古城-6- デクレセントムーン
探索分隊がダイアメトロンを発見し、地上へと戻ってこようとしている頃、俺たち防衛分隊も依然として警戒を怠らず、彼らの退路を確保していた。
そのとき、地下通路の奥から不気味な音が聞こえてきた。足音か、それとも何かの響きだろうか。俺は神経を尖らせ、全ての感覚を研ぎ澄ませた。
「用心してくれ。敵が再び迫ってくるかもしれない」
俺がそう言うと斥候に出ているリリー以外の皆が揃って頷く。いつ敵が現れてもおかしくない状況下のため張り詰めた緊張感が通路を支配している。
少し経った頃、斥候から戻ったリリーが報告する。
「アシュモア卿、敵です。奥の通路から敵の気配を感じ取ったので引き返してきました、こちらに向かっているようです」
俺は再び狙撃銃を構えたが、残弾数も少ない今、通路を挟み撃ちにされるのは都合が悪い。リリーの報告の通り、地下通路の先で明かりの差し込む場所に敵の気配が感じられた。
「セリーナ、エレノア、ここは二人に任せる。俺とリリー、アイザックが奥の通路の敵を蹴散らしてくる。狙撃銃と残弾はここにおいていく。エレノア、使ってくれて構わない」
防衛分隊の指揮官として、俺はセリーナとエレノアに地下通路の確保を託し、宣言通りリリーとアイザックと共に奥深くへ進んでいく。
次第に通路は暗くなり、先に進むほどに不気味な雰囲気が漂ってきた。地下区画への階段がある場所に辿り着くと、俺たちは一瞬立ち止まった。
「この先に誰かいるようだ。気をつけろ」
アイザックの言葉に、俺とリリーは頷き、先に進む。階段へと続く通路に人影が見える。どうやら荷物を抱えて歩いているようだ。
「動くな!」
俺がそう言うや否やリリーとアイザックは敵へと躍りかかる。不意を突かれた彼らは荷物を投げ捨てて応戦しようとするが、その頃には二人が襲いかかっていたこともあり、抵抗もむなしく無力化されてしまったのである。
「奴らは地下室にダイアメトロンを運ぼうとしていたようだな」
アイザックは彼らが運んでいた荷物を改めるとやはりこれもまたダイアメトロンだった。
「お前ら何をしているんだ?」
アイザックが問いかけると、敵兵はにやりと笑いながら口を開く。
「お前たちが思っているより、これは大きな陰謀の一部なんだよ」
彼の言葉からこれが単なるテロ目的の物資集積ではなく、何かより複雑で巨大な陰謀の一端にであることが伺えた。
捕虜としてこの敵兵を連れて歩いているところで俺たちは探索分隊と合流し、エレノアとセリーナが確保していた通路まで戻ってきたが、二人もまた、いくつかの偽帝国兵を捕らえていたようだ。
「エレノア、セリーナ、お疲れ様。俺たちも何人か生け捕った」
「では、ここで彼らを閉じ込めて帝国軍か警察に引き渡しましょう」
リリーとアイザックも手伝って捕虜たちを部屋に誘導した。セリーナが案内した倉庫のような場所には、先程の生け捕った敵兵たちが閉じ込められ、その外にはバリケードが作られていた。協力してバリケードを一旦除けてから新たな捕虜を放り込んで、再びバリケードが構築され、完全に閉じ込めたのであった。
「これでしばらくは大丈夫だろう」
フェリクスがバリケードを確認しながら言った。
一同は安堵の表情を浮かべ、一息つくことができた。しかし、この事件はまだ終わっていないことを俺たちは理解していた。
陰謀の全貌を知るためには、もっと調査が必要だ。それにしても、なぜこんな小さな学園都市でこんな大きな陰謀が巻き起こっているのだろうか。次の手がかりを探すべく、俺たちは新たな決断を迫られることになるだろう。
探索チームと防衛チームが地下室で協力して敵を制圧した後、一行は再び地上に戻った。地下通路の確保をしていたセリーナとエレノアが合流し、一堂に集まった。
