第一章-2
――キーンコーン、カーンコーン。
授業が終わるチャイムが校内中に響き渡る。
「じゃあ、これで今日の授業は終わりです。
ここテストに出すからね」
僕が生徒たちに少し大きな声で言うと、生徒たちは口々に「えー」だの「なんで」だの文句を言っている。
僕は、何も聞こえなかった振りをして少し散らばった教科書を片付け、教室を出ようとした。
「先生」
どこか大人びている高い声に呼ばれ、足を止める。
「どうしたの?足立さん」
「先生、今日も準備室に行ってもいいですか?」
少しモジモジと身体を動かしながら、僕を見上げる。
「相談があるなら、いつでもおいで。
でも、今日はとても大事な人との約束があるから無理なんだ。ごめんね。
明日でも大丈夫かな?」
僕は、足立さんの目を見る。
僕の回答に足立さんは、目を大きく開け驚いた。
「それって、彼女ですか!?」
急に大きな声で聞いてくる足立さんは、どこか焦っている。
「僧都にお任せするよ」
「.....っ」
「じゃあ、僕は次の授業の準備に行くね」
教室を出ると、丁度隣のクラスで授業をしていた遊馬と遭遇した。
「お前、モテモテじゃん」
茶化すように、ツンツンと僕の頬を指でつつく。
「うるさいよ」
遊馬の指を握り、僕の頬から離した。
「おー、怖い怖い」
何も怖がっていないくせに何を言ってんだか。
それに、足立さんの気持ちには薄々気付いていた。
授業でわからないところを教えているだけなのに、頬を赤く染めたり、校門で待ち伏せをされたり、連絡先を聞かれたりした。
僕ももう大人だ。足立さんの気持ちが分からないわけがない。
でも、僕は生徒には興味がない。
いや、違うな。
〝きみ〟以外興味がないんだ。
「朱音はいつ来るんだ?」
「19時に約束してる」
「わかった。
それまでに仕事を終わらせる」
「頼むわ」
僕は、急いで職員室に向かい、颯爽と仕事をする。
もう少しで〝きみ〟に会える。
本当に過去に行けるかはわからないけど...
少しでも行ける可能性があるのなら、僕は全力で信じる。
もし〝きみ〟が今も生きていたら、僕の隣にいてくれただろうか。
僕と一緒の世界を見てくれるだろうか。
いや、〝きみ〟は僕の隣になんかいないね。
〝きみ〟は僕なんかよりも先にいる人だから。
僕なんかの世界よりも、ずっとすごい世界を見ているんだろう。
それを伝えると〝きみ〟はきっと「何言ってるの?樹くんと一緒の世界見てるよ?」と言うだろう。
それでも、僕にとって〝きみ〟はすごい人なんだ。
*
「終わったー」
やっと仕事が終わり、グーッと身体を伸ばす。
隣を見ると、僕より先に仕事を終わらせたのか、突っ伏して寝ている遊馬がいた。
窓をふと見ると、外は真っ暗だった。
今の時間は、19時15分を指していた。
あ、やべ。
約束の時間より遅れた。
「遊馬起きろ、時間過ぎてる」
遊馬の肩に手を置き、勢いよくガシガシと揺らす。
「んっ」
「遊馬」
「ん~、はよ...」
目をガシガシと手で掻き、時計をゆっくりと見た。
「うわ、やべっ。
行くぞ、樹!」
遊馬の声に僕は自分の荷物を持ち、朱音が乗っている車に向かう。
*
「「ごめん」」
僕と遊馬は車に乗っている朱音にペコリと頭を下げ、謝る。
「大丈夫よ。乗っちゃって」
「朱音、運転代わるよ」
ここからは遊馬が朱音に代わって運転をするみたいだ。
僕は朱音が座る助手席の後ろに座わる。
右隣には、ベビー用シートがある。
中には、もちろん朱音と遊馬の子供が座っていた。
「久しぶり、汐くん」
汐くんの小さな小さな手をソッと触れた。
その瞬間、キャッキャッと笑いだした。
島田汐。
今年で1歳のぷっくらした可愛らしい男の子。
目は朱音のように大きく、顔は遊馬のように整っている。
きっと大きくなったらモテるだろうなと思う。
「じゃあ、行くぞ~」
遊馬のその一言で、車のエンジンをかけた。
「遊馬、樹も一緒に行くの?」
「いや、違う」
「そうなの?」
じゃあなんで?という顔を僕に向けてきた朱音。
「過去に戻るために、神社に行くんだ」
「過去に戻る、神社?」
こいつは何を言ってるんだというような顔で僕をじーっと見つめる。
「この前、話しただろ?
過去に戻りたいと強く思っていれば、過去に戻れる神社があるって話」
遊馬が僕の代わりに答えてくれた。
「......ああ、してたわね」
「それだよ」
え?と僕を再度見つめてくる朱音。
「少しでも過去に戻れる可能性があるなら、僕は信じるよ」
朱音の目を見てはっきりとした口調で言った。
「そう....」
僕から視線を逸らし、一度目を閉じて、何かを考え始めた。