気なしに傘を広げてみる。花吹雪が太陽に照らされている様子は雅だ。うん、なかなかいい買い物だったかもしれない。

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