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[サブストーリー]『君とばーびぃ』後編

この話が今までで1番苦労しました。

三部作無事完結です。





ーーあの出来事から日常が変わった。


看護師長さんの指示でかーくんの夜勤が減った。

責任者業務も出来る限り他のスタッフに割り当てられた。

日中の勤務時間も通常に近い形になり、自分が使える時間が増えていった。

看護師長さんなりの配慮だったんだと思う。


かーくんは空いた時間を誰と過ごす訳でもなく1人で過ごしていた。

家には寝る時だけ帰り、それまでは漫画喫茶で過ごしていた。

家のテレビと電気は常時点けっぱなしになっている。


ーー暗くて静かな部屋が怖い。


かーくんは酒の飲む量が増えていった。

辞めていたタバコもまた始めた。

なんでもいいから紛らわせたかった。

その姿を見ていた他の職員達が心配して声をかけるが、かーくんは決まって「大丈夫っす。」とだけ答えた。


その時期、人との関わりを避けていたかーくんが唯一人間らしい表情になる人がいた。

それは、共にあの日を過ごした浅見さん。

浅見さんにだけは自分の感情を少しだけ出せていた。


あれから2週間が経った。

その日は日勤でいつも通り1時間前に出勤し、タイムカードを押しに看護部長室に入ると浅見さんと居合わせた。

2人きりになるのはあの時以来だった。


「遠藤君、おはよう。また痩せたんじゃない?」

痩せこけた頬を見て浅見さんは心配した。

「…おはようございます。まだ固形物が入らなくて…とりあえずウィダーinゼリーとポカリは摂取するようにはしています。」


その時のかーくんはご飯がまともに食べられない状態だった。


「ダメだよ、ちゃんと食べないと。あんまり食べないと先生に言って胃ろうにしてもらうよ。そうすれば私があなたの栄養管理出来るんだから。看護師さんは怖いんだぞ。」


浅見さんはそう言って怒ったような表情をし、その後微笑んだ。

場を和ませようとしてくれたのがわかる。




『胃ろう』

手術で腹部にチューブをつけ、直接胃に栄養を注入する医療措置のこと。

主に病気や加齢により口から食事が困難になった人に取り付ける。




浅見さんの気持ちを理解し、胸が苦しくなった。

かーくんは俯き、浅見さんに話し始めた。


「浅見さん…俺…俺は…」


心に刺さっているものを静かに抜くように言葉を選んだ。

するとかーくんが言い切る前に浅見さんの言葉が割って入った。


「間違ってないよ。」


それを聞いて驚き、かーくんは顔を上げた。


「あなたは間違ってない。それは、私が1番良く知っています。あなたはあの時、誰よりも支倉さんと向き合おうとしていました。私はあの日、遠藤君と働けた事を誇りに思っています。きっとこれからの長い看護師人生で何度も思い出すと思うけど、その都度向き合います。それが看護師を選び、あなたと一緒に働いた者の勤めですから。…だから、お願い。ちゃんと食べてね。」


浅見さんの声は力強く、とても優しかった。

かーくんは浅見さんの言葉を聞いて何かを言い出そうとしていた。


「浅見さん…。」

「なぁに?」

「俺…これからどうしたらいいんですか…?」


絞るような声でかーくんが浅見さんに問いかけた。

それを聞いて浅見さんが答える。


「遠藤君。それは、自分で見つけなきゃね。あなたはあの日からずっと自分とばかりお話ししてる。大切なものを見つけたいなら話したい人と話して、言いたい事をちゃんと言って、自分の中にあるものを一度出して、それから整理するといいと思うよ。」


その言葉を聞いてかーくんは言葉に詰まった。

それを見て浅見さんはかーくんの頭に手を乗せ、わしゃわしゃと掻き乱した。


「痛い、痛いっすよ。何するんすか?」


困惑する姿を見て浅見さんが笑った。

そして、かーくんを見てこう言った。


「私が知る限りあなたは最高の介護士さんよ。だから、負けないでね。」


それを聞いてかーくんが「うっす。」と答え、看護部長室をあとにした。

浅見さんはその姿が見えなくなるまで見守っていた。

看護部長室の窓から見える空は青一色でこの上なく澄んでいた。


「頑張れよ、バカ真面目。」


浅見さんはそこにいないかーくんに向けてそう呟いた。


「遠藤君、ちょっといい?」


日勤業務をこなしていると廊下で看護師長さんに呼ばれた。


「はい、どうしました?」

「須山さんのご家族から今電話があってね。」

「須山さん?」


その名前を聞いて少し考えた。


「あ、ばーびぃですね。」

「そうそう。それでね、須山さんの旦那さんが施設に居るの知っているよね?今ね、容態が悪化したみたいなの。もしかしたらがあるから会えるうちにご家族が会わせたいって急遽外出することになったのよ。」


