新井先生の乃木坂の推しメン
姪っ子が最近早口言葉にハマってます。
舌足らずの僕にはどれも言えません。
1時間ほど滞在し、僕らは東京カテドラル聖マリア大聖堂をあとにした。
「いやぁ、圧巻でした。」
「浄化されるというか、心が落ち着くというか。不思議な空間だよね。」
「めちゃめちゃ感動した。」
「あんたお札を献金してたもんね。」
大聖堂に感動したかーくんは献金ボックスに千円札を流していた。
献金を促すつもりではいたが、まさかの金額だったので200円を入れようとしていたが、かーくんからのプレッシャーにより急遽500円を入れた。
とにかく気に入ったようなので連れてきた側としては満足だ。
そして、僕らのあの時間が始まろうとしていた。
「さてさて。そろそろブリタニアの時間が迫って参りました。」
「はい。待っておりましたよ。なんなら近くのコンビニで一缶飲みたいくらいっす。」
空を見上げると赤を帯び始め、間も無く夜になると知らせている。
あとは居酒屋で一杯ひっかけるだけである。
心も踊り、足取りも軽くなった頃、かーくんに一本の電話がかかってきた。
「はい、もしもし。はい、お疲れ様です…今ですか?江戸川橋です。」
電話を取ったかーくんは、電話越しに頭をペコペコと下げている。
なんだろうか。嫌な予感がする。
「あぁ、はい。萩原も一緒ですね。ちょっと待ってくださいね。」
かーくんは携帯の通話部分をもう片方の手で抑え、申し訳なさそうにこちらを向いてきた。
なんとなく電話越しの相手が予想出来た気がする。
おそらく酒豪のあの人だ。
「新井先生が今から飲めないかって?それで萩原いるなら連れて来いって言ってます…。」
予想が完全的中した。
なんとも言えない気持ちに包まれる。
「断ったらあとで何言われるかわからんからな…。ちなみにどこで飲むか聞いてくれ。」
「わかった…すいません、ちなみにどこで飲まれてるか決まってますか?あ、はい…そうですか。わかりました。今本人に伝えます。」
さらに嫌な予感がする。
非常召集となると見栄を張りたい時ではないかと思われる。
おそるおそるかーくんに聞いてみた。
「なんだって?」
かーくんは俯き、恐縮した表情をしている。
その顔はまるで断腸の思いですと言った時の船場吉兆のおかみそっくりだった。
「萩原さん、とても申し上げづらいのですが…CRESCENT MOONだそうです。」
そう言って更に下を向き始めた。間違いなく船場吉兆のおかみを意識している。
またもや予想が完全的中した。
あまりにも予想通りなので苦悶し、道端で頭を抱えた。
「んもう、なんでだよぉ!なんでそんなにキャバクラ行きてぇんだよ、あの爺さん!赤提灯の居酒屋で男でワイワイでいいじゃねぇかよぉ!んがぁぁ!」
大聖堂で得た清々しさはどことやら、僕はキングレコード本社前で空に向かって叫んでいた。
その姿を見たおかみが気まずそうに僕に言ってきた。
「あの、萩原さん…新井先生が聞こえてるって…。」
「…え…?。」
「萩原は強制参加だそうです…。」
「…うわぁ…やっだぁ…。」
こうして僕らは山賊に未来を決められた。
空の赤さが虚しさを助長する。
カラスが残念でしたと言わんばかりにカーカーと鳴いていた。
あまりにも悔しかったので電車に乗る前にコンビニに寄って[ふなぐち菊水一番搾り]を2人で買って飲んでから千葉に向かった。
空が一面夜になる頃、僕らは千葉駅を降りナンパ通りで新井先生と待ち合わせをしていた。
交差点付近に存在感のある巨体が見える。
あの姿は間違いなく山賊改め、新井先生である。
新井先生はこちらに気付き、不敵な笑みを浮かべ僕に近づき、首を羽交締めしてきた。
「よぉ、萩原ぁ。さっきの事を忘れた訳ではあるまいな。キャバクラ好きの爺さんで悪かったなぁ。」
先ほどの事もあり、いつもよりも声にドスが効いている気がする。
筋肉質の男の羽交締めはもはや蛇のように絡みつき、身動きが取れなくなる。
