王太子の来村 6
「辺りはお祭り騒ぎだな。」
「そりゃあ、当たり前じゃない。王太子殿下が来られるんだから。」
「…お前は忙しくないのか?セリナ。」
のんきそうに答えるセリナに、父のオルが不思議そうに、庭先から向こうの村の大通りに続く道を眺めつつ尋ねた。
「うん。忙しいのは昨日まで。先にやってきた王太子殿下のお付きの方々に色々と教えて差し上げて、引き継いだから。国王軍の方々の洗濯も、上手いこと晴れ続きでなんとか終わっておけたし。だから、かえってお仕事はなくなっちゃった。母さんだけよ、王太子殿下がいらっしゃる間も、お屋敷におつとめするのは。」
物々しく国王軍の兵士が通りに一定の間隔を開けて立ち並ぶ。その間をゆっくりと馬車が進み、村人達の出迎えと歓声に王太子殿下は、にっこりして手を振り返したりなさっている。
姉妹たちは村人達の列に加わっていた。だが、セリナはそんな気分になれなかった。村の外れの方にあたるセリナの家の近くを通っていかないと、お屋敷の方には行けない。
遠くからそれを眺めるだけだ。それでも、ご立派な馬車の窓から覗く顔はなんとなく見える。意外な事に髪は赤くなかった。だから、余計に王妃は若様を敵対視するのかもしれない、とセリナは思った。赤い夕日のような美しい髪は、王家を象徴する至高の色だから。
若様には優しくてもセリナに優しいとは限らない、王太子。両親と敵対してまでも若様を助けた従兄だという。厳しいフォーリまでもが、一目置いている様子だった。それだけ、切れる人物だということだ。だって、セリナの知る限り、フォーリほどなんでもできる、切れる人物を見たことがない。その人物が一目置いているのだから、相当な切れ者のはずだ。
だから、側に行くのが怖くもあったのだ。目が合っただけで、何もかも見抜かれてしまうのではないかと心配になって。
「お前は見に行かなくていいのか?」
父オルの質問にセリナは首を振った。
「いいの。お屋敷にお勤めしてちょっとの間だったけど、あまりこういう事には首を突っ込まない方がいいって、学んだの。ここから、拝見するだけにしておくわ。下手に声でもかけられたりしたら、面倒なことになるもの。」
「…はあ、そんなことがあるのか?」
「たとえばの話よ。それに、わたしはこれでも一応、村一番の美人で通ってるんですからね。」
「…はは、そうだったな。」
オルは笑うと作業用の上着を着込んだ。
「どこへ行くの?」
「仕事だよ。我々には関係ないことだ。巣箱を見て回っておかないと、リタの森の方からやってきた、はぐれ熊が壊すこともある。この辺は温いから熊も冬眠しないからな。それに熊が来なくても、猪が壊すこともあるし。」
「ね、父さん、実際の所、フォーリさんに会ってみてどうだった?」
父が少し張り切っているような様子なので、セリナは尋ねた。オルが養蜂をしていると知っていたので、王太子殿下が来られるに辺り、フォーリが蜂蜜を買いにやってきたのだ。
「どうって…見た目はなかなか男前な若者だったな。山道なども慣れている様子だった。まさか、山に直接、買いにやってくるとは思わなかった。まあ、冬だから蜂たちの越冬用を残して、もう取ってしまっていたから、今夏取った一瓶を渡したが。」
まんざらでもない様子でオルが話している。フォーリなら冬には山に蜂蜜はないと知っているはずだ。それでも山に行ったのは、直接オルに話を聞いてどんな人物か確認した上で、蜂蜜を買いたかったからだろうと思う。用心深いので、王太子殿下と若様に信用できない物を出せないから行ったのだ。
それにしても、フォーリも国王軍の兵士も、村の者から一度たりとも無償で何かを受ける事はなかった。
若様の食料調達のため、村人から野菜を買っていたし、鶏だって買っていた。その買った鶏に卵を産ませて、その卵を料理に使っている。鶏の世話は国王軍の兵士達が行っていた。
セリナが義理堅いとは思うけど、結局は国民の税金から出費しているんでしょ、と言うと母のジリナに違うと教えられた。王室の財政は全くの別物で、税金は一切使われないのだという。ジリナ曰く王室はいくつかの金山を所有しており、その利益で財政を賄っているらしい。
でも、意地悪な国王夫妻がなんで、若様に財産を分け与えるのか不思議だと言うと、若様はセルゲス公なので、身分に即した財産を分け与えねば、貴族達からの不評を買うとジリナは言った。八大貴族のレルスリ家がそういうことには生真面目で、徹底しているという。
『ふーん。変なの。意地悪してあげなければ、簡単に追い落とせるのに、なんでしないの?その理由が分からない。』
セリナの質問にジリナは笑った。
『それは馬鹿のやることさ。そうすれば、見た目は確かに手っ取り早いよ。でもね、考えてごらん。わたし達でさえ、今の国王様達は正当に王位に就かれたとは思っていない。ましてや貴族様や議員達だよ。わたし達以上にそう思っているさ。みんな、内心では不満に思っている。
そこで、若様から何もかも奪ってごらんよ。何も与えない。甥にそこまでするのかと、不評を買い、政がやりにくくなるってもんさ。だから、そんな安っぽいことはしない。ましてや八大貴族を率いているレルスリ家だよ。なんでも、頭を張る奴ってのは、一筋縄じゃいかないものだ。覚えておくんだよ。レルスリ家は今の国王様でさえ、簡単に追い払えないんだ。』
『…でも、若様を生かしてそんなことをして、何かいいことがあるの?貴族達の不満を買わない以外に。だって、不満を買ってもいいって、そう思って刺客を送る人だっているんでしょ。でも、今の話から言ったら、レルスリ家は刺客を送らないって話だよね。』
『お前も少しは頭が回るようになってきたんだね。若様を生かしていいことがあるさ。レルスリ家は若様を生かしてその動向を完全に把握することによって、今の国王様も、前の国王様に仕えていて、若様に復権して貰いたい貴族達も、王妃様も、そして、一応仲間の八大貴族達も、みんな一手に握って調整できるんだからね。』
セリナは考え込んだ。
『…じゃ、じゃあ、今、一番の実力者っていうか、権力の実権を握っている人って、王様じゃなくてレルスリ家ってこと?』
『そういうことさ。』
『その人の名前、なんて言うの?なんだっけ当主の方。』
『あんたね、それくらい覚えておきな。バムス・レルスリだよ。はっきり言って、ご領主様のベブフフのご当主よりも、おつむのできも顔立ちもかなりいいね。』
『母さん、その人、知ってるの?』
『…ああ、わたしが勤めている頃、ご領主様のお屋敷に来たことがあるのさ。なんて言ったって、同じ八大貴族だからね。』
この時、セリナは母の嘘の綻びに気がつかなかった。母が勤めていた頃、まだ、八大貴族は存在しなかったことに気がつかなかったのだ。
そんな話を三日前にしたのだった。