「よくやったな、エドウィン。お前の指揮のおかげで、俺たちは無事に戻ってこれた。アイザックたちもよくやった」
フェルナンド大尉が俺たちに感謝の意を示す。俺は軽く頷いたが、まだ物事は終わっていないことを感じていた。
「報告があります」
リリーが冷静に口を開いた。
「私とアイザックが捕虜にした彼らの言動がとても気になりました。彼らは、帝国への憎悪を口にし、組織の名前を口にした者もいた。デクレセントムーンというらしいのです」
「デクレセントムーンか、聞いたことがないな」
フェルナンド大尉が眉をひそめる。現役の軍人であるフェルナンド大尉すら耳にしたことがないデクレセントムーンとは、どのような存在なのだろうか。
「帝国の敵対勢力が絡んでいるだろうとは思っていたが、まさか、我々が存在を認知していない組織だとは・・・・・・一体何者なのだ? とにかく、情報を集める必要があるな」
俺たちはこのあとすぐに帝国軍と警察に状況を報告し、引き渡しまで地下区画への通路を封鎖したのであった。
◇◆◇
その頃、物語の舞台から遠く離れた場所で、謎の男は高い天井の部屋に佇んでいた。春だというのに雪に覆われた城館には彼以外には数えるほどしか人はいない。使用人たちですら彼の素顔を見たことはない。
「この腐敗した体制を叩き壊し、新たな時代を築くのは私だ」
仮面に隠された彼の表情は誰も読み取れないが、憎悪の感情だけはその呟きから容易に想像できる。窓の外の吹雪が激しさを増すと同時に彼の情念もまた激烈さを増しているようだった。
◇◆◇
数日が経過したある日、俺たちは帝都知事に内密に呼び出された。帝都中央駅に差し向けられた公用車は帝都知事官舎へと帝都の大通りを走り抜けていく。
知事官舎に到着すると知事自ら人懐っこい表情で歓迎し、ダイニングルームへと案内してくれた。俺たちに着席を促し、彼は自身も席に着いたところで語りかけてきた。
「君たちの卓越した行動に感謝する。今回のことで帝都はテロリストの魔の手から救われた」
帝都知事の言葉に、俺たちは一礼し黙って聞くことに徹した。彼の話では帝国各地の港湾で密輸されていたダイアメトロンが税関と警察によって押収されたこと、内務省と警察が押収を逃れたダイアメトロンを追って捜査していたとのことであった。それを知って、俺たちは驚きと同時に恐怖を感じていた。
「君たちの報告によって、辛うじて危機を回避することができた。ダイアメトロンを手に入れたテロ組織、デクレセントムーンの存在も初めて我々もその存在を認知することとなった」
内務省と警察、そして帝国軍。いずれもデクレセントムーンの存在を知らないというのは驚きだったが、その裏には巧妙な隠蔽工作があったことが分かった。今は内務省が中心となり、背景の洗い出しと追跡捜査が行われているとのことである。
「君たちの行動に感謝すると同時に、この事件が帝都にもたらす可能性があった惨劇に思いを馳せる。テロの影響で無関係な臣民たちが巻き込まれることがあれば、それは私の心に深い傷を残すだろう・・・・・・と皇帝陛下からお言葉を賜っている。これは内々に伝える事しかできないが、しかと心に刻み込んで欲しい」
帝都知事の眼差しは、憂慮と悲しみに満ちていた。彼の声は静かでありながら、その中には帝都を預かり守る覚悟と使命感が感じられる。
「帝都は私たちの誇りであり、その平和を脅かす者たちに対しては容赦しない。だが、無闇に喧嘩を繰り広げても何の解決にもならない。冷静に、かつ確実に立ち向かってほしい」
俺たちは黙って頷くしかなかった。帝都知事の言葉は、単なる指示ではなく、帝都への深い愛情が籠もったものだった。帝都からの帰路、その重みを背負ったまま、我々の戦いが続いていくことを感じた。