「す、すいませんでした!不徳の致すところでありました!でも、こうやって新井先生の前に萩原参上しましたのでどうか御慈悲を!」
何も言い訳が浮かばなかったので、残された手段は謝るしか僕にはなかった。
千葉のど真ん中で羽交締めされる日が来るなんて夢にも思わなかった。
よりにもよって交差点だったので周りには人だかりが出来き、物珍しさから通行人達はそれを見て心配そうに見ていたり、くすくすと笑っていた。
「ふん。まぁ、良い。今回は許してやる。次はないからな。」
そう言って新井先生は僕の首に巻きついた腕を緩めた。
危なかった。もう少しで締め殺されるとこであった。
「少し時間が早い。居酒屋で乃木坂の話でもするか。」
新井先生の言葉に僕とかーくんが即座に反応した。
「乃木坂っ!?」
そんな僕らの驚いた表情を見て、新井先生は拍子抜けした表情をした。
「なんだ?おまえらが聞けと言ってきたのだろう?」
「マジっすか!?喜んで!」
あまりにも唐突な出来事でブックオフのような返事をしてしまった。
急激にこれから飲むお酒が楽しみになった。
居酒屋はすぐに入れてテーブル席を確保しやすいチェーン店を選んだ。
店内は満席ではないがほとんどの席が埋まっており、皆楽しそうにジョッキを持っている。
僕らはすぐに1杯目のビールを飲み干し、2杯目はそれぞれが違うお酒を頼んだ。
「相変わらずおまえらペースが早いな。」
「いやいやいや、新井先生には負けますよ。それで乃木坂どうでした?」
お酒が入り、はやる気持ちを抑えられず早速本題に話を切り替える。
「あぁ、そうだったな。萩原が言っていた曲聞いたよ。正直期待はしていなかったが、良かったぞ。おまえが言っていたロックが少し理解出来たな。」
その言葉を聞いて2人で歓喜し、テーブル席でバンザイをしていた。
「っしゃー!伝わったぁ!」
あの時僕は、ロック好きな人に堂々と勧めた故に気に入られなかったらどうしようか若干不安だった。
その不安から解放されテンションが上がっていた。
「だがな…。」
喜んでいる途中で新井先生が割って入ってきた。
「な、なんすか…?なんかやっぱ違うとかそういうことですか…?」
これは嫌なパターンだ。
[だが]とか[でも]は否定する時に使う言葉だ。
新井先生の目つきが鋭くなり、僕らはたじろいだ。
「俺はな、君の名は希望より何度目の青空かの方が好きだ。」
その言葉を聞いてかーくんと共に固まってたが、お互いの顔を見合わせて徐々に顔が綻んでいく。
「なんすかぁ!びっくりさせないでくださいよ!」
「自分、てっきり乃木坂否定されるのかと思いましたよ!」
テンションが戻った僕らは、再び歓喜していた。
僕らの姿を新井先生は静かにお酒を飲みながら静観していた。
そして、かーくんがこんなことを言い始めた。
「ってことはそろそろ推しメン決まったんじゃないですか?」
飛ばしすぎた質問に僕はかーくんの方向を向き、小声で囁いた。
「バカたれ。早すぎだろ。流石にメンバー覚えるほど新井先生が聞き込んでる訳ないだろ。」
「そ、そっか。そうだよな。」
不穏な空気が立ちこめる。
新井先生はグラスをテーブルに戻し、右手を口元に当てこちらを見ている。
それを見てかーくんが「いやぁ。」と言いながら頭を掻いている。
この後どうなるんだと思った時に新井先生が口を開いた。
「…くちゃん。」
声が小さすぎて聞こえなかった。
怖かったが聞き返す。
「あ、すいません。聞こえませんでした。もう一度言って頂いて宜しいですか?」
新井先生は視線も姿勢も変えず、僕らに向かってもう一度口を開いた。
「…いくちゃん(生田絵梨花)だ。」
そう言って新井先生は少し顔を赤らめた。
「いくちゃんかー!」
僕らはその日1番のテンションで声を揃え、全力でバンザイをした。
まさか新井先生が推しメンまで決まっているとは…。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回、CRESCENT MOON再訪。




