紀の善であんみつ食べられれば、それ以上の贅沢は望まない。
腰痛が酷くなってきたので、ゲーミングチェアを買おうと思い、動画や紹介ページを見まくってます。
自分に合ったものと出会えればいいのですが…。
2015年11月僕らは飯田橋にいた。
夏が終わり、クールビズで汗を拭いていたサラーリーマン達は消え、ジャケットかアウターを着る姿が当たり前になっていた。
線路沿いの木々も青々としていた葉が鮮やかな緋色に衣替えをしていた。
紅葉が見ごろを迎えていた。
「ええ天気ですな、遠藤さん。」
「すっかり秋ですな、萩原さん。」
秋薫るその場所で僕らはその日、甘味を求めていた。
数日前の夜。
「わしは、あんみつが食べたい。」
「…お、おう。」
突然の事にかーくんがたじろぎ、持っていたお酒の缶を口元で止める。
「じゃあ、今からコンビニでも行きます…?」
「いや、そういうことではない。」
それを聞いてかーくんが目を閉じ「うーん。」と悩み出す。
「これから材料買って作る…とか?」
「それは…アリかもしれん。」
「…アリなのかよ。」
危うく楽しそうだったので、かーくんの提案に乗りそうになってしまった。
「違う違う、そうじゃない。」
「じゃあ、何かね?鈴木雅之さんよ。」
焦る僕を見て、かーくんはグビグビとお酒を飲んでいる。
一度落ち着き、顔を作り直してかーくんに質問をした。
「お主、本当のあんみつを食べたいと思わんかね?」
「本当のあんみつ?あんこ好きとしては是非とも。」
かーくんはコメダ珈琲で必ずあんこを頼み、コンビニでは必ずあいす饅頭を買うほどのあんこ好きである。
食いつくことは想定済みだ。
「お主は乃木坂46、飯田橋、神楽坂と聞いて何を思い浮かぶかね?」
「飯田橋、神楽坂…他の星から?あんみつって…あ?」
僕の質問にハッとし、かーくんのお酒を飲む手が止まるのが見えた。
「気がついたようだね、遠藤氏。」
「そ、それは是非行ってみたい…。」
「我々が同じ休みはたしか水曜だな」
「正確には俺が夜勤明けだが、勿論問題はない。」
「ならば行こうぞ。次なる聖地[紀の善]へ!」
『紀の善』
神楽坂にあった老舗の甘味処。
1860年頃寿司店として創業し、戦後の1948年に甘味処になった。
1990年の店の改築に伴い生まれたのが多くの芸能人がファンを公言する名物[抹茶ババロア]である。
乃木坂46の楽曲[他の星から]の歌詞にも登場し、MVでは西野七瀬が紀の善の座敷であんみつを食べているシーンがあることからファンの間で聖地化した。
残念なことに店主の高齢化などを理由に令和4年9月30日をもってその歴史に幕を閉じた。
あんこが絶品ですので、商品だけでも復活してください。お願いします。
そんな流れで僕らは飯田橋にやってきた。
「はっはっは。他の星からを聞いたあとですと不思議と景色が違いますな。」
「はっはっは。初めて来たから違いもなんもないと思うけどな。」
この後に及んでもかーくんは手厳しくツッコミを入れてくる。
出来る男は違うようだ。
飯田橋駅西口を出るとすぐに商店街が並ぶ神楽坂通りがある。
そこを入るとすぐに[あんみつ紀の善]の看板が見えてくる。
外観は小さく見えるが奥行きがあり、ビル一棟が丸々紀の善なので中々の迫力がある。
僕らが到着したのはお昼過ぎだったが、そこには既に行列が出来ていた。
「めちゃめちゃ並んでるじゃん。MVの座席は2階になるのかな?」
かーくんは、2階の窓から見える障子を見ていた。
「一階はテーブル席で2階がテーブルと座敷があって、入って右奥の窓際がなぁちゃん[西野七瀬]が座っていた場所らしい。でも、この行列からだとその席に行くのはなかなかの倍率っすね。」
「そこは運次第ってことか。それにしても、どれも美味そうだわ。」
紀の善の目の前にはショーケースが出ており、その中にはぜんざいやあんみつなどの食品サンプルが並んでいる。そこにはそれぞれの価格が記載されており、老舗甘味処とはいえなかなかのお値段である。
「ラーメン1杯分ぐらいの値段するねぇ。でも、こだわりの味と立地考えたらこれくらいするのは仕方ないよね。」
「立地がリッチだからか。」
かーくんが渾身のボケをかましてきたが、そこはあえてスルーしておいた。
待つこと30分ほどで店員さんに名前を呼ばれた。
「2名でお待ちの萩原様。お待たせ致しました。ご案内いたします。」
ーー賽は投げられた。
運命の分かれ道である。
純粋に紀の善の甘味を嗜みに来ただけなら問題はないが、我々はロケ地巡りとしても来ている為、どうしても座敷に行きたい。
先ほどの店員さんの声と同時に僕の脳内でパチスロ秘宝伝の高確率演出が流れ始めた。
ーーチャンスなのか?
