謎の襲撃者 2
フォーリは左手で人質の首に短刀を突きつけながら、右手でジリナに手を出した。ジリナは一瞬なんのことか分からないでいたが、弩をよこせと言っているのだと理解して、急いで手渡した。もう、弩の弓は引いてあり、あとは引き金を引くだけになっている。さっき、フォーリが準備しておいたからだ。
敵が仲間を人質にされているため、少し動きが鈍くなる。どう出るか考えている隙に、左手で人質にしていた男の首を斬ると蹴り飛ばし、続けざまに弩を構えて敵を射った。半円状に囲んでいた敵が見事に半円状に倒れていく。
しかも、胴という当てやすい箇所ではなく、首か大腿を狙った。先ほど接近戦で戦った時、革の鎧を着ている事に気がつき、胴に射っても致命傷にならないと分かっていたからだ。
すでに十人くらいが死んでいる。一体、どれほどの人数でやってきたのか。フォーリがジリナを連れて走り出した。山道を走る。月明かりがあっても、夜の山は暗い。フォーリがジリナを抱えて横に飛んだ。二人がいた場所に何かが飛んできて、近くの木に低い音を立てながらぶつかった。
ジャラジャラという金属が重なり合う音がする。鎖だ。飛んできた何かは重い分銅付きの鎖がついた武器だ。まともにくらえば、怪我ではすまない。しかも、鎖というのが戦いにくい武器だ。剣や刀では切れない。しかも、一人ではなかった。
フォーリはジリナを抱えて、さらに数回、鎖の攻撃をよけた。だが、とうとう飛んできた鎖を払い避けようと、鉄扇を出した右腕を鎖に絡め取られた。
こんな時でも冷静に弩に矢を装填しようとしているジリナに、別の鎖が迫る。フォーリは近くの小石を蹴り上げ、分銅とぶつけて軌道を変えた。ジリナがその音で急いで木の陰に隠れる。
だが、そんな時間稼ぎも長くできるものではない。さらにフォーリの動きを封じるため、鎖が飛んでくる。その時、ビューッという風切り音がした。ヒュン、とフォーリの耳元を何かがかすめ、敵の眉間に見事に当たり、敵が倒れた。飛んできた何かは小石だ。
さらに誰かが走りながら、石投げで石を投げてくる。その隙にフォーリは、自分の右腕に巻き付いている鎖を使って逆に敵を絞め殺した。敵がさらに三人減った。
「ポウトか。助かった。」
「殿下のご命令だ。」
二人は同郷の出身だった。フォーリは倒した男から鎖を奪い取った。ポウトはさらにいくつか小石を拾う。普通、石投げにはそれに見合った石か、それ専用の石があるのだが、ポウトは石投げの名人でどんな石でも石投げに使ってしまう。重心が狂うと投げられないのが普通だ。
二人はジリナを連れてさらに走った。ニピ族が二人になれば、怖いものなしと言っていいくらいだった。とうとう村の麓近くまで下りてきたが、敵もなかなか引き下がらない。
「ポウト、お前は彼女を連れて先に行ってくれ。」
「お前は?」
「彼らを始末する。このままでは屋敷まで敵を案内することになる。」
「分かった。」
二人は頷き合うと、ポウトはジリナを連れて走り出した。先に行く。
フォーリは比較的開けた場所で敵を迎え撃った。奪った鎖を使って追ってきた人数を確認した。全部で五人。それ以上はいないようだ。
(五人ならなんとかなる。)
フォーリは計算すると、鎖を振り回した。フォーリが投げた鎖と、敵が投げた鎖が交差して絡み合った。こうなると使い物にならない。その隙に剣で一人を斬った。急いで木の陰に隠れる。間合いの長いものは、狭い空間では使いにくいものだ。
小石を拾い、わざと投げて物音を立てる。敵が思わず鎖を投げ、木の幹に絡ませてしまった隙に刺す。あと三人だ。同じようにしてさらに二人を誘い出し、同時に出てきた所で木の陰から一人の背中を押して同士討ちさせる。派手に二人は転び、一人が気がついて他の武器を取ろうとしたが、その前に二人を討ち取った。
あと一人だ。最後の一人は生け捕りにするつもりだ。警戒してなかなか出て来ない。こうなると我慢比べだ。小さな音も聞き逃すまいと、耳をそばだてる。
ガシャン…!と突然、金属の派手な音がして、一瞬、フォーリはのけぞった。カサッと小さな音を立ててしまう。
(しまった…!)
何かが飛んできて、フォーリは隠れていた木の陰から飛び出す。その瞬間、さらに鎖が飛んでくる。それを躱しながら、着地した。その瞬間、視界に人影が写った。まだ、隠れていた人物がいた。確認していない敵だ。短刀を間違いなくフォーリの腹に突き立てようとした。だが、帯の間に挟んでいる革製の物入れに邪魔されたらしく、敵が一瞬怪訝な表情をした。
そういうこともあるだろうと、帯にはそういうしかけをしてある。剣で相手の胴を薙いだ。だが、相手も飛び下がって致命傷にはならない。少しかすった程度だ。
もう一人が飛びかかろうとしてくる。
「やめろ…!」
フォーリを刺そうとした男が制した。
「こいつには構うな。実力はかなりのものだ。カートン家に下り、その後、貴族や金持ち連中の犬に成り下がった連中とは違う。お前は引き上げる準備をしろ。」
残っていた男の気配が消えた。
「悪かった。お前達を見くびっていたよ。お前一人に何人も殺された。ニピ族の伝説と伝統はまだ生きていたんだな。少し安心した。あの若様と呼ばれている王子には、しばらく私は手を出さない。」
(…私は?仲間がいるのか?)
「ここまで追い詰められたのは、実に久しぶりだ。久方ぶりに殺されるかと思った。
そのお礼にいくつか教えよう。想像の通り、あの記憶を失っていた男の記憶を取り戻させ、使ったのは私だ。あれも私達の仲間だったが、長く行方をくらませていた。見つけたと思ったら記憶を失っていた。だが、上手いこと使い道が見つかったということだ。
あの男は優秀だった。だから、死んだのは惜しかったよ。」
男は言って笑った。
「…ところで、一つ助言しよう。早く屋敷に帰った方がいいぞ。大事な王子様に何かが起こっているはずだ。」
「…何?」




