ベブフフ家の使者 7
「し…執事殿…!」
使いの使いが叫んだ。
「次はお前の番だ。」
フォーリが使いの使いを向いた。
「待て、フォーリ…!」
鉄扇を振り上げたフォーリを若様が止めた。
「その者には話すことがある。」
若様の声に仕方なく、フォーリが鉄扇を下ろした。
「今だ、今のうちにやってしまえ…!」
使いの使いは叫んだ。
「まだ、やるのか!お前達の頭である執事は死んだぞ!」
シークが怒鳴った。やはり、それは一喝でお腹にビリビリ響く。いつもは静かにしているだけだったらしい。領主兵達もセリナ達と同じように、ビリビリしたようだ。明らかに戦意を喪失している者もいる。顔を見合わせて困ったな、という表情だ。
「君達ね、教えてあげようか。」
その時、今まで黙って成り行きを見ていたベリー医師が口を開いた。
「フォーリは当然ニピ族だ。凄腕だよ。それは君達も分かっているだろう。」
ベリー医師は領主兵達の前に出て彼らを見回した。
「そして、彼だけど。」
と言ってシークを指で示す。
「君達も聞いた覚えがあるだろう。大街道の事件。若様が狙われて大街道で放火も起きた事件のこと。その時、若様を抱えて一晩中、敵を斬り続けたのがこの人だ。
フォーリともはぐれちゃってね。たまたま、ヴァドサ隊長が若様を抱っこしてたけど、仕方ないから一人で敵を斬りまくったわけだ。分かってるだけで、一人で一晩のうちに三十人だよ。」
一晩のうちに、三十人も若様を殺すための暗殺者が送られたことに、セリナは驚いた。それは、ジリナも村娘達も同様だった。
「彼の部下達が他にも斬ってるから、総計でどれくらいか正確には分からないけど。全部で結局、百人近くいたか…越したくらいだったな。もちろん、フォーリもいるし。」
絶句してしまった。若様を殺すために百人の暗殺者?セリナは身震いした。そして、若様がシークが親衛隊の隊長でないと嫌だと言った理由が分かった気がした。どれだけ怖かっただろうか。百人も自分を殺しに来るのだ。
それから、守ってくれたのだから、どれほど心強かっただろう。若様がシークに甘えるような声で、話す理由も分かった気がした。
フォーリ一人よりも、絶対に心強いに決まっている。だって、二十人の護衛の長なのだから。
「それでも、やる?親衛隊に選抜されるだけで猛者だって分かってるだろう?君達だって。そんな相手に本当にやる?この人は真面目な隊長殿で、練兵もきっちりしているよ。はっきり言って、この人が持つ武器が箒でも君達は勝てない。」
領主兵達がざわついた。
「なにくそと思うだろうけど、今ので分かっただろう。剣を抜いてないんだよ。剣を抜いていない相手にそのざまで、本当に武器を持った彼に勝てると思ってるわけ?」
領主兵達が悔しそうだ。本当にそうなのか、疑わしく思っている者もいそうだ。これじゃあ、戦意の喪失よりも焚きつけているんじゃないだろうか。セリナは心配になった。
「じゃあ、聞くけど、寝込みを襲われて何人までなら君達、勝てると思うわけ?自分の実力で。」
使いの使いは何か言いたそうだったが、フォーリが襟首をつかむと黙った。そもそも、頭の二人が捕まった時点で終わりなんじゃ?というか、一人は死んだし。
「ほら、君、遠慮しないで答え給え。」
ベリー医師はなぜか、領主兵の一人を指名した。領主兵は困惑していたが、仕方なく口を開いた。
「…一人か…上手くいっても二人。そもそも、深く眠って熟睡していたら、その時点で終わりだ。勝てる見込みは全くない。」
ベリー医師は頷いた。
「その通り。彼は七人を返り討ちにした。」
領主兵達に衝撃が走った。誰かが嘘だ、と言ったがベリー医師は反論した。
「嘘なもんか…!部屋中、血みどろだった…!天井から壁から全部…!だから、フォーリも若様も血みどろにするなと、彼には言うんだよ。ぶち切れたら恐ろしい事態になるからね。ニピ族も真っ青だな。」
シークが微妙な顔でベリー医師を見つめていた。
「ベリー先生。若様のお加減が悪そうです。」
戦意を喪失させようと試みているベリー医師に、ベイルが声をかけた。
「ふむ。そういうわけで、君達、解散。」
領主兵達は顔を見合わせている。
「整列…!」
シークが一喝した。途端に領主兵達が思わず、という感じで整列した。
「全員、指示があるまで外で待機…!右から順番に出て外で待機…!外の戦闘態勢の者達にも伝えろ!お前達の頭の一人は死に、もう一人も捕まったと…!分かったな!」
「……。」
「返事だ!分かったな!」
「…は、はい。」
領主兵の幾人かが思わず返事してしまい、それに何人かが呼応して返事していた。
「お前達の部隊長だけ出て来い…!それ以外は早く移動しろ!ベイル、移動させろ。」
ベイルは数人を連れて領主兵達を移動させた。
「部隊長、出て来い!」
シークの迫力に数人が走って前に出た。
(隊長って、どんな部隊の隊長にもなれるんだ。そういう人が隊長なんだ。)
全員がそういう訳ではない。だが、セリナはそう思った。




