王太子の来村Ⅱ 7
フォーリが屈んでオルの右足の靴を脱がせた。靴下を履いているが、脂汗やら冷や汗やらかいているのでぐしょぐしょになり、蒸れて悪臭を漂わせているが、フォーリはものともせず、その靴下も脱がせた。
この部屋はもともと作業部屋だったらしい。それを使用人の仮の休憩所にしているような感じだ。フォーリは戸棚や引き出しを開けて何かを探していたが、これがいいな、と呟いて戻ってきた。その手には千枚通しが握られている。拷問に使用するつもりだ。
つまり、利き手の左手だけではなく、右足もその犠牲にしなければならないということだ。左手と右足にするのはわざとだ。脱走しにくいようにそうする。ということは、じわじわといたぶっても今すぐ殺すつもりはない、ということでもあった。
「私はある程度、あの毒について予想を立てていた。だから、昨日、証拠を持ってきた。」
フォーリが千枚通しを手の中でもてあそびながら言った。
「お前は養蜂をしている。ベリー先生に話を聞き、もともと花をつける植物で人里から離れた、冬も比較的温暖な山林に自生する毒草だと知った。ここは、冬でも比較的温暖で、しかもリタの森に続いており、人里離れた山林がある。
お前の巣箱の場所を徹底的に調べた。当然村に近い場所には置いていまい。だから、獣道でその先に続く開けた所がある場所を探し、見つけた。リタ族がクラーと呼ぶ植物の群生地だ。そこにお前の秘密の巣箱を発見した。
お前が知っている植物、ということは私達も当然知っている。猛毒だからだ。だが、カートン家の先生方ほど、すぐに何の毒かは判別できない。だから、ベリー先生がすぐに毒の判別をして下さって助かった。
お前はクラーの花の蜜を集め、それを煮詰めて純度を高めた。クラーの毒は煮詰めれば煮詰めるほど、純度が高まるという。だが、お前が作ったものほど純度を高めた毒は初めて見たそうだ。
お前は、クラーの純度を高めた蜂蜜の結晶を乳鉢などで粉末にし、若様用のパンに振りかけた。セリナの話から、私と若様が同じ食事を採ることも知っていたはずだ。あわよくば護衛の私も、一緒に毒に当たって死ぬことを目論んでいただろう。」
フォーリの指摘にさすがのオルも笑い飛ばす余裕はなかった。まさか、そんな短時間で毒草の群生地を発見されるとは思っていなかったし、誰も知らないはずなのだ。ジリナだって知らない。言ったことはないし、たとえ後をつけられたとしても撒く自信がある。
先日、わざわざ蜂蜜を買いに来たのは、巣箱の位置を確かめるためか。どの辺に普通の蜂蜜を採る巣箱を置いてあるか確かめ、ついでに山奥に繋がる獣道を見つけていたのだろう。抜け目ない男だ。
「お前なら、ば若様とセリナが仲良くなるのを待っている間に、山道のあちこちに仕掛けを作っておくのは、わけもないことだ。村人のほとんどは、木の管理が苦手なのでお前に任せきりな所が多いし、普段の様子からしてお前がやっていることに口出しはしなかっただろう。危ないのではないかという指摘が出ても、何か理由をつければ、みんな納得したはずだ。
もしかしたら、知らずに仕掛け作りを手伝わされた村人もいるだろう。勘のいい者ならば、お前ではないかと気づいた者もいるはずだ。だが、ジリナにもお前にも村人達は太刀打ちできないから、気づいた者も黙っていた。自らに災いを招きたくないからな。
お前はそれをいいことに、一度失敗したのにもかかわらず、もう一度、仕掛けを作り直した。そして、殿下の馬車と分かっていて丸太が転がるようにした。
だが、お前は見栄えのいい馬車には、殿下と若様が乗ることはないだろうと考えた。商人と共に付いてきていた者に、仕掛けの縄を切ることと、矢を射かけることを頼み、お前自身は村の裏手の小道に向かった。若様が殿下と共に同乗しておられるとふんだからだ。
お前は今日しか機会はないと焦り、自ら手を下そうとして私達に掴まった。」
オルの背中に冷や汗が流れた。今までこんな恐怖を感じたことがないほど、今、恐怖を感じていた。決定的な失敗をしていたことに気がついたのだ。目の前のフォーリは、王太子も共に手をかけようとした事に激怒している。
つまり、王子は王太子の命で護衛しているのだ。本来、この男が主に選んだのは、あの王太子だということになる。
「…お前、本来は王太子に仕えていたのか?」
「…一体、何が言いたい?」
「いや、お前は本来の主に仕えているわけではないから、王子が死にかけてもすぐに私を捕らえに来なかったのだな。なりふり構わず、怪しいとふんだ時点で私を殺しに来るかと思っていた。お前自身、気がついていないのかもしれないが。」
フォーリが一瞬、目を見開いた。オルの指摘は当たっていたのだろう。次の瞬間、無言のまま猛獣のように襲ってきた。的確に首の頸動脈を締め上げられ、すぐに気が遠くなっていく。扉が開いてバタバタしている音が最後に聞いた音だった。




