ルービックキューブ
休日、忙しい嫁に頼まれて、朝から服の入れ替えをしていたら、思いがけないものが見つかった。
押入れの奥から、ルービックキューブが出てきたのである。
これは確か30年ほど前に、俺が自分のお年玉で買ったやつだ。
正月番組でタレントがやってるのを見て、急に欲しくなったんだよな。
三が日にやってるおもちゃ屋で買ったんだよ、親父に無理言って連れてってもらってさ。
買ってはみたものの、全然楽しめなかったんだ。
何度もガチャガチャやってたけど、結局元に戻せなくなっちまってさ。
親父に泣いて頼んだら、綺麗に揃えてくれて。
すげえすげえって…めちゃめちゃ騒いだんだよ、確か。
あれ切っ掛けで俺は親父のことを尊敬し始めたんだ。
普段ぼんやりしてるけど、頭の切れるすごい人なんだってさ。
何度もルービックキューブを崩しては、元に戻そうとチャレンジしていたけれど、親父のように色を揃えることは一度もできなかったんだよなあ。
どれだけ研究しても、どれだけガチャガチャやっても、一向に揃わなくて…俺は諦めることを知った。
あの頃かな、俺が無駄な努力はするまいって決めたのは。
無駄な時間を過ごすくらいなら、楽しい時間を過ごしたいと思うようになったんだよな。
頼れる人がいるなら、そっちに任せたらいいやって学んだんだ。
なんとなく見るのもムカつくようになっちまったんだなあ。
机の上の目立つ場所から、リビングの棚の中に押し込んでさ。
たまに思い出したように引っ張り出しては、またしまって。
捨てたような気もしてたんだけど、残っていたんだよな。
実家を潰すことになった時、たまたま目に付いて……もらってきたんだ。
息子がおもちゃにするかなって思ってさ。
息子は喜んでガチャガチャやっていたけど、結局色は一度も揃う事がなくて…、どこかに消えてしまったと思っていたんだが。
……まさか息子の保育園のスモックの中から出てくるとはねえ。
「ただいま…って!!うわ、それ懐かしい!!」
ルービックキューブをガチャガチャやっていたら、息子が学校から帰ってきた。
小さなスモックを着て通園していた時代が信じられないくらい大きく成長した息子を、ソファから見上げる。
「おう、おかえり。服の入れ替えしてたら出てきたんだ。スモック着るか?まだごみに出してないけど。」
「大学生にもなってきるわけないだろ…ちょ、やってみていい?!」
息子に崩れたルービックキューブを渡すと、やけに…手際よく回し始めた。
「これ探してたんだよね。初めてやったキューブだ!旧モデルでさあ!全然揃わなくて、腹立って封印したんだよ!」
息子はこの手のパズルが好きで、小さい頃から俺よりも早く絵柄を揃えたり、鍵を抜いたり、複雑な図形を組み合わせては立方体を作ったりしてたんだ。
俺はオヤジの威厳なんてそっちのけですげえすげえって喜んで、息子も得意顔でどんどんパズルを解いていったんだなあ。
俺がどれだけぐちゃぐちゃにしても、必ずキレイに揃えてくれてたし。
……親父の血かね。
「…意外と重いな、あと動きも…あれ。」
カシャカシャとスマートな音を立てていた息子の手が、止まった。
「これ、絶対に揃わない奴じゃん!パーツ入れ替えてる!」
「入れ替え?そんなことできるのか?」
息子はスプーンを使って、器用にルービックキューブを分解し始めた…。
ばらばらになったパーツに、少々……罪悪感のようなものが、浮かぶ。
「多分…これ、頻繁に分解してたんじゃないかな?それっぽい痕跡がある、父さんがやったの?」
「俺はたった今、初めて分解される姿を見たんだけど?そもそも、直せるのか、これ。」
バチンバチンとパーツを組み立て、キレイに色の揃ったルービックキューブが…テーブルの上におかれた。
「うわあ、俺こいつが揃ったの見たの、30年ぶりだ!」
「今後はいつでも見られるよ、僕一応パズル同好会の部長だし?」
器用にくるくるとルービックキューブを回している息子……なんだ、頼もしいなあ。
「これさあ、おじいちゃんが細工してたんじゃない?」
「……親父が?親父はいつも簡単に揃えていたから、そんなことしなくても……。」
「揃えるところ、見てたの?多分だけど、揃えられなくて、分解してって感じだったんじゃないかな?」
そう言われてみれば…確かに、親父が俺の目の前でルービックキューブを揃えたところは、見たことがない。
いつも、翌朝に完成したのが机の上に置かれていただけだった。
―――すごい!!僕の自慢のパパだ!
