毒味係の死
2025/07/30 改
働き始めて二ヶ月も経った頃、最初に四十人いた人員は半分に減らされていた。働きを見てきちんと動ける者、また、多少、仕事に難があっても忠実に言うことを聞く者が選ばれたようだった。
セリナもリカンナも残った二十人に入った。雇われた者は女達で、男手が必要な仕事は、周りにいる兵士が行うので必要はないらしい。女性達に回ってくる仕事は洗濯や掃除が主な仕事だ。料理の仕事はその兵士達の食事を作るこで、なぜか若様の食事を作る仕事は回ってこなかった。一人の中年の女性が、都からずっとついてきているらしく、その人が担当している様子だった。
「ねえ、なんで、若様の食事はあたし達に作るように言われないのかしら。」
洗濯をしながら、リカンナが小声で聞いてきた。ジリナが何か知っているだろうと思い、セリナに聞いてきたのだ。
「わかんない。母さんはたぶん、理由を知っていると思うんだけど、教えてくれないもの。」
セリナも疑問に思って、一度、ジリナに尋ねてみたが、言葉を濁して教えてくれなかった。せっせと洗濯をして、干していく。若様やフォーリの分はなぜか入っていないようだったが、兵士達の分があるので、結構、洗濯量は多い。だから、雇われた女性の半分以上が洗濯の担当になる。
当初は容姿端麗な若様の姿を見て、興奮していた女性達、ほとんどは未婚の村娘だったが、だんだん不安になってきていた。
一番の理由は、兵士達の様子だ。セリナも含めてみんな、兵士達は若様の護衛なのだと思っていた。だが、どうも違うらしい。時折、フォーリと対立することがある。さらに見ていると、兵士達には隊長がいるらしいことが分かった。護衛というより、監視のためにいるらしいのだ。
「おかしいわよね? だって、若様は本当は王子様なんでしょ。それなのに、若様って呼ばせることも変だし、気が狂ってるって話なのに、ぜんぜん狂ってなくてまともじゃないのよ。」
リカンナは不安そうに辺りを見回しながら、小声でさらに言う。
「分かんないわ。だけど、リカンナ、母さんが言ってた。下手に疑問を口に出さない方がいいって。知ってても知らないフリをした方がいいって言ってた。母さんは恐いけど、こういうことは正しいと思う。」
セリナが注意すると、リカンナはそうね、と頷いた。
「さっさとやっちゃいましょ。」
セリナの言葉にリカンナは頷いて、一緒に立ち上がった。
その時、炊事場の勝手口の方が騒がしくなった。悲鳴が上がる。慌てて二人は手に持っていた洗濯物を干して、炊事場の勝手口に走った。
「騒ぐな。奥の部屋に運べ。それから、ベリー先生を呼んでこい。」
すでにフォーリが雇われた村娘達と兵士達に命じていた。兵士達が使われていない板戸を使って、誰かを運び出した。人をかき分けて見ると、運び出されたのは若様の料理を担当している女性だった。口から泡を吹いてびくびくと痙攣している。思わず、息を呑む。リカンナを見ると、呆然としてその様子を見つめていた。
「何をしている。落ち着いて元の仕事に戻れ。」
フォーリはほとんどの人を持ち場に戻らせた。隊長らしき人が数人の兵士に床を掃除するように命じた。彼女が床に嘔吐したらしい。いつも掃除をする雇われた村娘達には命じなかった。
セリナとリカンナも洗濯場に戻った。洗濯物の残りを干していく。二人とも黙ったままだったが、たぶん、考えていることは同じだった。
おそらく、若様の命が狙われた。
それ以外に考えられなかった。あんなに可愛らしい王子様を狙う必要なんてあるのだろうか。いや、あの容姿で王様になったら、そりゃ、見栄えはいいでしょうけど、だからってそこまでして、追い落とさなければいけないものなのだろうか。平民の自分達には想像もつかない世界だ。