さまざまな過去 巡り巡って今は介護 出会った男の名は遠藤
主人公の過去に触れていく回になっております。
後の重要人物との日常と出会いです。
「おはよう。もう遅番さんの出勤時間帯っすか。昨日もお疲れさんね。酒の残り具合はどうよ?」
「全然よ。んで、今日空いてんの?」
声をかけてきたのは、身長170後半の短髪メガネの髭。
昨日の夜、共に酒を飲み交わしていた遠藤和樹である。
彼とは普段かーくんとようちゃんと呼び合う仲だ。ちなみに昨日だけでなくほぼ毎日会っている。
かーくんと呼ぶきっかけは、まだ出会ってまもなくして一緒に酒を飲んでいた時に光GENJIで一番人気だった諸星和己の愛称がかーくんだったのを思い出し、酔っ払った勢いで呼んだのがはじまり。
勢いで言ったものとても呼びやすく、本人も気に入ってる様子だったのでそのまま呼び続けることにした。
今ではすっかり定着している。
「特に予定ないよ。かーくん明日夜勤っしょ?俺もなんよね。」
「おぉ。ようちゃんも夜勤か!俺、仕事終わりでバスケ行くからその後メシ食い行こうよ!んで、飲もうぜぃ!」
「あいよー。したら、仕事終わったら家で先飲んでるから連絡して。角瓶買っておくわ。」
「了解でーす!そしたらまたあとでねぇ。」
そう言い残し看護部長室にあるタイムカードを押しに行き、その後軽快な足取りで階段を駆け上がっていった。
彼とは大体こんな感じで、1日の最初のすれ違いの時にその日の予定を聞く。
お互い会うのを前提で会話してる。その為逆に予定があると言われるとどうした!?何があった!?みたいになる。
ルーティンってやつだ。
彼との出会いは、3年前の介護職初日に遡る。
2011年11月下旬
「洋介の配属先が決まったよー。2階だってさ。」
電話の向こうから仕事を紹介してくれた総務の岸辺さんが伝えてくれた。
「それにしても良かったよ。2階病棟で。一般病棟は日々目まぐるしいから未経験には大変だし、3階病棟は独裁者がいるから大変って噂よ。2階は和気藹々(わきあいあい)らしいからね。」
「なんすか?そんなに配属先で雰囲気違うんですか?」
「まぁね。働いている人も違うからね。洋介バンドやっていた時掛け持ちしてたろ?その時の作る曲ってバンドによって違かったっしょ?ドラムやベースとか弾く人で雰囲気違かったり、一緒にやる人によって出来る曲が違うみたいな。そんな感じよ。」
「なるほど。わかりやすいっす。さすが岸部さん。」
過去にバンドをやっていた事から岸部さんはよく物事を音楽で例えて説明してくれる。
その説明も絶妙で、おかげで物事がスッと入ってくる。
「ただ、バンドと違って解散がないからね。脱退はあるけど。休みの希望も配属先によってシフト作っている人が違うからその辺は2階の人に確認してね。」
「はい。色々とありがとうございます。岸部さんの顔に泥塗らないように頑張ります。」
岸部さんには10代の時からお世話になっている。
音楽をやっていた大学生時代、先輩の紹介でCDショップで働いていた。岸部さんはその時の店長だった。
岸部さんにはお金がない時によく飯を食わせてもらったり、進路相談や恋愛の話を聞いてもらったりもした。
笑いのセンスもあり、抜けている所も多いがみんなから愛される理想の上司のような人だった。
バイト先では岸部さん以外にも他のスタッフとも仲が良く、音楽の知識も活かせるのでバイトで働く時間が好きだった。自然とここで就職することを意識するようになっていった。そんな矢先に会社が買収された。
親会社が変わり、経営方針も変わっていった。
その一年後、株主総会により業務縮小の為数店舗閉鎖することが決定した。
うちの店舗は規模も大きく従業員も多い。顧客満足度も高く、売上も黒字で目標も毎月クリアしていている。
なので今回の件は自分には関係のない話だと思い、あまり気にも留めていなかった。
でも、現実は違った。
数日後、閉鎖対象店舗のFAXが届き、そこにはうちの店舗が記載されていた。
売上もある。場所も評判も良い。なのになぜ閉鎖されるのかがわからない。何より自分の好きな場所が大人達の決定でなくなるの悔しかった。スタッフみんなで抗議をしたが決定が覆ることはなかった。
今思えば時代への判断の早い大人達がCDやDVDの販売に早めに見切りをつけ、新たに時代を先取る事業展開の為だったのかなと理解出来る部分もあるが、当時はまだ社会を知らない無知な若造だった為に理解よりも感情任せの怒りが先行していた。
店舗がなくなって半年後、その当時働いていたメンバーで飲み会が開かれた。その時岸部さんが病院の総務へ再就職したことを知った。
「介護やりたくなったら俺に言え。いつでも紹介するぞ。」
そう岸部さんはホッケをつつきながら僕に話してきた。
おそらく契約社員を転々としていた僕を見て岸部さんなりに心配してかけてくれた言葉だったんだと思う。
そしてその数年後、音楽も彼女も仕事も失った僕を見返りを求めぬ愛の手で就職へと手引きしてくれた。
感謝しかない。
その岸部さんが導いてくれた職場への初出勤。
事前に岸部さんに院内やロッカールームを案内されていたので迷うことなく着替えをし、目的地についた。
