第一章-1
「今日も、来たよ。」
僕の目の前には、大きくとても綺麗な墓石。
ここに〝彼女〟はずっと、眠っているー。
僕は、〝彼女〟の好きな花とチョコレートを一緒にお供えし、いつものように両手を合わせて話しかける。
「〝きみ〟がいなくなってから、10年がたった。
僕は、ずっと後悔している。
もし、あの時...〝きみ〟と一緒に帰っていたら...って。」
でも、
それだけじゃない。
本当は、〝きみ〟に。
「伝えたかったんだ」
――そう。
〝きみ〟に伝えたかったことがあるんだ。
僕の本当の気持ちを。
〝きみ〟のあの時の問いの答えをー。
僕は、〝きみ〟にもう一度会いたい。
もう一度、〝きみ〟に――。
「じゃあ、また来るよ。
今度は、みんなと一緒にくるから」
そう言って、その場を立ってから、職場に向かった。
*
・
*
・
職場に着いたのは、お昼過ぎだった。
「遅れてしまい、すみませんでした。」
職員室の扉を開けて、頭を深く下げる。
「こらあ!毎月毎月この日になると遅刻しおって!
もう少し教師としての自覚を持つべきじゃ!」
ぶつぶつと一人で怒っているスキンヘッドが特徴の教頭先生。
「まあまあ、毎月ちゃんと申請は出してもらっているじゃないですか。
教頭先生も落ち着いてください。」
柔らかい声色でニコニコと笑いながら、僕を庇いながら教頭先生に言った校長先生。
僕、吉塚樹。
27歳の独身で、2年前から母校で教師をしている。
担当教科は、数学。
僕は、再度軽く頭を下げてから自席に向かった。
「あいつのところ行ってたのか?」
隣の席の黒髪が全く似合わない同僚が僕に問うた。
「うん、今日だからね。」
彼の名前は、島田遊馬。
僕とは同級生で、既婚者。ちなみに奥さんも高校からの腐れ縁。
担当教科は、社会。
遊馬とは、高校からの腐れ縁。
就職先が重なったのは、たまたまだった。
本人には絶対に言わないが、傍にいてくれるのは心強かったりする。
「僕らは、仕事が終わったら行く予定」
「そっか、きっと待ってると思う」
「ああ。あっ!そう言えば今度、朱音が家にこいって言ってたぞ」
「げっ、」
「お前と話したいんだと」
「...いや、遠慮しておくよ」
「ははっ」
朱音というのは、遊馬の奥さんの名前。
本名、島田朱音。
旧姓は、佐藤朱音。
遊馬と朱音は高校の時から付き合って、3年前に結婚した。
朱音は、今は一児の母で、専業主婦をしている。
たまに朱音の家に行くけれど、話すことは、結婚しろだの、彼女作れだの、そんなことばかり。
僕は、結婚する気も彼女を作る気もない。
だって、面倒じゃないか。
彼女のために、自分の時間を削るなんて...。
でも....
〝きみ〟なら。
〝きみ〟になら、自分の時間を削ってでも会いたいと思う。
「僕は、今日の日付を見る度に思い出すよ...」
小さく小さく呟いた僕の声は、遊馬に届いていたみたいで。
「あれは、お前のせいじゃない。
事故だったんだよ」
と、太い声で言い切った。
「わかってる、ちゃんとわかってるさ。
事故なんだってことも。
それでも、あの時...って考えるんだ...」
そう言いながら、机の端に置いてある古びた小さい箱を手にとる。
古びた小さい箱、それは。
音も出ないし、たくさんの傷が所々にある。
今となっては、ただ飾ることだけしかできないオルゴール――。
これは、〝きみ〟が唯一僕にくれたもの。
「樹...」
「もう一度、会いたいと願うんだよ...」
〝きみ〟が亡くなってからの10年間。
僕は、〝きみ〟に会いたくて仕方ないんだ。
〝きみ〟がいるはずなんてないのに、目で探して。
〝きみ〟に似ている声を聞くと、その人に声をかけて。
〝きみ〟との数々の思い出を思い出しながら、オルゴールを撫でる。
「僕にとって、憧れだったんだよ...」
〝きみ〟はみんなから好かれていて、人望もあって、〝きみ〟が笑うだけで、周りも笑顔になる。
〝きみ〟が僕にしつこいくらい話しかけてくれたから、こうして遊馬や朱音と今もこうして繋がっていられる。
〝きみ〟に出会っていなければ、僕は誰とも関わらず、小さな世界で生きていただろう。
「10年前に戻りたい、やり直したい...」
これが僕の今の気持ち。
〝きみ〟がいる未来を僕が作りたい。
――今度こそ、〝きみ〟を守りたい。
*
・
*
・
「樹」
「ん?」
「3年生たちが話していた話なんだけどな」
「それが、どうかした?」
「過去に戻れる神社が、あるんだと」
過去に、戻れる...?
「本当か?」
もし、本当ならば。
僕は....
「誰も経験はしたことないそうだ。
本当に心残りがあるものだけを導く神社らしい」
例え誰も経験したことがなかったとしても。
「....行くしかないだろ」
それ以外の答えは、ない。
「樹なら、そう言うと思った」
僕の答えに、ニヤリと口角をあげた遊馬。
「今からでも行きたいくらいだよ」
「それは辞めてくれ。
仕事してからにしてくれよ」
苦笑いをしながら、困った様に言った。
「冗談だよ」
「冗談に聞こえねーよ」
....確かに。
僕が冗談を言うことはあまりない。
半分くらいは本心が入ってたりする。
でも、高校生の時みたいに感情優先で動くことは、今となっては許されない。
やることをやらなければ、クビにされてしまうだろう。
「今日の仕事が終わったら行ってみるよ。
あっ、遊馬が連れて行ってくれてもいいんだぞ?」
クスクスと笑いながら遊馬を困らせてみる樹。
「....いいよ。
朱音が車で迎えに来てくれる予定だからさ」
.....朱音もいるのか。
まあ、いいか。
「じゃあ、よろしくな」
遊馬と軽くハイタッチをしてから、各自仕事を始めた。