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王太子の来村 8

 グイニスが眠ってしまったので、タルナスはそっと立ち上がり、隣室に移動した。声はあまり聞こえないが、気配は感じられる距離だ。

「…ランゲル、助かったぞ。さすがはカートン家。気づかれずに自然に眠ったな。」

 タルナスは王太子に随行(ずいこう)してきた宮廷医のランゲルに言った。タルナスはグイニスの顔色を見るなり、何かあったことが分かったが、グイニスが起きている限り、フォーリが口を開かないことが分かっていたので、グイニスを眠らせるようランゲルに命じた。もちろん、グイニスの体調に触らないよう配慮している。

「さて、フォーリ。何があったのか、説明して貰おう。」

 フォーリはタルナスが来たら、そうなると分かっていたので今までの経緯を説明した。

「…それで、誰が犯人なのか目星はついているのか?」

 フォーリは頷いた。

「はい。先日、様子を見ましたが、疑われているとは思っていないでしょう。殿下が来られるということで、準備にかこつけて呼び出し、ヴァドサ隊長に見張って貰いながら仕事をさせましたが、気づかれているとは思っていない様子です。ただ、油断はできません。」

「…ヴァドサに?彼の仕事ぶりはどうだ?」

「仕事も人柄も非常に真面目です。若様もヴァドサ隊長を信頼しています。私が側にいられなくても落ち着いていられるようになったのは、彼が護衛に来てからです。」

 タルナスは驚いて思わず聞き返した。

「グイニスが?お前がいなくても落ち着いていられると?」

「はい。実を言えば、ここに来て間もなくの頃、お一人でお出かけなさってしまったのです。おそらく、ヴァドサ隊長に剣術を含めた護身術を習うようになり、自信がつかれたからでしょう。」

 タルナスは心底、驚いた。グイニスは母カルーラが目の前で罪人を処刑したりしたせいで、剣などを非常に怖がるということを聞いていた。

「…お前ではなく?」

 フォーリは多少、悔しそうに頷いた。

「はい。私も以前から基本的な事はお伝えいたしておりました。しかし、剣などは非常に怖がられておりました。それで、なかなか訓練は進まなかったのです。しかし、ご自分でヴァドサ隊長から剣術を習うと仰って、習うようになりました。」

 意外な展開にタルナスは驚いていた。謁見した時、彼は緊張しまくっており、冴えがある人物とは思わなかった。

「…謁見した時、冴えも切れもある人物だとは思わなかったが。私には凡庸で愚鈍にうつった。」

 かなり辛口な評価である。でも、タルナスは自分の判断基準が厳しいものだとは、これっぽっちも思っていない。

「殿下、確かにヴァドサ隊長は愚鈍に見えるほど愚直かもしれませんが、善良で正しく真面目です。噂とは正反対の真逆な人です。正義感も強く真っ直ぐで筋が通っているし、優しく親切ですが優柔不断でもない。そんな人柄なので、若様も心を開いたのです。」

「お前がそこまで評するとは珍しいものだな。」

 思わずタルナスが言うと、フォーリは一瞬黙り、それから口にした。

「…殿下。彼は出世にこだわっておらず、どんな仕事も文句を言いません。親衛隊の隊長なんです。他の人なら文句を言うことはいくらでもありますが、彼は一言も文句を言いません。」

 タルナスは思わずフォーリを見つめ返した。その意味を十分に理解している。そう親衛隊に配属されるということは、大変な栄誉だ。そして、同時に国王軍の中でも相当の出世と言える。親衛隊に配属された時点で、荷物運びなどを嫌がる者は多い。自分達はそういう仕事をする者ではない、という自負が傲慢にも繋がっているのは事実だ。

「どういう仕事をさせた?…グイニスは使用人がほぼいない状態でここに来ている。お前達がしなくてはならない仕事も山ほどあるだろう。本来なら、大勢の使用人がいておかしくないのに、ベブフフが誰一人送らなかったと知って、後でかなり腹を立てた。親衛隊が雑用に根を上げて仕事を放棄する可能性もあった。おそらく、ベブフフはそれを目論んでいたから、村人の保護を理由に馬でさえ与えないという暴挙に出た。」

「ほぼ全ての雑用です。ヴァドサはいろんな仕事ができます。聞けば彼は家での立場が微妙で、子供の頃からなぜか父が彼にだけ厳しく、半分使用人のような扱いを受けて育ったようです。

 そのため、掃除だろうが薪割りだろうが(こえ)汲みだろうが、文句を言わずにしてくれます。毒味役が死んだので、自分達で食料を調達していますが、村から鶏を買ったので、鶏小屋を一緒に作って欲しいと頼んだら、部下達と作ってくれました。私が手を出さずとも良かったです。燻製小屋も掃除して雨漏りを直してくれました。」

 タルナスは驚いていた。なんてグイニスにぴったりな人が親衛隊の隊長をしているのだろう。出世していなくて良かった。思わず笑ってしまった。

「ははは。これは、ベブフフも母上も計算外だっただろう。親衛隊が根を上げて、お前達に反旗を翻すことを目論んでいただろうに。実に痛快だな。それにしても、お前以外にこんなに仕事が出来る便利な男がいるとは思わなかった。」

 するとフォーリは深々と実感を込めて頷いた。

「私も想像外でした。ヴァドサ隊長は非常に便利です。ですから、殿下、彼が若様の護衛から外れることのないようにして頂きたく存じます。」

 便利、という部分に力がこもっている。

「ところで、その襲撃の時、親衛隊も何人か怪我をしたと?」

「はい。ヴァドサ隊長でなければ、若様はお守りできなかったかもしれません。彼の機転で助かりました。」

 タルナスは考え込んだ。命がけで守ったとはいえ、本来なら護衛隊長を免職してもおかしくない事態だ。

「グイニスはおそらく、任を解くと言ったら反対するだろうな?」

「はい。」

「分かった。私からも父上にヴァドサの任を解かないようにお伝えしよう。」

 タルナスは事態を頭の中で整理した。

「後は犯人をあぶり出すことだな。」

「はい。」

 フォーリが頷いた。

「ならば、敵を油断させるため、誰か適正な人物に犯人役として一度、捕まって貰おうか。その、パンを作ってきたグイニスの“友達”辺りが良さそうだ。」

「…セリナですか。」

「うん。彼女の母親だと仕事に差し(さわ)りがあるし、警戒(けいかい)もされるだろう。王太子の私が捕らえるように命じた、と言うことにすれば、誰も疑わないはずだ。それにその彼女なら、グイニスも本人も必死になるだろうから、信憑(しんぴょう)性が増す。」

 タルナスの提案は合理的で、反論する余地もない。

「フォーリ、お前はその犯人を捕らえろ。その間、ポウトが私と一緒にいるグイニスを護衛すればいい。今ほどニピ族がいる時もないしな。」

 フォーリも最初からそのつもりだった。


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