萩原の過去
昔の音楽仲間と連絡をしていると昔の自分が尖っていたんだなぁと気付かされます。
あの頃に戻りたいなって時々思います。
千代田線乃木坂駅から日比谷駅で降り、徒歩で有楽町線有楽町駅に向かう。
有楽町駅に着いたら、有楽町線に乗って6駅目に僕らの目的地である『江戸川橋』に到着する。
『江戸川橋』
東京都文京区関口一丁目にある東京メトロ有楽町線の駅。
駅番号はY12。
駅名の由来は利根川系江戸川ではなく、駅付近の神田川に架橋されている目白通りの橋梁からである。
近くにはキングレコードの本社や、ホテル椿山荘東京などがある。
かつては桜と蛍の名所として知られていた場所でもある。
改札を出て、階段を登り地上に出ると、目の前に江戸川公園が見えてくる。
頭上には首都高が通り、そこに面したように神田川が流れている。
初めて来た時に、その無機質と有機質が合わさった光景にしばし見入っていた記憶がある。
その時の自分をなぞるようにかーくんは駅周辺を360度見渡し、首都高を見上げていた。
「いやいやいや、東京って感じね。俺1人なら絶対に来ない場所だわ。それにしてもなんでまた大聖堂なんて行ってたの?」
「理由は色々あるけど、1番はばあちゃんの影響かな。ばあちゃんキリスト教徒だったんよ。子供の頃、付き添いで教会行ってた時あってね。」
「あ、そうゆうことね。じゃあ、ようちゃんもキリスト教徒?」
「いや、がっつり無宗教。特別そういったものに信仰心は無いけど、建造物や役割として教会が好きなんだよね。」
「なるほどね。ようちゃんらしいわ。ん?ってことは東京メトロには前から乗ってたの?」
「いや、その頃はJRしか乗らないって謎のコンセプト掲げていて、目白駅から歩いて来てた。その時、散策がてらにここら辺も歩いてたんだよね。」
「相変わらず変わってんねぇ。そこが好きなんだけどさ。1人で来てたの?」
「いや、2人。前の彼女と来てた。」
「あぁ、絵梨ちゃんね。」
久しぶりに自分以外の人からその名前を聞いた。
僕には大学時代に彼女がいた。
初めて彼女を知ったのは上京した初日。
初めての一人暮らしで周辺散策ついでに夕飯の調達にコンビニに立ち寄った時のことだ。
カゴに弁当と夜食のペヤングを入れ、レジに並んでいた。
レジの順番が自分に回ってきた時に僕はレジをしていた女の子に目を奪われた。
その子はショートカットにハーフのような顔立ちで、まるでテレビや雑誌に出ているような子だった。
一目惚れだった。
人生で一目惚れをしたのは初めてで、わかりやすく会計時に固まった。
家に帰っても彼女の事が頭から離れることはなく、寝る前にも彼女の顔が浮かんだ。
この感情が一体なんなのかを整理出来ずにいたが、落ち着いて俯瞰で見た時に自分が彼女に恋をしていることにようやく気づいた。
それから何回か同じコンビニに通ったが彼女の姿はなく、会えることはなかった。
そして彼女と会うことなく2年の月日が経過した頃、街にも慣れ、バンドに没頭し、授業そっちのけの日々を過ごしていた。
バンドをする為に日雇い労働をして食い繋いでおり、貧乏生活を送っていると他のバンドの先輩から
「金なくて暇してんならうちで働けば?ちょうど今月で1人辞めるから入ってくれると助かるんだよね。」
と、言われて入ったのが岸部さんが店長を務めるCDショップである。
先輩の紹介もありバイトの採用はスムーズに進み、すぐ働くことになった。
バイト初日、ロッカールームで支給された制服に着替え、事務所で岸部さんを待っているとドアが開く音がした。
事務所に入ってきたのは岸部さんではなく女性スタッフだったので挨拶をしようと出向いた。
「今日から働きます。萩原洋介です。よろしくお願…い…しま…す。」
飛び込んできた光景に僕は時が止まった。
驚いたことに目の前にいたのは、あの時コンビニで一目惚れをしていたあの子だった。
僕は咄嗟のことで状況が理解できず「え、あ、あの。」などと声に出し、明らかに動揺していた。