配属先は2階回復期リハビリテーション病棟。
この病棟では、疾患によって低下した患者さんの身体機能を医師、看護師、栄養士、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、看護助手が一丸となって在宅復帰に向けてサポートする場所だ。
「今日からここが僕の職場だ。」
自然と意気込んでしまうほどよい緊張と期待感が胸に溢れた。
目の前に広がるこれから日常になる光景がとても非日常に感じる。
医療で働くのは無縁だと思っていた。それ故に何処か格式の高いところだと感じていた。
だが、その場所に今自分は看護助手として病院にいる。
看護助手…なんかすごい響きだ。ものすごくまともな人になったような気さえする。
バイトやバンドばかりして社会と乖離していた自分がようやく溶け込めたような感覚だった。
さて、浸っている場合でもない。まずはタイムカードのある看護部長室に向かわねばならない。
看護部長室は2階病棟にあるのですぐに辿り着く。
ノックをし、ドアを開ける。
「失礼します。おはようございます。本日からこちら2階病棟で働かせていただきます萩原洋介と申します。医療業界未経験で無知ですが、一生懸命頑張りますので何卒よろしくお願いします。」
少し堅かっただろうか。とにかく失礼のないように挨拶をした。
「おはようございます。部長の高柳です。話は聞いていますよ。これからよろしくね。そうそう、萩原君って岸部さんの知り合いなんだってね。」
「え?」
緊張していた中で知っている名前が出たのでつい心が緩んで咄嗟に声が漏れてしまった。
「わざわざ挨拶しに来てくれたのよ。バカですが真っ直ぐなやつなんで宜しくお願いしますって。岸部さんがそんなことするの初めてだったからビックリよ。仲良しなのね。」
岸部さん…なんていい人なのだろうか。仕事紹介もしてくれただけでもありがたいのにわざわざ他部署に直々に挨拶してくれるなんて。対応が神がかっていた。
岸部さんの愛情に感激し浸っているとドアが開き女性が入ってきた。
「おはようございます。あ、今日入る新人さんかな?」
「あら、おはよう。ちょうど良かったわ。紹介するわね、今日から2階で働く萩原君。こちらは2階の看護師長さんの西条さん。何かあったら西条さんに相談してね。」
高柳さんは部屋に入ってきた西条さんに僕を紹介した。
「初めまして。これからお世話になります萩原洋介です。一生懸命頑張りますので何卒宜しくお願いします。」
「初めまして。2階看護師長の西条です。こちらこそ宜しくね!これから一緒に頑張ろうね!早速だけど、もうみんないると思うから一緒にナースステーションに行ってみんなに自己紹介しに行きましょう。」
これが西条さんとのファーストコンタクト。今と変わらず明るくて話しやすい印象だった。
西条さんと共にナースステーションに入ると既に各種リハビリの方々や看護師、看護助手など多くの方が集まりADLや昨晩の状況など情報収集していた。
皆、各々の仕事のスケジュールがある為自己紹介はその場にいた方々へ西条さんから簡潔に紹介してもらい終了した。皆忙しそうだったし、人見知りもあったため西条さんに紹介してもらったのは正直助かった。
「さて、それじゃあ早速業務に取り掛かってもらうね。萩原君のプリセプターって誰だっけかなぁ?」
少しうーんと言いながら悩んだ西条さんは、結局思い出せず近くにいた看護助手さんに聞いた。
「忙しいところごめんね。萩原君のプリセプターって誰かわかる?」
「確か、遠藤さんですよ。」
自分の担当の患者さんのカルテを確認していた看護助手さんが答えた。
「おっけー。ありがとね!ちなみに遠藤君どこいる?」
「おそらくPHS持ってたんで今日のリーダーだと思うんでこの時間だとトイレ誘導してると思います。」
そう答えた看護助手さんがナースステーションから出て遠藤さんいらっしゃいますかぁ?と声を出した。
すると、トイレの方角から「いまーす!トイレ介助中でーす!」と声がした。
数分後、トイレ誘導を終えた短髪のメガネの髭の容姿の男がナースステーションにやってきた。
その姿を見て西条さんがにこやかに話し始めた。
「遠藤君、おはよう!今日から働く我々の新しい仲間の萩原洋介君です!プリセプター君なんだってね。宜しく頼むよぉ!まずは自己紹介からね。」
西条さんはそう言って嬉しそうに彼の肩をぽんっと叩いた。
まずは自分から紹介するのが社会人としての礼儀だ。先行を取らせていただきます。
「初めまして。本日からこちら2階病棟で働かせていただきます萩原洋介と申します。医療業界未経験でご迷惑をおかけすると思いますが一生懸命頑張りますので何卒よろしくお願いします。」
我ながらスムーズに紹介できたと思う。
続いて彼が自己紹介を始める。
「初めまして。遠藤です。2階の介護の責任者をやっています。責任者なんて名前と形ばかりですが、こちらこそ宜しくお願いします。」
これが遠藤和樹a.k.aかーくんとの出会いだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、乃木坂について少し話します。