東京カテドラル聖マリア大聖堂
とてつもない光景に出くわした時に、語彙力を失ってしまいます。
目の前にある光景を言葉に出来るような人になりたいです。
かーくんと昔話をしながら首都高の高架下をなぞる様に歩き目白通りを目指していた。
脇道が遊歩道になっており、とても歩きやすい。
車の音が高架下に反響している。
「別れてから絵梨ちゃんとは連絡取ってるの?」
「いや、全然。別れる前ぐらいに何人かに告白されてたみたいだからそのうちの誰かと付き合ったかもね。」
「そっか。」
その言葉を聞いて、かーくんはそれ以上その話に触れてこなかった。
高架下には文京区立音羽児童遊園や駐車場が設置されており、首都高が雨避けの役割を担っている。
公園では子供達が遊具で遊び、それを世間話をしながら母親達が見守っている。
その光景を見ながら歩いてていると話は僕の不動産の仕事の時の話になった。
「ようちゃんさ、夜逃げの立ち合いしてたって言ってたけど、実際どうだったの?」
「嫌だったよ。児童虐待していた跡が残ってた時もあったから。」
「どうゆう事?」
その言葉を聞いてかーくんの表情が曇った。
「子供部屋に明らかに後から付けた鍵があったり、部屋の壁が所々壁に穴があったり、押し入れには子供一人分のスペースが空いていて、そこにも後付けの鍵が付けてあったんだよ。」
公園で走り回る子供達を見て、当時の立ち合いの光景を思いだす。
立ち合いの時に何より嫌だったのが立ち合いに関わる保証会社や上司などの大人達がその光景に目もくれず、淡々と家賃の保証などのお金の話をしていた事だった。
ビジネスとして必要ではあるのはわかるが、この環境を見て子供の心配をする素振りもなく時々笑い合って話しているその姿が僕には気持ち悪かった。
「クソだな。」
僕の話を聞いてかーくんが目を細め呟いた。
「それでも親かよ。俺、親になった事ねぇから全部はわかんねぇけど、親なら子供にとって1番の味方でいてやらなきゃいけねぇだろ。守ってあげられんのは大人しかいねぇんだから。」
珍しくかーくんが怒りを露わにしていた。
下唇を噛み込み上げるものを抑えているようだった。
その表情を見て僕はなんだか安心した。
あの時、その子の親や笑い合う大人達に言いたくても言えなかった言葉をかーくんは言い切ってくれたのが嬉しかった。
この男はあの時の大人と違うんだと思えた。
「かーくんはきっといい親になるね。」
純粋に思ったことを伝えた。
彼がそう言ったように次は自分がそう言えるようになりたい。
それを聞いたかーくんの顔が少し和らいだ。
「なれるかな?そうだといいんだけどね。もし、親になった時は一緒に成長出来る様な存在になれるようにしたいと思うんだ。親としてのレベルを上げてくれるのはいつだって我が子だと思うからね。」
かーくんはそう言っていつものようににこやかになった。
子供の仕事は泣いて、笑って、健やかに生きる事だ。
その姿を見守り、叱り、時には子から学ぶのが親ならかーくんは適任者だと思う。
僕もいつかは親になるかもしれない。
そうなった時に我が子と向き合える親でありたいと公園で走る子供達を見て思った。
目白通りの坂を登り、キングレコードを過ぎると椿山荘が見えてくる。
その反対側に十字架の鉄塔のようなものが立っている。
そこが僕らの目的地だ。
「十字架見えてきたけど、あそこが大聖堂?」
「その通り。あそこが大聖堂がある『カトリック関口教会』」だよ。」
「やばい…すげぇデカいんだけど…。」
目白通り中心に突如無機質な巨大な建物が見えてくる。
『カトリック関口教会』
東京都文京区関口にあるキリスト教の教会。
まるで音楽堂のような建物は1967年に建築家である丹下健三の手によって完成した。
聖堂名が無原罪の聖母であることから、東京カテドラル聖マリア大聖堂として知られており、上空から見ると巨大な十字架になっている。
その中には日本最大級のパイプオルガンが設置されている。
とにかくデカい。