ーー否!
店員さんは「お席は2階になります。足元にお気をつけください。」と告げ、僕らを先導する。
第一関門は突破した。
案内に従い、階段を登り2階に上がる。
再度、運命を試される。
2階に上がる事は出来たが、左にはテーブル席、右にはテーブル席と奥に座敷がある。
左のテーブル席では一階にいるのともはや同じだ。ここはどうしても右に行きたい。
すると、またもや秘宝伝の高確率演出が脳内に流れ始めた。
ーー熱すぎなのか?
ーー否!
店員さんは右側に手を差し出し、「こちらになります。」と告げた。
第二関門を突破した。
脳内に[鉄板!!]の文字が浮かび、秘宝ラッシュに突入した。
あとは道中のテーブルに通されなければボーナスが確定する。
おそるおそる階段を登り、無駄に緊張が走る。
ーーもうあと一歩、座敷まであと一歩、あの光景まであと一歩。ーー
手を握る力が強くなる。
後続のかーくんは信じられないぐらい真顔だ。
その顔はほぼ仏像に近い。
怒っているのか喜んでいるのか悲しんでいるのかの情報が一切掴めない表情をしている。
そして2階にあがり、驚きの光景を目にした。
なんとテーブル席がすべて埋まっていた。
ーーキュインキュインキュイン!ボーナス確定!
脳内で確定音が響き渡った。
スロットの第一リールに[7]の図柄が停止した。
僕は軽く後ろを振り向き「っしゃ。」と小さく声を出し、店員さんの見えない角度でガッツポーズをキメた。
しかし、安心するにはまだ早い。
ボーナスには2種類存在する。
西野七瀬ことなぁちゃんが座っていた席のビッグボーナスと、そうではないレギュラーボーナスがある。
ここまできたなら是が非でもビッグボーナスを掴みたい。
「こちらで靴をお脱ぎください。」
店員さんの指示で座敷の玄関口まで来た。
緊張が走る。
ゆっくりと光景が進む。
僕たちが目指す場所の反対側が人で埋まっているのが見えた。
脳内スロットの第二リールに[7]の図柄が停止し、リーチ目に入った。
あとは第三リールをキメるだけである。
はやる気持ちを抑え、ゆっくりと目線をずらした。
そこにはまたしても驚きの光景が待ち伏せていた。
なんと、なぁちゃんが座っていた席が空いている。
ビッグボーナス確定!?