ばーびぃの旦那さんは有料老人ホームに居て、ばーびぃとは別に暮らしていた。


「じゃあ、外出する為に私服に着替えさせないといけないですね。」

「そうなのよ。もうすぐ息子さんが迎えに来るみたいだから、遠藤君よろしくお願いします。」

「わかりました。」


かーくんはそう言い、他の職員へPHSを渡してばーびぃの部屋に向かった。


ばーびぃはリハビリを終え、ベッドで寝ていた。

かーくんがそうっと声をかける。


「ばーびぃ、寝てるとこごめんね。これから出かけるってよ。」


するとそれに気づいたばーびぃが声を上げた。


「うわぁ!びっくりした!誰かと思ったら知らない人だぁ!はじめましてぇ!」


そう驚き、自分自身の声の大きさに笑い出した。


「これからね、旦那さんに会いに行くんだって。だから一緒にお着替えしよう。クローゼット開けるよ?」


そう言って患者さん用のクローゼットを開け今日着ていく服をばーびぃに聞く。


「どの服がいいかな?」

「そうね。可愛いやつがいいかしらね。」

「難しいな。どれも可愛いよ。」

「それじゃ、そのピンクにしてちょうだい。私ね、ピンク好きなのよ。」


指定された服をクローゼットから出し、ばーびぃの着替えを手伝う。


「そこ腕通すとこだよ。頭は入らないよ。」

「あらぁ、難しいわねぇ。」

「全然難しくないよ。ばーびぃが難しくしているだけだよ。」


何度やっても袖に頭を通そうとするばーびぃを見て、かーくんは笑った。

人との会話で笑ったのは、あの日以来だった。

ばーびぃの着替えのお手伝いをしていると、ふと浅見さんの言葉が頭をよぎった。


ーーあなたはあの日からずっと自分とばかりお話ししてる。大切なものを見つけたいなら話したい人と話して、言いたい事をちゃんと言って、自分の中にあるものを一度出して、それから整理するといいと思うよ。


「うんしょ、うんしょ。」


ばーびぃが一生懸命着替えをしている。


かーくんは、誰かに自分の事を話したかった。

でも、誰に話していいかわからなかった。

そして、その話を理解されないのが怖かった。

だから、話せずにいた。


ーーほんの少しでいい。ほんの少しだけ自分の言葉を誰かに聞いてほしい。そして、忘れて欲しい。ーー


自分の意思と向き合い、意を決してばーびぃに話しかけた。


「あのね、ばーびぃ。俺ね、今悩んでいるんだけど相談してもいいかな?」


ばーびぃは着替え終えて、ベッドにちょこんと座っていた。


「いいわよ。私で良ければなんでも話してちょうだい。」


そう言ってばーびぃは背筋を伸ばした。


「俺ね、今何やってもうまくいかないんだよね。仕事も恋愛も何もかも…。いい歳して何悩んでんのって話なんだけどさ。一生懸命やっても結果がついてこないんだよね…。」


かーくんは、ばーびぃの病衣を畳みながら自分の本音を伝えた。

それを見ていたばーびぃが微笑みながらかーくんに言った。


「そうね。そうゆう時はほがらかにしなさい。そして、あなたらしく生きなさい。」


その声は子供に諭すようでとても優しかった。

それを聞いてかーくんは自分の中にあった何かが崩れていくのを感じた。

胸の辺りが少しづつ温かくなっていく。

咄嗟に言葉が出た。


「ねぇばーびぃ、朗らかってどうやったらなれるかな?…ごめん。俺なれる自信ないよ…。」


咄嗟に言葉が出たがあの時の光景がよぎり、またかーくんを閉じ込めようとする。

その様子を見てばーびぃは答えた。


「もし自分が朗らかになれる自信が無いなら、朗らかな友達を持ちなさい。もし人生が朗らかにならない時は、朗らかなお嫁さんをもらいなさい。そしたら、自然と朗らかになれるから。」