それに気づいていたかはわからないが、彼女はにこやかに自己紹介を始めた。
「初めまして。[田村 絵梨]です。こちらこそよろしくお願いします。」
2年の時を経て、彼女の名前をようやく知れた瞬間だった。
彼女は僕の2個下で現在心理学を学ぶ大学生であることがわかった。
逆算すると僕が最初に見た時はまだ高校生だったことになる。
のちに聞いたのだが、今月辞めるスタッフとは彼女の事であり、さらに彼女は先輩と付き合っていることがわかった。
素直にショックだった。
僕はそれを聞いて、自分の気持ちを心の箪笥の奥の見えないところへとしまい込んだ。
先輩にはバンドでお世話になっており、尚且つバイトまで紹介してもらった立場だ。
2人の幸せを壊してまで自分が幸せになろうと思わなかった。
僕はその時、彼女を諦めた。
だが、さらに2年が経つ頃、転機が訪れる。
それは大学の単位が足りず留年が決まった頃だった。
久しぶりに先輩から着信があった。
その頃先輩はバイトとバンドを辞め、映画やアダルトの映像関係の仕事に就職をしていた。
忙しくはあるが稼げるらしく、面倒見の良い先輩はお金のない後輩達にご飯を食べさせていた。
その抽選に今回当選したのが僕だったようだ。
ありがたくご飯のお誘いを引き受け、食事へ出向くことにした。
食事中何気なく話していた時、先輩からサラッと衝撃的な事を聞いた。
「俺、新しい彼女出来たんだけど、静岡だからなかなか会えないんだよね。」
その言葉を聞いてイナズマが体中に走った。
その衝撃はとてつもなく脳天から足先まで巡り、一瞬ブルっと震えた。
頭の中で彼女のことが溢れていく。
「あの、絵梨ちゃんとはどうなったんですか?」
聞くのが怖かったが思い切って聞いてみた。
「あー、半年前に別れたよ。学生と社会人じゃどうしても温度差ができちゃうからね。」
それを聞いて体が熱くなった。
先輩には申し訳なかったが、どこで誰と付き合っていることよりもあの子が今どうしているのかが気になって仕方がなかった。
先輩との会食後、意を決して彼女に連絡をした。
彼女から返信があり、幸いにも後日居酒屋で待ち合わせをすることが出来た。
待ち合わせ当日、僕は気持ちが先走り居酒屋には早めに着いていた。
案内されたボックス席で彼女を待つことにした。
10分程経ち、「待たせてごめんね。」と背後から声が聞こえ振り返る。
久しぶりに会った彼女は前よりも髪が伸びていて雰囲気も大人っぽくなっていたが、変わらず綺麗で魅入ってしまった。
もし、銭形警部がそこにいたならばきっとカリオストロの城のあの名言を言っていたと思う。
それから僕らは定期的に遊ぶようになり、ある時僕の家で映画を観る事になった。
家のチャイムが鳴り、焦る気持ちを抑え玄関に迎えに行く。
そして、彼女を玄関に招いた時に今までの事が走馬灯のように流れ始める。
あの日一目惚れして会えないと思っていた子が、4年越しに今自分の家の玄関にいる。
その光景が夢なのか現実なのかもわからなくなる。
まるでドラマの主人公になったような奇跡に自然と目に涙が溜まる。
気持ちが昂り、僕はその日に彼女に告白をしたが、彼女からは「返事は少し待って欲しい」と言われ遠回しにフラれた。
だが、4年待って訪れたチャンスを諦める訳にはいかない。
何より今までしまい込んでいた気持ちを一度解放したことで止めどなく溢れ出し自分でも抑えられなかった。
何度もアプローチをし、その度に断られたが、それでも僕は諦めなかった。
何度も気持ちを伝える僕にとうとう彼女は「こんなに私を好きになってくれる人いないね」と笑い、僕を受け入れてくれた。
長年の思いが実った瞬間だった。
その事実が嬉しく、我慢していたものが崩壊して恥ずかしい話だが僕は彼女の前で泣いた。
あの時、僕は全力だった。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。




