カラスと雉(きじ)と学生さん
昔は蕎麦と饂飩どっちが好きと聞かれて饂飩と即答していたのですが、最近はめっきり蕎麦ばかり食べてます。歳を感じます。
大聖堂に行くきっかけは、ばあちゃんの記憶と絵梨の提案がきっかけだった。
彼女との交際が始まった頃、僕はとてつもなくお金がなかった。
大学卒業後、当時住んでいたアパートの管理会社から誘いがありそのまま入社した。
僕が配属されたのは賃貸部門で、給料が契約に応じて変動する。
例えば、一ヶ月の家賃が5万円のところを契約するとインセンティブ報酬としてその一割の5千円が入る。
さらに店舗のような賃料の高い契約になると報酬も大きくなる。
その為、部屋探しに来た人に出来るだけ高い部屋を契約して欲しいのが本音だ。
そこで不動産屋はテクニックを使う。
先輩からの受け売りだが、少し契約のコツを話そうと思う。
必ず部屋は三つ紹介する。
一つ目は、予算に応じたそこそこ良い部屋。
ここでもいいかなと思うようなものをセッティングする事で気持ちを掴む。
理想に近い部屋に出会い、気持ちが高まる事で部屋探しって楽しいんだと思わせることが出来る。
お客さんは一軒目なので、ここで決めるより残りの2部屋を見てから決めようと思うことになる。
つまりはキープしたい部屋だ。
二つ目は、一つ目よりもランクを下げた部屋。
この部屋がとても重要。今後の契約に大きく関わる。
さっきの部屋が良かったと思わせるのと同時にちょっと違うなと思わせることで良い部屋となかなか出会えないのだと演出をしてくれる。
大事なのは少しがっかりさせる事だ。
三つ目が予算を少しオーバーした希望よりも良い部屋。
この三つ目こそ不動産の大本命である。
予算が上がった事で部屋のランクが自ずと上がる。
また、先ほどがっかりした分気持ちの振り幅があり、より三軒目に魅力を感じやすくなる。
陽当たり良好で風呂も全自動、またオートロック付きなどの予定に無いオプションがついた部屋を内見すると嫌でも良く見える。
ポイントは予算より少しだけ高い部屋を紹介するところ。
高すぎると手が届かないと思うが、自分が少し我慢すればこんな部屋に住めるんだと思わせる。
二軒目の部屋を内見した事で、お客さんも毎日過ごす場所だから妥協したくないと考え始める。
それでも予算をオーバーした事でお客さんは躊躇してしまう。
安心して欲しい。それも想定済みである。
不動産の人からこんな事を言われたことはないだろうか?
[この部屋人気の物件なのですぐ埋まってしまうんですよね。次いつ出てくるかわからないんです。]
人によって言い方は様々だが、不安を煽る様な言葉を聞いたことがある人もいると思う。
今決めなきゃ誰かに取られると思わせることが重要だ。
この言葉を言うか言わないかで契約の確率は雲泥の差が生じる。
これが僕が教わった契約のコツの一部である。
都内だと地価が高いので一軒の契約で数十万や百万単位のインセンティブ報酬が入ることもあるので一つの契約にありとあらゆるテクニックを使う。
これはあくまで賃貸の話であって、売買になるとさらに異次元の稼ぎ方が出来る。
能力の高い人間であればあるほど青天井で稼ぐことが出来るのが不動産業界の魅力である。
だが、入社したての新人がそのような事に携わることはなく、僕の仕事といえば事務作業や管理物件の草むしり、夜逃げの立ち合い、家賃未納者の管理、いわく付き物件の調査、社長のサボテンの世話ぐらいなもんだった。
上記の仕事で給料が増える訳がなく、ギターやエフェクターを売って食い繋いでいた。
そんな日々を過ごす僕にとって絵梨とのデートは生き甲斐に他ならない。
彼女との時間が唯一の楽しみだったので、お金がないなりにどこかへ連れて行きたかった。
ある休みの前日、ベッドを背もたれに2人でお笑い番組を見ていた時に明日どこへ行くのかを話し合っていたら彼女からこんな要望を受けた。
「明日、静かな場所に行きたい。人がいないくて、非日常的で落ち着く場所。」
野性爆弾のカラスと雉と学生さんのコントを見ながら彼女はマグカップに入ったお茶を啜っている。
テレビ画面では田植えで足が抜けなくなった人からカラス公爵と名乗る男が「エンダンバディ〜オオ〜、エンダンバディ〜」と言いながら財布からお金を抜き取っている。
この難解なコントに影響されたからなのか要望がとても難題である。
いざ静かな場所を探そうとすると全然思い浮かばない。
「図書館とかっすかね?」
「違う。普通すぎる。」
絵梨はテレビから視線を外すことなく、僕の提案を即却下した。
どうやら野性爆弾の発想力を前に僕は試されているようだ。
とはいえ、非日常的で落ち着く場所なんてそうそう思い浮かばない。
このパターンは旅館とかそういった類でも却下される。
悲しい事にそもそもそんなお金はない。
「もっと現実から遠ざかれるような場所がいい。洋介にしか出来ない場所で私を満たして。」
そう言って絵梨はテレビを見ながら僕の肩に頭を乗せた。
テレビ画面では田植えで足が抜けなくなった人に学生さんが「エンダンバディ〜オオ〜、エンダンバディ〜」と言いながら学生服をそっと着せている。
「野爆のくーちゃんぐらいの発想力が俺にあればいいんだけど、いかんせん俺凡人だからなぁ。」
くーちゃんの才能に羨望し、僕は天井を見ながら絵梨の頭に頬をよせ、頭を撫でていた。
僕は凡人なりに自分が行ってみたい場所や過去を回想し、絵梨が満たせるようなものや場所を考えた。
すると突然ばあちゃんとの思い出が蘇った。
子供の頃、教会でばあちゃんに頭を撫でられ、そのあとお菓子をもらっていた記憶が鮮明に浮かび上がる。
「…教会。」
咄嗟に言葉が出た。
その言葉に反応した絵梨がゆっくりと顔をあげ、僕の顔を見つめている。
「俺、子供の頃すごいばあちゃん子だったんだよね。いつもばあちゃんのあとをくっついてた。ばあちゃん、キリスト教徒だったから教会によく行ってて、たまに俺も付いていったの思い出した。」
そう話すと絵梨は僕の話に目を輝かし、声を漏らした。
「私の知らないの洋介だ。」
絵梨はそう言ったあと僕に勢いよく抱きついてきた。
あまりの衝撃で僕は床に倒れ込み、床に頭を軽く打った。
「いって…喜び方が過激っすよ。野爆のコントじゃあるまいし。」
そう言いながらも絵梨が喜んでいる姿を見て少し嬉しかった。
絵梨は体を這わせ、倒れた僕に顔を近づけてきた。
「ねぇ、大聖堂行こうよ。」
その表情はまるで新しいおもちゃを手にした子供のようで、これから起きる事への楽しみに満ち溢れていた。
「教会からだいぶ飛躍しましたね。」
「おばあちゃんとの思い出が教会なら、私とは大聖堂にしたい。」
そう言って彼女は僕の胸に顔を埋めた。
彼女の行動と表情を見て僕はホッとしていた。
自分の過去に興味を持ちそれを上回ろうとしてくれている姿は、自分が彼女から愛されているのを実感させてくれる。
改めてこの子の存在の尊さと愛しさを実感する。
テレビ画面では、前代未聞の無音のオチと題した野性爆弾のくーちゃんが何も喋らず、動かずでただ時間だけが流れていた。
これが僕が大聖堂に行くようになったきっかけだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




