第二章-2
ーーガラガラ。
図書室に入ると、本の古びた独特の匂いが鼻を掠める。
僕は、受付と書いてある席に座り、側にある窓を開ける。
それだけで、肌寒い風がブワッと勢いよく吹いた。
「あれ?樹くんじゃない」
並んである本棚の隙間から顔を除くようにして、声をかけてきた。
「委員、長…」
なんでだろう。
委員長の顔を見たら、胸がいっぱいになって、なんだか泣きそうになる。
「今日も図書室の仕事?」
そう言いながら、僕の傍に来た。
僕はコクリと首を縦に振る。
「そっか〜」
「〝きみ〟は?」
「ん?」
「何でここにいる?」
委員長は、学校が終わったらすぐに帰宅していた気がする。
それでも残っている、ということは何かあったはず…
「何もないよ?
ただ、図書室に来たくなったの」
そう言った委員長の声は、嬉しそうな声ではなく、どこか寂しそうな声色をしていた。
委員、長?
「あっ!」
何かを思い出したかのように口を大きく開けた。
「何?」
「樹くん、先生のところ行ったの!?」
「先生?」
何で、先生?
僕、何かしたっけ?
できる限り思い返してみるけど、見当がつかない…
「ふふっ、忘れてるじゃん。
授業中寝てて、先生に怒られたじゃない!」
口元に手を当て、クスクスと笑う。
……..あっ。
思い出した…
そうだ、寝てたのがバレて先生に職員室に来いって言われたんだった。
図書室から職員室までは少し距離があり、ここから行くのはなかなか面倒。
…..うん、もういいや。
また明日怒られよう。
そう思っていると。
「行かないつもりでしょ?」
僕の考えがわかっているのか、そう聞いてきた。
「行くの面倒くさくなってきたしね」
「樹くんらしい」
そう言って、ボソリ小さい声で、羨ましいと呟いた委員長。
羨ましい?
僕が?
僕は羨ましがられるような性格はしていない。
むしろ…
「〝きみ〟の方が、羨ましいよ」
悩みがなくて、いつも笑っていて、
クラスの人気者で、先生たちからの信用もある。
クラスの太陽って言っても、過言ではないと思う。
委員長は、驚いた表情で目を大きく開けた。
「私は、羨ましいと言われる程の人間じゃないよ」
僕の目を見てしっかりと言った。
そんな〝きみ〟の瞳はどこか悲しげで、
今にも消えてしまいそうな、そんな気がした。
だからなのか。
「いいん、ちょう….」
自然と〝きみ〟を呼んでしまった。
僕がハッとしていると、〝きみ〟はふふっとほがらかに笑った。
「樹くん、なんか変わったね」
変わった?
僕が?
「どこが、変わった?」
変わったところなんてないはずなんだけど…
「う〜ん、そうだなあ…。雰囲気が丸くなったかな」
「雰囲気が丸く?」
どういうことだろう。
「う〜ん、なんて言えばいいのかな…。
大人びて見える…みたいな?」
委員長は、しっくりくる言い方が自分でも見つけられないのか、自分の言葉に納得していないような表情で僕に言った。
….っ、
委員長の言葉で少しだけ、体が反応してしまう。
だって、
目の前にいるのは、〝大人の僕〟だからー。
委員長が知っているのは〝17歳の僕〟であって、〝大人の僕〟ではない。
委員長が僕に違和感を覚えても仕方のないこと。
「そう、か?」
正直、17歳の僕がどんな感じだったかなんて、自分じゃあわからない。
ーーわかるわけが、ない。
だって、
自分は17歳の頃から何も変わっていないと思っているのだからー。
「う〜ん、私の勘違いかも?」
首をコテンと横に倒し、僕を見る。
「なんだ、それ」
委員長のその言葉にどこかホッとして、クスクスと自然と笑みを浮かべる僕。
「へへっ、樹くんが笑った!」
僕が笑ったのを見て、目を細め、嬉しそうに笑う委員長。
その委員長の笑顔にドクンと、胸が鳴った。
いつも見ていた何も変わらない笑顔のはずなのにー。
それは、きっとー。
「そろそろ帰ったほうがいいよ?」
委員長から視線を逸らし、窓に視線を送る。
外は、オレンジ色の夕日が学校全体を包み込むようにして照らしている。
もちろん、綺麗な夕日は図書室の窓にも差し込んでいる。
丁度、委員長が立っている場所にー。
きっと、さっきの胸の鳴りは、
その情景があまりにも綺麗すぎて鳴ったんだと思う。
….そうに、決まっている。
「そ、だね。帰らなきゃ…ね」
委員長はそうボソリと呟くように言葉を発した。
その声色から、あまり帰りたくなさそうに聞こえるのは気のせいだろうか。
そう思った矢先、何事もなかったかのように
「じゃあ、樹くん、また明日ね!」
そう、いつも通り元気よく、何もなかったように手を振って教室を出て行った。
先程の委員長の声色が気になったが、これから知ればいいかと思い、
しばらく図書室の仕事をしてから帰った。