最初の試練-2-
学長は厳格な視線が俺たちを見渡し、講義室内には静寂が広がっていた。
俺たちは様々な表情で、地球儀や世界地図が示す歴史的な出来事や地点に注目し、知識との戦いに挑んでいた。
「第一問、帝国の建国者とされる人物の名前は?」
俺は真剣な表情でボタンを押し、机上のディスプレイが表示されるのを待った。正解の表示が点滅し、安堵の息をついた。
「建国者、これは当然だな」
ヴィクトリアたちも、自信満々にボタンを押し、正解の表示を確認すると微笑んだ。一方で、フェリクスは苦戦していた。彼が押したボタンには誤答の表示が点灯し、教官の目線が彼に注がれた。
「うーん、僕にはこれは難しいかな」
次々に出題される帝国史は一般教養的なものだけでなく、戦史なども当たり前のように出てくる。帝国の創建から拡大期、停滞し周辺国に侵攻された時期、中興期、導力機関の登場、鉄道網の整備とそれに反発する諸侯、諸外国との外交関係の歴史など幅広い。
フェリクスが苦戦するのは仕方がなかった。
フェリクスの隣に座っているアイザック、そしてその後ろのリリーは、逆に高い正答率だった。
「なんでそんなに正答出来るのさ?」
フェリクスは不思議そうに尋ねる。
「苦戦するところはあるが、まあ、家の教育だろうな」
「貴族や軍人の家系は歴史教育はとても重要ですから。これが覚えられないと折檻されてしまいますわ」
アイザックとリリーは涼しい顔をして答える。だが、その陰で苦労をしたであろうことはフェリクスも感じ取った。
非貴族・非軍人系であるアレクサンダーも順調に正解を積み重ね、貴族系の俺たちもまた次々と問題に取り組んでいった。学長の出題は難易度を増していき、時折特殊スクリーンが歯車の音と共に切り替わっていく様子が、講義室に静寂な興奮を巻き起こしていた。
解答に対する補足説明がその都度行われることで俺たちの知識は深化していく。学長の解説は文字通り歴史の波であり、流れだった。俺たちは、歴史の舞台裏に足を踏み入れ、過去と未来が交差する瞬間に立ち会っているような感覚に陥っていた。
問題が進むにつれ、フェリクスは懸命に答えを探していった。彼もまた、歴史という波に飲み込まれ、その荒波にもまれながらも、溺れないように努力している様だった。その様子を隣で見ていたアイザックは彼に微笑みかけ、エールを送る。
「フェリクス、焦らなくても大丈夫だ。君はきっと次に取り戻せる。そして学長とそして俺たちが君を助けるから頑張れ」
「そうだな。今はわからなくても次こそは!」
「その意気だ」
知識の波が俺たちを包み込む中、俺たちは自らの限界を越え、歴史への深い理解を目指していた。その後も試験は続きを迎え、俺たちは次々と問題に挑んでいく中で特殊スクリーンは様々な時代の風景や歴史的瞬間を映し出していた。
時折、歯車の音が響き渡り、それが、俺たちには帝国の歴史の奥深く誘う時駆ける懐中時計の様にも思えた。
そのような悠久の時間がいつまでも続くかと思われたが、現実の時間は講義の終わる時間に近づいていたらしい。
「これが最終問題だ。長い帝国の歴史において最も影響を与えた戦争は? その戦争における最大の国益はなんだったか。この問題は解答時間を多めにとるとしようか、よく考えたまえ」
学長の問いかけに、生徒たちは一瞬息を飲んだ。これが最後の試練であり、彼らの知識と冷静さが試される瞬間であった。今までは年代毎に出題されていたが、今回は帝国の歴史全ての中でというものだった。
「最も影響を与えた戦争か」
俺は考えを巡らせる。
「この問いは難しいですわね。どの戦争も帝国にとっては一大事」
「この戦争の結末がなければ、今の帝国は存在していないかもしれない。ならば、答えはこうだ」
ヴィクトリアは俺同様に深く考え、アレクサンダーは逆に明快に答えを出せたようだ。この問題は解答者の視点によって答えが変わるのかも知れない。その証拠に回答済みのアレクサンダーは正誤判定が現時点では出ていない。
他の仲間たちもまた頭をひねったり、今までの出題を回想したりしているようだ。
全員が解答を出し終えた段階で学長は厳かな声で宣言した。
「もう良さそうだな。泣いても笑ってもこれが最終問題だ。だが、全員、これについては正解とする」
特殊スクリーンが切り替わり、全員正解の表示が点滅する中、俺たちは試験の結末を迎えていた。長い戦いだったが、結末は意外とあっけなかった様に思える。
俺、ヴィクトリア、オリヴァー、セリーナは、高得点を手に入れ、満足げな表情を浮かべていた。俺は満点に近い点数だったのは幸いだった。ヴィクトリアもまたその洞察力で高い得点を獲得していた。従兄妹揃って面目を保つことに成功したのは大きな成果だろう。
一方で、リリー、アイザック、アレクサンダーは、6-8割程度の点数を獲得しており、その実力と知識を証明していた。アレクサンダーは特に機械技術に関する知識で高い評価を受けていた。
エレノアは85点を獲得し、どの時代でも安定した正答率を叩き出し高級官僚の家系の誇りを胸に帝国への奉仕の意志を示していた。ヴィクトリアと同程度の得点を手に入れた彼女は、知識と機械に関する情熱を見事に発揮していた。
フェリクスは30点で不合格となり、彼の苦悩が続いていた。しかし、アイザックの励ましを受け、彼は次なる試練に向けての覚悟を固めていたが、少しばかりの落胆が彼の表情を覆った。
「試験終了だ。皆、ご苦労だった。なお、最後の問題についての講評と解説は次回に行うことにする。そして、諸君には歴史は帝国の魂そのものであるということを忘れないで欲しい。これからも知識を深め、歴史の教訓を胸に刻んでくれたまえ。帝国の未来は君たちの手に委ねられている」
学長の声が室内に響く。俺たちが学長に敬礼すると学長もまた優雅に答礼して返し、扉を開けて講義室を退出していった。