―――ハハハ!そうだろう、そうだろう!
―――パパ、どうしてもできないんだ、あとひとつが揃わない…
―――よーし、貸してみろ!明日の朝までに仕上げておいてやる!
―――パパはすごいや、僕パパみたいになりたい!
―――お前はまだまだ子供だなあ!
「もしかして、…わざとこんな細工をしてたとか?」
―――ルービックキューブも揃えられないくせにえらそうな事言うな!
―――ふん!どーせ俺は馬鹿だよ!つか、昔の話だろ、そんなん!!
―――お前はまだ揃えられないのか?まだまだガキだなあ!
―――そのガキの給料かっぱらってパチンコ行ってんのは誰だよ!
―――ババアの戯れ言なんかにのってんじゃねーよ!
―――どうしたんだよ、オヤジ!かあさんにナニすんだよ!
―――なんだ、その目は!ガキの癖に!
―――俺はもう、子供じゃ…ない。
―――けっ!俺を笑いに来たのか?偉くなったな!
―――俺は、オヤジが助かって、嬉しかっただけだよ。
―――オヤジ!これ置いてくから、リハビリ中にやったら?
―――おもちゃなんかで俺の右手が動くようになるわけねーだろ!
―――昔オヤジが揃えてくれたじゃん、やってみてよ!
―――俺はそんなことは知らん。こんなもんはいらん!
―――オヤジ、また来るから。
―――……ふん、来なくていいぞ!
「さあ…どうだろう?親父はもう灰になってしまったからなあ、真相はわからんな!!」
晩年の親父は…何を考えているのか、よくわからなかった。
中年の親父が…やけに攻撃的だったのは、覚えているけどさ。
青年の親父の…考えていた事なんか、今となっては興味がないな。
俺は今、のほほんと平和に生きているんだ。
……昔のことをあれこれ詮索しても、つまらんよ。
「ふうん?まあいいや、それよりさあ、新しいパズル考案したんだよ、父さんやってみて!!」
「ッ、お前…またそうやって俺をダシにして優越感に浸るんだろ?!お前の方がえげつねえじゃん!すぐ勝ち誇った顔するしさあ!!いつだって俺が解けないようなひねくれた問題ばかり出すし!!」
俺は子供に見栄を張るようなタイプじゃないんだよなあ。
いつだって情けない所をそのまま見せてきて……子供の方がたくましくなってしまったという。
「誤解だよ!!父さんが僕のこと信頼しきってるから!!僕はきっちり完成させないといけないって使命感が湧いたんだよ?!父さんでも理解できるようなシステムを作らないとって頑張ってるんだよ?!」
今では息子の方が教育パパみたいになってるんだから、世話ねえや!!
「あんまり難しいのだと、パパ凹んじゃうんだからね?!プンプン!!」
「はいはい、拗ねるおじさんね!!かわいいかわいい!!さ、このカードをこの枠に収めてみて、ええと一応パターンは206通りで、難易度は……。」
ダメだ…誤魔化して逃げようとしても、びくともしねえ……!!
せっかくの休みの日に、脳みそをフル活動させて疲労困憊となってしまった俺は、いつのまにやら寝落ちしてしまってだな!
日の出前にソファの上で目を覚ます事になってだな!
せっかく良いところを見せようと思って頑張ったのに……、早朝から嫁にこっぴどく叱られるはめになってしまったのだった。