千代田線、赤坂以上乃木坂未満で輝く漢(オトコ)
わたくしごとですが、Twitterを始めました。
「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
ナースステーションにいるスタッフの方へ一礼し、タイムカードを押しに部長室へ向かう。
終わった。夜勤が無事に終わった。今日も急変もなく患者さんに朝を迎えてもらえる事ができた。
夜勤が終わると緊張の糸がほぐれ事故等なかった事への安堵感に包まれる。何度夜勤を経験してもこの感覚は変わらない。
「萩原君、夜勤お疲れ様でした。今入院されてる患者さんは介護度が高い方が多いから体力的に大変なのによく頑張ってくれてるよ。いつもありがとね。」
西条さんは夜勤終わりに必ず労いの言葉をかけ笑顔をくれる。
「いえ、皆様の命を預かっている者として当然の事をしたまでです。介護士が介護をするのはドラクエにスライムがいるのと一緒で当たり前のことです。FFでいうところのゴブリンが…」
「んっ??どうしたの?夜勤疲れで壊れちゃったの?」
言い終わる前に西条さんの的確なツッコミが入る。
いけない。夜勤が終わった安堵感とこれから起こる楽しみで頭の中がバグしており、あろうことか介護をドラクエで例えてしまっていた。危うくゴブリンのくだりまで話すところでだった。
「いえ、決して壊れたわけではございません。バキバキに元気っす。それでは西条さんも日勤頑張ってください。」
恥ずかしさを隠すようにその場を去り、周りの人が気づかないぐらいの高さでスキップしながらロッカールームへと向かう。
ロッカールームに到着すると、かーくんが先に仕事を終え着替えをしていた。
「お疲れさん。遂にこの日を迎えましたな遠藤氏。」
「きましたねぇ。仕事もしっかりしたし、あとは思う存分今日を楽しむだけよ。」
夜勤明けなのにも関わらず、お互いとても晴れやかな顔をしていた。
そのことを知ってか知らずか、窓からこぼれた陽の光が含み笑いを浮かべたパンツ一丁の2人を優しく照らす。
天気も良好でこの上ない聖地巡礼日和だ。
「お互い風呂入って駅集合で!」
かーくんのその一言で解散した。
家に帰り熱いシャワーで体を清め、一張羅の紫色の乃木坂46のツアーTシャツに袖を通した。
そして、財布と携帯と家の鍵があるのを確認して駅に向かう。
駅に着くと、すでにかーくんが駅前の広場にコンビニの袋を持って待っていた。
「まずはあれですね。」
コンビニの袋で察した。この流れはいつものやつだ。
かーくんとは夜勤明けで遊ぶ時にテンションを上げる儀式みたいなものがある。
普段は家でやるのだが、今回は外なので街の皆様にご迷惑のかからない場所まで移動し、袋からあるものを取り出し唱える。
「それではご唱和ください!オールハイールブリターニアー!」
そう、一杯ひっかけるのである。場所をわきまえ本日は小声で乾杯。天気の良い午前中から飲む背徳感と夜勤からの開放感と仕事の労いを兼ねて味わうのだ。
が、しかし今回は朝の電車に乗るのでレッドブルで代用した。一気に飲み干す。
儀式を終えたら、いよいよ乃木坂へ向かう。
時間を確認すると電車の到着時間だった。かーくんのダッシュ!の掛け声でホームまで走った。
Suicaで改札を通り抜け、快速電車に乗り込む。
東京駅まで一本で着くので乗ってしまえばこちらのもの。
乗車中は、最近の病棟の介護事情や乃木坂46の話をしていた。白熱して語り合ったり、時々車窓を眺めたりしていると気がついたら東京駅に着いた。
いよいよ東京メトロへ向かう。
「無事東京駅っすね。こっから憧れのメトロさんですよ。」
「そうゆうことですな。ナビタイムによるとこっから丸の内線に乗るようでっせ。こっちこっち。」
普段出かける時はかーくんが車を出してくれるので、電車で出かける際はこちらが調べて誘導するのが暗黙の了解。
現代は便利なもんで、ナビタイムとGoogleマップがあれば大抵なんとかなる。それでも東京駅は広く、色んな乗り口があるので毎回若干苦戦する。
なんとか無事に東京駅を攻略し、丸の内線を発見して乗車できた。
さぁ、国会議事堂前駅へと向かおうではないか。
「国会議事堂」…なんて素敵なワードなんだ。
