第一章-3
―――ブロロロ.....
窓を閉めているのに、行き交う車の音が妙に耳に響く。
「樹」
その中でも、可愛らしいソプラノの声が前から聞こえた。
「どうした?」
「あんたは、何も悪くないよ」
この一言にたくさんの意味は入っていることは、すぐにわかった。
ふと遊馬に視線を向けると、バックミラー越しに僕と目が合い、コクリと首を縦にした。
わかってるんだよ。
僕が悪くないことも。
彼女は、不幸な事故で死んでしまったっていうことも。
もうこれ以上二人に心配はかけたくない。
だから、これで自分を責めるのは、最後にする。
「大丈夫だよ、これで最後にする」
この意味を朱音と遊馬がどう捉えたかなんてわからない。
わからないが、二人は笑顔で頷いていた。
きっと僕の思いが伝わったんだと、そう思う。
「神社まで結構かかりそうか?」
「ああ、結構遠いらしいからな...」
噂の神社までは近いのかと思っていた。
神社までの道のりは、電車を2本乗り継いでから、バスに乗り換えて、山奥の田舎まで行かなければならないらしい。
そりゃ、車でも結構かかるわな...。
僕は、外の真っ暗の景色を窓からボーッと見つめ、〝きみ〟との慣れ始めを思い出す。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
〝きみ〟との関わりを持ったのは、高校2年生の夏休みの間だった。
「樹くーん、暑いよ~」
「知らないよ」
蝉の声がミーン、ミーンとあちらこちらでうるさいくらい鳴り響いている真夏。
「クーラーつけてよ~」
「ここには、残念ながらクーラーはないよ」
「買ってください~」
「無茶言うなよ...」
僕の仕事をさっきから邪魔しているのは、クラスの委員長の〝きみ〟。
僕は当時、図書委員で、クラス委員長と図書委員は夏休みも学校の行事の関係で登校が必要だった。
そんな面倒な図書委員に僕がなった理由。
それは、じゃんけんで負けてしまったからだった。
「だって、暑いじゃん」
「そんなに暑いなら、早く家に帰ればいいじゃないか」
委員会はすでに終わっているはず。
先程、窓から数人帰って行くのが見えた。
「樹くんと話したいんだよ」
〝きみ〟は机の上に置いてある本を重ね出す。
「僕と話したいだなんて、変わってるね」
「そう?
私は、樹くんと話しているこの時間が好きよ」
「そう....」
〝きみ〟がクラス委員長になった理由は、クラスメイト達による推薦。
〝きみ〟はクラスの中でも目立つタイプで、休み時間でも本を読んでいる僕とは全くの正反対の人だった。
だから、僕と話しているのは不思議でしょうがない。
〝きみ〟とこうして話すようになったのは、夏休みが始まって1週間たった頃だった。
僕がいつものように図書室で本を読んでいたら、〝きみ〟が委員会で使う資料を借りてきて...
その時からだろう。
僕が図書室にいることをいいことに委員会後は、こうして話をするようになった。
まあ、正直な話、本は元々好きだったからこうして夏休みの間も本が読めるのは嬉しい。
けれど、毎日こうして来ているせいか、そろそろ読むものがなくなってきたところだった。
だから、〝きみ〟と話ができて、少し嬉しかったりもする。
「樹くん、今日はなんの本を読んでるの?」
はじめの頃は、吉塚くんと呼んでいた〝きみ〟。
今となっては、樹くん呼びに変わっていた。
最初は、女の子に下の名前で呼ばれるのは、初めてで恥ずかしかった。
けれど、慣れとは怖いもので...。
今はもう樹くん呼びで慣れてしまった。
「〝きみ〟には一生にわからない本だよ」
そう言って、本を彼女に見せる。
きっと、よくわからない。と答えるだろうなと思っていると。
「よくわからない本を読むのね」
想像していた通りの答えが返ってきて、つい笑ってしまった。
「何で笑うのー?」
〝きみ〟も僕につられて笑っている。
「いや、なんでもないよ」
「なによ~!
笑ってる理由が気になるじゃない」
そう言って、しばらく何で何でと聞いてきた〝きみ〟。
そんな〝きみ〟に対してしばらく僕が黙っていると、諦めたのか、もう何も言ってくることはなかったー。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「....き...つ...ろ」
「ん」
遊馬の声にゆっくり目を開け、窓から周りをキョロキョロと見る。
僕は、いつの間にか寝ていたみたいだ。
「着いたぞ、ここを真っ直ぐ行ったら神社に着けると思う」
運転席からクルリと体をこちらに向けた遊馬。
「ありがとう」
「30分だけ待つから。
30分過ぎたら、遊馬に迎えに行ってもらうからね」
朱音のその言葉に僕は、コクリと頷く。
あまりにも素直な僕にキョトンとした顔をする遊馬と朱音。
「お前、何かあった?」
不思議そうな顔で眉間に皺を寄せる。
遊馬に対して、失礼なやつだなと思う。
「何もないよ」
けれど、強いて言うなら。
〝きみ〟の夢を見たからだろうか。
こんなに気分がいいのは――。