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ベブフフ家の使者 9

「若様…!大丈夫ですか?」

 フォーリの声に振り返れば、若様がフォーリに抱きかかえられている所だった。大きくため息をつく。

「……疲れちゃった。もう、動けないよ。」

「早く、部屋に戻りましょう。ベリー先生にお叱りを受けます。」

「うん…。みんなを傷つけないで済んで良かった。みんなをびっくりさせちゃったね。」

「…若様。」

 若様の両目から涙がこぼれる。

「フォーリ、ごめん。あの人を殺させちゃった…。きっと、あの人の家族は悲しむね。」

「若様、どうかお心を痛めないで下さい。それが私の務めです。」

 フォーリは淡々と答えると、嗚咽(おえつ)を堪えている若様を軽々と抱きかかえて部屋に引き上げていった。 

 どっちが本当の若様なんだろう、と少し不安に思っていたセリナだったが、今の様子を見て分かった。若様は“セルゲス公”を演じていたのだ。本当の自分と違うから、あんなにへとへとになってしまったのだろう。

 そう考えると、若様は本当に大変なんだな、とつくづく思う。そして、あんなに優しい若様でもああいう態度をとれることに、セリナは底知れない恐怖を感じた。


 村娘達もそれは実感していた。若様の冷たさを感じる言動に驚いていた。そして、簡単に執事を殺したフォーリにも、恐れを抱いていた。

 今までの事から、フォーリが無意味にあの場面を見せたりしないと分かっていた。セリナはあの場面をフォーリがそのまま、何も言わずに傍観していたのは、村娘達にも警告する意味があって、そうしたのだと理解していた。

 恐怖を抱けば、みんなやすやすと近寄らなくなる。恐怖を抱かせる事によって、無関係の人間が巻き込まれるのを防ぐためだ。すでにセリナが巻き込まれて、殺されそうになったから。

 だから、村娘達が急に若様やフォーリのことで、きゃあきゃあ噂するのをやめたことを黙って見ていた。代わりに「あんなに簡単に人を殺せと言える人だったのね。」とか、「やっぱり、気が狂っているって本当だったんじゃない?」とか言い出しても黙っていた。彼らはそれを百も承知でそうなるようにしたのだから、訂正する必要はなかった。

「ちょっと、ひどくない?今まであんなに若様が可愛いとか、フォーリさんがかっこいいとか、あんなに夢いっぱいで騒いでいたくせに。」

 リカンナが洗濯しながら、文句を言った。

「ねえ、あんた、腹が立たないの?だって、若様だってあたし達を守るために仕方なくああしたのに。いつもだったら、真っ先に言い返しているのに、どうして黙っているのよ?あんたらしくないじゃない。」

「分かってるのよ。」

「え?どういう意味?」

「若様もフォーリさんもこうなるって、分かってあえてそうしたの。だから、わたしは邪魔をしたくないから、黙ってるだけ。」

 セリナはさらにリカンナに理由を説明すると、リカンナは(うな)って黙り込んだ。

「…ねえ、あんたさあ。最近、思うんだけど、なんかおばさんに似てきたんじゃない?」

「ど、どういう意味よ?」

 思わずセリナはぎょっとして、リカンナを振り返った。

「そんなに(おどろ)かなくても。頭の回転とかそういうことよ。」

「…そ、そういう意味ね。」

 しばらく二人は洗濯に精を出していたが、リカンナが口を開いた。

「ねえ、あんた知ってる?」

「何を?」

「あんたのおじさんとおばさん、二人ともこの村の出身じゃないんだよ。」

「え?」

「やっぱ、知らないんだね。そうだよね。あたしも父さんと母さんの話をたまたま聞いちゃっただけだし。」

「…母さんはありそうな気がするけど、父さんまでそうなの?」

 リカンナは頷いた。

「そうなんだって。赤ちゃんだったあんたを抱っこして、家族みんなで引っ越してきたんだってさ。それで、村の出身ってことにして欲しいとおばさんが、一生懸命頼むから、そうしてやろうということになったんだって。よそ者だったってなると、子供達が村での居場所がなくなるからって。

 その時に結構な額のお金を、村中の家に配って歩いたらしい。だから、もっと持ってるんじゃないかって、村の一部の人が夜中に家捜しして盗もうとしたんだけど、おじさんが強くて敵わなかったから逃げ出して、それ以来ずっと村の出身ってことになってるって。村人全員が口止め料を貰ったから、おばさんに頭が上がらないらしいよ。」

 セリナは初めて聞く話にぽかんとしていた。村中に口止め料を払うって、母のジリナらしいと言えばジリナらしいが、まさかと思う。

「だから、あたしが言いたいのはね、おばさんも結構、優しい所があるってこと。だって、子供達のために村中にお金配ったんだから。そうじゃない?それに、おじさんも普段はほとんどしゃべらないけど、結構、頼りになる人なんだってことよ。」

「そう…言われればそうかもしれないけど。」

「何よ、歯切れ悪いわね。」

「だって、もしかして、そのせいでうちは貧乏だったってこと?」

「でも、そのおかげでよそ者扱いされなくてすんでるんだよ。分かってるでしょ、この村の悪い癖。もし、おばさんが普通の人だったら、あんた、今頃、嫌な男の子供を二人か三人、産まされてるかもしれないんだよ。」

「…そうね。あんたの言うとおりよ。この年で三人の子持ちなんて嫌だもん。」

「それとね、この話、内緒だからね。あたしが知ってるって、父さんも母さんも知らないんだから。だから、誰もいない時に言ったんだよ。絶対に口を滑らさないでよね。」

「分かった。」

 リカンナにしつこく念を押され、頷き続けたセリナだった。


 二人は誰もいない、と思っていたが実は人がいた。もちろん、フォーリだ。ジリナが若様に毒を盛り、襲撃(しゅうげき)をかけた真犯人を知っていると踏んだので、その手がかりをつかむため、できるだけセリナやリカンナ、そしてジリナ本人の周りに注意している。

 今の話からいけば、間違いなくセリナはジリナの実の子だ。おそらく、王宮とベブフフ家で稼いだ金のほとんどを村人の口止め料に使ったのだろう。大胆な女である。

 分かったのはこれだけだった。張り付いていても収穫のある話はほとんどないものである。仕方ないな、とフォーリは切り上げることにした。

 それにしても、セリナはフォーリや若様の行動をきちんと理解していた。やはり、頭は悪くない娘である。母のジリナに似て大胆でもある。この間は大事な若様を守ってくれたので、大変ありがたかった。とりあえず、いいことにして切り上げることにしたのだった。

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