このワードに2人はテンションが上がっていた。
2人は、日本に1個しか無いんだよ!すげぇでっかいらしいぞ!テレビによく映っているよね!など、とても30代とは思えない語彙で会話を繰り広げた。
そんな語彙力のない会話を堪能しているとあっという間に国会議事堂前駅に着いた。
丸の内線から千代田線の距離は近く、さらにタイミング良く電車が来たので待ち時間ほぼゼロで乗れた。
国会議事堂前駅から赤坂を挟んだその先にいよいよ乃木坂駅がある。あと2駅で憧れの場所に降り立つ。
すぐに降りれるようドア付近で待機した。
「かーくん、なんかやばいわ。」
「いや、わかるよ。今から赤坂駅なのにその先が気になって全然赤坂に目がいかないもん。」
普段ならTBSがある赤坂なんてテンションが上がるパワーワードだが、その赤坂をも吹き飛ばすワードが他でもない乃木坂だった。
電車内にあるモニターに乃木坂の文字が表示されている。
それだけでテンションが上がっていった。
それにしても不思議な感覚だ。
東京メトロを使用する方はただの駅名で見慣れた光景なのだろうが、乃木坂をアイドル経由で知った者の角度からすると公共の場とアイドルはどこか別物の感覚があった。だからこうやって表示されているのを見ると感慨深い。
東京って深いなぁ。物思いにふけてしまう。
そんな事をぼーっとして考えていたら、赤坂駅に止まる時のブレーキで電車が揺れた。
すると目の前のご婦人がその衝撃で倒れてしまった。
突然の揺れとご婦人の転倒の両方に驚いて一瞬時が止まった。
だが、かーくんは違っていた。
かーくんは即座にご婦人に駆け寄り「大丈夫ですか?」と声をかけていた。
遅れて僕も駆け寄った。幸いご婦人には怪我はないようだ。
手すりを持ってもらったのを確認し、かーくんがしっかりと支え、ご婦人をゆっくりと立ち上がらせる。
かーくんが介助に徹している間こちらは床に広がったご婦人の荷物を集める。
「突然揺れてびっくりして倒れちゃった。年取ると嫌ねぇ。あなた達がいたから助かったわ。ありがとね。」
ご婦人は驚きはあったものの今は落ち着いた様子だった。
「いえいえ、お怪我がなくて本当に良かったです。あの揺れは驚いてしまいますよね。」
しっかりと手すりを持ちながら立たれているのを目視で確認しながらかーくんが話す。
「ほんとね。しっかり手すり握らなきゃダメね。鞄も拾ってくれてありがとう。2人が救世主みたいだったわ。」
ご婦人がにこやかにお礼を述べてくれた。2人で「いやいやいや」と言いながら照れ隠しをした。
「ふふ、仲良しなのね。2人はこれから旅行かしら?どこに行くの?」
待っていましたかのような質問をかけられ、かーくんと目を合わせ2人で答えた。
「乃木坂です!」
「あら、あなたち変わっているのね。あそこ何もないわよ。でも、せっかくだから楽しんできてね。私はここで降りるの。ほんとありがとね。」
ご婦人は微笑みながら会釈をして赤坂の駅で降り、人混みの中に消えていった。
とても清々しい気分だ。あの瞬間に即座に行動したかーくんが誇らしかった。
「かーくんマジすげぇカッコ良かったわ。」
本当にそう思ったので本人に伝えた。
するとかーくんが車窓を見つめ、目を細めながら答えた。
「人として介護士として当然のことしただけよ。それに俺たちは今乃木坂さんの看板背負ってんだから。乃木坂さんにご迷惑かける訳にはいかないでしょ。」
…よくわからなかった。何回かリフレインしたがさっぱりだった。
なぜ乃木坂に「さん」をつけているのか。なぜ看板を背負っているのかはその一瞬ではわからなかったが、その言葉を言ったあとのかーくんの顔が自信に満ち溢れ、とても輝いていたのは確かだ。
更に彼はこちらに背を向けこう言い放った。
「誰かを助けるのに理由がいるかい?」
…カッコ良すぎた。この後に及んでファイナルファンタジーのジダンのセリフを千代田線の車中で恥ずかしげもなく言えるなんて。
車掌さんもそれに応えるように「次は、乃木坂ぁ。乃木坂ぁ。」とアナウンスした。
やはりこの男、侮る事が出来ないと感じた。
そして、僕らは無事に東京メトロ千代田線「乃木坂駅」に辿り着いたのだった。
ようやく聖地に辿り着いた2人。
次回、聖地巡礼と見つけた場所とは?