ベブフフ家の使者 6
それは他の村娘達も同様で、リカンナは目を見開いて彼のいる方角を見つめていた。
「でも、もっといるかもしれないって。フォーリが言ってた。だから、私はみんなを守らなきゃって思って、その人が宴会を開いて酌をしろって言ったから、酌ぐらいしてあげようと思った。でも、フォーリもベイルも絶対ダメって。」
シークの顔色が変わったんじゃないかと思う。とにかく、はっとして若様の顔を凝視している。セリナはこれは、若様の口を塞ぐべきなのかどうか、考えていた。だって、明らかに火に油を注いでいないだろうか。領主兵達もそわそわしている者が幾人かいる。
「誤解だ…!」
その時、使いの使いが大声で言った。さすがに危険を感じたらしい。
「誤解じゃない。だって、夜まで行くって言ってった。夜って何?普通の夜じゃないんでしょ?」
その時、若様の隣に立っているフォーリが怒りのあまりにぶるぶる震えだした。セリナが初めて若様と出会った時以上の殺気が吹き出してくる。
「殿下。分かりました。申し訳ありません。」
シークは言って静かに立ち上がった。これは…完全にぶち切れているのではないだろうか。
「どうして、謝るの?やっぱり、夜って悪いことだったの?」
もういいよ、若様。夜について、考えなくていいよ。心の中でセリナは言う。
「若様、それは後で私が教えてあげますからね。」
ベリー医師がそっと来て囁いていた。うん、それが一番いいって思うわ。セリナは一人で頷いた。
シークが親衛隊の輪から出て、執事達の前に行こうとすると、フォーリが追いかけてそれを止めた。
「待て。私がやる。絶対に許さん。」
「そういえば、フォーリ。お前、今までよく我慢したな。」
するとフォーリは殺気丸出しで、シークを睨みつけた。
「お前の部下達に抑えられていたからだ…!そのせいで若様を…!」
「隊長、その者達を殺しては、若様のお立場が悪くなると思い、フォーリを押さえていました。」
ベイルが説明した。
「ベイル、分かっている。だが、フォーリ。これは私がやるべきことだ。それが任務だ。」
「何を言っている!こいつらはニピ族のことも馬鹿にしている!絶対に許さん!」
「それを言ったら、親衛隊はもっと馬鹿にされている…!私達は陛下の兵だ。こんなことがあってはならない…!」
二人は執事達の前で睨み合った。本気で怒っている二人が睨みあい、火花が散っている。
(…え?二人とも、何やってんのよ…!)
セリナは心の中で叫んだ。どっちが斬るか…つまり、殺すかで揉めている場合ではない…!
「執事殿と私達を守るのだ…!」
二人が妙なことで喧嘩している間に、使いの使いが領主兵達に号令をかけ、ざっと二人を取り囲ませて守りを固めてしまった。
「ちょっと、何やってんですか、守り固めちゃった!」
セリナはとうとう叫んだ。一触即発でお互いに兵士たちが睨み合っている状況だ。村娘達は怯え、斬り合いになりそうな雰囲気に震え上がった。しかも、親衛隊、つまり若様側は圧倒的に少ないのだ。
つまり、村人達を守る側が圧倒的に少ないのに、仲間割れして喧嘩している場合か!?どっちが斬るかで。
「ほんとだよ、あんた達、何やってんだい!」
その時、ジリナの怒声もした。後ろからジリナも様子を伺っていたのだ。
「これだから、男ってのは…!張り合ってる場合じゃないだろ!」
ジリナはつかつかと近寄ってきて怒鳴った。
「あんた達、娘達の命もかかってんだよ!村人の命もだ!ちゃんと守ってくれるんだろうね!」
すると、二人はジリナを振り返って同時に答えた。
「問題ない…!」
「問題ない…!」
問題ないだと!?これのどこが?セリナはそわそわした。リカンナ達も同様だ。
「分かった。フォーリ。その男はお前がやれ。」
仕方なく、そこは隊長のシークが折れた。やはり、いつもの展開だ。
「いいか、お前達、人数は圧倒的に我々が多いのだ…!やってしまえ!親衛隊だということは気にするな…!」
「その通りだ!死人に口なし、全員口封じに殺してしまえ!」
執事と使いの使いが叫んだ。領主兵達は一斉に剣を抜いた。やはり、斬り合いになりそうだ。どうしよう。どうやって逃げたらいいのよ…!周りは領主兵だらけなのに…!
「おい、ヴァドサ。こいつらはお前がやれ。ただし、血みどろにするな!」
何、無茶苦茶言ってんの!?セリナでも分かる。剣を抜かなきゃ死ぬだろう。というか、剣に対して剣にどうやって対抗するというのだ。向こうは抜いてやる気満々なのに。
フォーリの言葉に耳を疑っていると、若様がさらに言った。
「…ヴァドサ隊長、フォーリの言うとおりだ。血を流せば、きっとみんなが驚いてしまう。だから、血を流さないようにして。」
(何を言ってるのよ、若様…!無理に決まっているじゃない…!仕方ないよ、怖いけど、死ぬ方が怖いもん…!気持ち悪いけれど、我慢する…!怖くても死ぬ方が怖いもん!)
シークは一度、若様を振り返った。そして、セリナが『私達、怖くても気持ち悪くても我慢するから剣を抜いて下さい!』と言う前に、ジリナも含め、村娘達や領主兵、そして、執事と使いの使いが驚くことを口にした。
「承知致しました。仰せの通りに。」
一瞬、間が空いた。みんなえっと息を呑む。
「ふ、ははは…!愚か者め…!ちょうど良いぞ、やってしまえ…!」
使いの使いが大声を張り上げた。
「行け、やるのだ!」
それを号令にして、領主兵達がかかってきた。フォーリはさっき、人にやれと言っただけあって、動こうとしない。そして、親衛隊員達も動こうとしない。隊長がやられるかもしれないのに。
(助け合いなさいよ…!)
心の中でセリナは怒鳴った。実際には怖かったので、言わなかった。というか言えなかったのだが。
何があったのか分からなかった。領主兵達は三人ほどが床に転がっていた。確かに剣を抜いてシークに向かって、かかっていたはずだったが。
「何をしている…!」
使いの使いが焦って怒鳴った。だけど、本人達が一番、何が起きたのか分からなかっただろう。
みんなぽかんとしていた。そして、次に別の者達が慌てて飛びかかったが、次々と床に転がされた。何かシークは少しだけ体を動かしているが、手を動かしたか何かしただけで、次々に倒れていく。すでに七人ほどが床に転がっていた。
セリナは思い出した。若様と最初に会った時、若様は肩に手をかけた青年を投げ飛ばした。その技に驚いたが、シークの技と似ている。
きっと、彼に習ったのだ。てっきりフォーリに習ったのだと思っていたから、それはセリナには意外だった。いや、よく考えれば違うかも。確かに若様はシークに剣を習っている。その現場を偶然、見たことがあった。きっと、この体術も習ったのだろう。
「フォーリ、空いたぞ。」
そう、確かにそうだった。七人も転がれば、執事の前はがら空きになった。
「言われなくても、行く。」
フォーリが言い終わった時には、執事の前に跳躍して着地していた。
「!」
親衛隊や若様以外、みんな驚いた。命乞いをする暇さえなかった。フォーリはためらいなく、執事に鉄扇を振り上げて下ろした。それだけで、執事はもんどり打って倒れた。




