王太子の来村 1
「ね、セリナ、聞いてよ。今度、従兄上が来たら、君を従兄上に紹介したいんだ。」
体調が整い、天気のいい日は外に出て散歩していいとベリー医師から許可が出ているので、若様の散歩にセリナは付き合っていた。
「…え、あにうえって、お姉さんの他にお兄さんがいたんですか?」
「ううん。違うよ。従兄だけどあにうえって呼んでるんだ。」
セリナは考え込んだ。
「…えーと、意地悪な王様と…あ、叔父さんと叔母さんの他に叔父さんと叔母さんがいるんですか?」
「ううん。厳密に言ったらたくさんいるけど、私のよく知っている従兄の従兄上は一人しかいないよ。意地悪な叔父さんと叔母さんの息子だよ。」
とても嬉しそうな若様の様子に、セリナは意味を理解できなくて困惑した。
「…えぇ、嫌ですよ。だって、意地悪な叔父さんと叔母さんの息子なんでしょ。そんな人に紹介されたくないですよ。そんな両親の子供じゃ息子も意地悪に決まってるじゃないですか。」
セリナの言葉に、若様が足を止めて勢いよく振り返った。
「何を言ってるんだ、セリナ。セリナでも従兄上のことを悪く言ったら許さない…!」
突然、珍しく若様が怒り出したので、セリナはただただ、驚いて目を丸くした。
「若様。セリナはタルナス殿下のことを知らないのです。それではセリナも意味が分かりません。」
横からフォーリが助言したので、若様ははっとして、恥ずかしさに頬を染めた。
「…そっか。ごめん、セリナ。従兄上はただ一人、私の味方をしてくれた人だ。従兄上がいなければ、私は死んでいたかもしれない。本当に気が狂ってしまっていたかも。そうなっていれば、君とも会えなかっただろうね。
だから、従兄上は私の恩人なんだ。姉上の事もずっと気にかけてくれてる。慰問と称して会いに行ってくれたりしてるんだ。」
セリナはびっくりした。
「その、えーと。従兄のお兄さんは、両親と敵対することになるのに、若様を助けてくれたってことですか?」
「そうだよ。私のことで胸を痛めて気絶するくらい、心配してくれてる。今もずっとだ。だから、今度、ここに来てくれる。」
セリナは驚いていた。
「凄いですね。両親に対抗するって、大変ですよ。だって、わたしだって母さんになかなか抵抗できないもん。」
セリナの実感のこもった言葉に、若様が笑い出した。
「ははは、そうだね。君のお母さん、怖いもんね。なんか宮殿にいたら侍女長でもできそうだよ。」
セリナも若様も知らないことだが、若様の言葉は鋭い所を突いていた。一人知っているフォーリは、だから若様は油断がならないと思う。やはり、幼い頃、王子として宮殿で育っているためか、そういう事への嗅覚が鋭い。だから、大事な若様が知らなくていいことは、勘づかれないよう、フォーリは細心の注意を払って知らないふりをしている。今もそうだった。
「とにかく、従兄上が来たら、君を紹介したいんだ。友達ができたって従兄上にお話して、安心して貰いたい。」
セリナは困った。従兄上って言ったって、王太子なのだ。そう、簡単に会えるとは思えないし、ジリナも許しそうにない。
第一、いまいち意地悪な叔父と叔母の息子を信用できなかった。本当は若様のことが邪魔なんじゃないだろうか。自分のことをよく思ってくれる人を増やすために、若様を利用しているだけではないのだろうか。
それに、王太子の前で粗相をしないでいられるだろうか。
「でも、若様、そうは言っても母さんがどう言うか。それに、仕事の都合だってあるんですよ。きっと大忙しだから、わたしだけが抜けるわけにもいきませんよ。」
「当日、君たちがすることはほとんどないよ。だって、従兄上は王太子だから、最初から全て随行してくるから。だから、君たちがすることはほとんど変わらない。当日は掃除もないし、洗濯することくらいだよ。もしかしたら、洗濯さえないかも。」
つまり、手が空いているから来い、ということなのだ。
「若様。セリナの言うとおりそれは、難しいことかと。ですから、期待しないで下さい。殿下の保安上の問題で、村娘達はみんな家に帰すことも検討しています。」
「ええ、そうなの。」
フォーリの言葉に若様はがっかりした。仕方ないなあ、と呟いている。セリナはその横で心底ほっとしていた。