入館料などもないので、もし近くに寄る際は是非立ち寄って頂きたいほどおすすめの場所である。
「これ全部教会なの!?」
あまりのサイズにかーくんは驚き、顔が歪んでいる。
その顔はほぼ祭りなどで見るひょっとこに近い。
「そうなんですよ。都庁とかを手掛けた丹下健三の作品なんだけど教会の概念が変わるよね。」
初めて見た時にあまりの壮大さに門前で立ち止まり、見入ってしまった記憶がある。
なので、ひょっとこになる気持ちは良くわかる。
「まぁまぁまぁ、とりあえず中に行きましょうよ。」
「う、うぃ…。」
言葉を失い、まともに話せないかーくんを中へと案内する。
中に入ると窓口があり、それを見てかーくんが聞いてきた。
「入場料いくらなの?」
「ないよ。」
「え!?ないの!?なんだか申し訳ない…。」
「入場料はないけど、もしよかったら入り口に施設維持の為の献金ボックスがあるから帰りに教会の為にも献金してね。」
「わかった。」
入口から左手に進み階段を数段上がると、この大聖堂の全容が見えてくる。
「すごい…。」
大聖堂の内部の光景を見て思わずかーくんが声を漏らした。
ここ東京カテドラル聖マリア大聖堂にはステンドグラスは一切ない。
作りはとても近代的で天井が高く設定しており、見渡す限り幾何学的なコンクリート構造になっている。
明かりはといえば、壇上を照らす明かりが高い天井からピアノ線のようなもので吊るされているだけであとは無数の小さな窓から入る光のみ。
壇上の背後には大きな十字架が磔られるように佇んでいる。
お祈りをする為の椅子が多く並べてあり、その場所がいかに神聖な場所かを理解できる。
音はなく静寂で歩く音や衣擦れの音が大きなフロアにこだまする。
全てが今までの教会のイメージを覆す。
「なんだここ…こんな景色見たこと無い。怖いって感情すらあるけど、どこか落ち着く感じがあっていつまでも見てられるよ。」
その光景に圧巻され、かーくんは動けなくなっていた。
「うん。かーくんの気持ちわかるから大丈夫だよ。ゆっくり見てよ。」
久しぶりの光景に僕もしばらく見入っていた。
何度見てもこの光景には圧倒される。
なのに神聖な気持ちになる不思議な場所だ。
5分ほどその光景を見て、僕はかーくんに声をかけた。
「少し歩こうか。」
先ほどまで動けなくなっていたが少し慣れてきたようなので、かーくんを大聖堂の中心部まで誘導した。
自分達の足音が一つ一つ丁寧に大聖堂にこだまする。
僕ら以外にも1人先客がいて、その人は椅子でずっとお祈りをしている。
その人を横切り、大聖堂の真ん中までやってきた。
「後ろ振り返ってみてみ。すげぇぜ。」
「すげぇ…なんだこれ…。」
振り返るとそこには巨大なパイプオルガンがフロアにいる僕らを見下ろしていた。
その壮大な光景を見て、かーくんは再び声を失っている。
一本一本のパイプが力強く、まるで要塞のようである。
「エヴァンゲリオンじゃん…。」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声でかーくんが呟いた。
ふざけたように聞こえるがこの表現は案外外れてもいない。
ビルほど無機質でもなく、生き物ほど有機質でもない。
表現としてガンダムやエヴァンゲリオンを想像してしまうのもよくわかる。
「何回か来てるんだけど、まだ一度も音聞いたことないんだよね。」
過去に数回足を運んでいるが時間が合わないのかパイプオルガンの音を聞いたことがなかった。
ミサの時に演奏されるようだが、無宗教故にそこに並ぶのが気が引けていつか聞ければいいなぐらいに思っていた。
「…いつか絶対聴こうよ。ってか聞きたい。」
「おう。そうだな。いつかまた来ようよ。」
静寂に包まれた大聖堂の真ん中で僕らは目の前にあるパイプオルガンが奏でる音を想像していた。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
次回、久しぶりに先生登場します。