ーーよっしゃ!勝っ…ーー
勝ちを確信したその時、まさかのなぁちゃんが座っていた席の手前も空いている事に気がついた。
ーーしまった。早まった。ーー
行きたい場所に目が行きすぎていて手前の席が見えていなかったようだ。
ーー落ち着け。まだ全てが決まった訳ではない。確率は二分の一…まだ充分に勝機はある。ーー
動揺はしたが、持ち前の明るさとガッツで冷静さを取り戻した。
勝負は第三リールに持ち越された。
引き返す事は出来ない。行くしかないのだ。
全ては、僕らの横にいる祝福の知らせを告げる天使ガブリエル[店員さん]に託された。
天使ガブリエルの口が開いたのが見えた。
最後の勝負が始まる。
ーーいけぇぇぇ!ーー
僕は脳内スロットの第三リールを渾身の力で押した。
ついに、天使ガブリエルからのお知らせを聞くこととなった。
「手前からお座りください。」
停止ボタンを押し、[7]の図柄がズルっと滑った。
レギュラーボーナスが確定した。
僕の頭上では見えないひよこが円を描くように飛び回り、「ピヨピヨ」と鳴いていた。
後ろには仏像が薄い目をして、その光景を見つめていた。
大勝負には負けたがボーナスを引いた事に間違いはなく、僕らの席も見る人によっては大当たりだ。
あの行列の中、座敷に案内されただけでも充分な倍率を制したといえる。
MV撮影された席を見ながら甘味を食せるだけで勝ち組だろう。
「まぁまぁ、ここまで近くに来れたんだから十分だよね。」
「惜しかったよね。でも、座敷の時点で俺は満足だよ。」
そう言って仏像は満足そうに微笑んだ。
「さて、ようちゃんは何にするの?」
「ふっふっふ。」
「ど、どうした…?」
不敵な笑みを浮かべる僕を見て、かーくんはメニュー表を片手に動揺している。
その姿を見て僕は高らかに言った。
「白玉クリームあんみつで。」
「白玉クリームあんみつ…いや、そんなのメニュー表に載ってないけど?」
かーくんが驚くのも無理はない。
ここ紀の善では、メニュー表に白玉あんみつとクリームあんみつは記載されているが、白玉クリームあんみつは記載されていない。
実は、この白玉クリームあんみつはMV撮影用に特注で作った商品である為、メニュー表には記載されていないのだ。
「おっと、ごめんごめん。つい裏メニューを言ってしまったようだ。君はここに来るのが初めてだったよね?仕方がない。おじさんが説明してあげようではないか。」
「お、おう…。君も初めて来たはずだけどね…。」
僕は通を装い、かーくんに説明をした。
「白玉クリームあんみつは、他の星からのMV撮影用で作られたメニューなので記載されておらん。だが、実は再現出来る。」
「おぉ、まじか!その再現方法とは一体?是非、教えていただきたい。」
調べ上げた情報を説明し、常連感を醸し出した。
それを聞いたかーくんは、目を輝かせながらこちらを見ている。
「まったく、やれやれだぜ。答えは簡単だ。クリームあんみつに裏メニューの白玉を2個トッピングするのだよ。そうすれば、なぁちゃん仕様のあんみつの出来上がりって訳よ。」
「おぉ…裏メニュー。そこまで調べ上げるとはさすがだ…。」
かーくんが説明を聞いて驚き、感動している様子だ。
それを見た僕はドヤ顔が止まらない。
「ま、これくらい乃木坂ファンとして常識だよ、遠藤君。」
「天晴れです…。その裏メニュー、僕も注文させて頂いてもよろしいですか…?」
「はっはっは、構わん構わん。君もこれから率先して勉強するようにな。では、注文するとしよう。すいませーん。」
かーくんにマウントを取って満足したので、店員さんを呼び背筋を伸ばし優雅に注文をする。
「えー、クリームあんみつに白玉を2個トッピングしたものを2つお願いします。」
決まった。完全に決まった。
スマートに注文し、完全なる常連感を醸すことに成功した。
心なしか周りにいる他のお客さんからも注目されている気がする。
トッピングシステムを知らない人にはさぞ驚きであっただろうと思う。
優越感に浸りながら僕は店員さんをチラッと見て返答を待った。
「お客様、申し訳ございません。白玉トッピングは夏季限定でして、現在ご注文頂けません。」
「…。」
どうやら今の時期白玉クリームあんみつは食べられないらしい。
おそるおそるかーくんを見るとまた仏像の顔に戻り、怒っているのか喜んでいるのか悲しんでいるのかの情報が一切掴めなかった。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
次回も観光していきます。