その言葉を聞いて、かーくんを留めていたものが崩壊した。

あの時からずっと溜め込んでいたものがゆっくりとすくわれるように感情が溢れ出していた。

それは涙となって溢れでる。

ばーびぃはかーくんに近づき、頭を撫でた。


「あなたは心がキレイなのね。優しいのよ。大丈夫よ、きっとうまくいくから。」


そう言って病室の窓を見つめた。

外は雲ひとつ無い快晴で、外出するには日和が良さそうだった。

窓越しからその景色を見てばーびぃは「綺麗な青空ね。鳥さん達も喜んでるわね。」と言っていた。


「ばーびぃ…本当にありがとう。俺…朗らかになれるように頑張るからね。」


かーくんは眼鏡を外し、涙を手で拭いながらばーびぃに心から感謝を伝えた。

かーくんの声で振り向いたばーびぃは、ニコニコと笑っていた。


「どうも、初めまして。」


そこにはいつもと変わらないばーびぃがいた。




「長くなったけど、これが俺の介護人生で1番印象に残った患者さんかなぁ。」


かーくんは懐かしむように話し、グラスに残ったウイスキーを勢いよく流し込んで「かぁ。」と言った。


「あの時、浅見さんとばーびぃがいなかったら介護士辞めてたと思うんだよね。そしたら、今こうしてようちゃんとお酒飲めてない訳だからほんと頭上がんないよね。」


そう言ってかーくんはグラスをテーブルに置き、俯き片頬をひきつらせ笑った。


「…うっ…ううっ…うっ…ばぁびぃ。」

「え!?ようちゃん泣いてんの!?」


僕は、あまりの感動の物語に涙と鼻水が溢れてしまった。


「…ええ話すぎるやろ…そら、関西弁にもなるわ…うぅっ。ばーびぃ好きやぁ…もうファンやでしかし…ずずっ。」

「関西弁については何も言ってないけどね…。でもさ、改めて思ったよ。認知症かも知れないけど、俺らよりも人生を経験してる、目上の人達だなって。介護の事ばっか考えていてそうゆう当たり前の事見失ってたのかも知れないね。言葉の重みが違かったなぁ。」


そう言ってグラスにウイスキーを注いだ。


「…かっけぇよ…あんたやっぱかっこええですわ…うっぐっ。んで、今ばーびぃどこおんねん?…ズズッ。」

「それがわからないんだよね。一回自宅に帰ったけど、グループホームにいるって噂聞いたかな。」


笑みを浮かべた後、ウイスキーをまた一気に流し込んだ。

そこにはいつもと変わらないかーくんがいた。


「ようちゃんに会わせたいなぁ。」


ふとそう呟いた。



一つのことをやり続けると挫折や苦悩を必ず味わう。

時には孤独に狼狽し、自暴自棄になることもある。

それでも暗闇の中を進んでいくと時期に光明が差してくる。

もしかしたら、人が立ち上がるのはその未来がある事を本能的に知っているからなのかもしれない。

『人』が『生』きると書いて『人生』と書き、『明』るい『日』と書いて『明日』と書くのはそれが理由なのかな。

そんなことを考えながら今日もかーくんとお酒を飲む。

それでいい。そんなもんでいい。


「人生って勝手に始まるから、終わりくらいは自分の理想にさせたいよな。」


ここぞとばかりにかーくんが決め台詞を吐いた。


カッコ良かった。

カッコ良過ぎて涙腺が崩壊した。


「だぁっぁぁ…[君とばーびぃ]は素敵じゃっぁぁ…。」

「はっはっは。そんなに泣かないでよ。」


鼻水ぐじゅぐじゅの僕を見てかーくんが大笑いした。

そして僕は、かーくんにずっと伝えられなかった事を告白した。


「……かーくん。」

「おう、どうした?」

「……鼻毛出てる。」

「え!?マジ!?…痛っ!うわ、5本も出てんじゃん。」



そうして僕らのなんでもない日常がまた過ぎていった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回からまた本編書きます。

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