盗み聞き 1
セリナは落ち込んでいたのだが、復活した後もすぐには元気になれなかった。やっぱり色々と考えてしまう。
一人になりたいのもあって、箒を持って裏の通路など、みんながやりたがらない所の掃除に向かう途中、ベリー医師の後ろ姿を目撃した。
(考えてみれば、先生にも一応、心配かけたしお礼っていうか、言っておいた方がいいかも。)
セリナは何気なしに、そう思ってベリー医師の後を追った。だが、ベリー医師は盆を持って歩いているのに、足早にどんどん進んで行ってしまう。呼び止めるにも少し距離が遠い。それに、いつもジリナの目から隠れて仕事をしているセリナには、ピンとくるものがあった。
(何か隠してる。知られたくないことなんだ。)
すぐに分かって引き返そうとしたが、急に一体何の秘密なのか知りたくなった。一時、そこで行くか行くまいか足踏みしたが、結局、誰も見ていないし、好奇心に負けて付いていくことにした。
それに、ベリー医師が持っている盆の中身はきっと薬だろう。若様に持って行っていた盆と同じだ。だから、間違いないはずだ。
セリナが急いで後を追うと、ベリー医師が角を曲がって建物の中に入り、階段を上って行く所だった。セリナは箒を近くに隠すと、四つん這いになって後を追った。
母のジリナの目をくらませるために、身につけた技だ。リカンナは上手くいかないと言ったが、セリナはけっこうこれで、ジリナの目をくらませている。
セリナは四つん這いのまま、階段を上った。あんまり、この建物の周りに来たことがないので、初めて入る建物だった。建物の中は案外綺麗だ。階段も掃除されていて、あんまりゴミが落ちていない。誰かが掃除しているとしか思えなかった。
踊り場の先に廊下が続いていて部屋があり、ベリー医師は一番奥の部屋に入っていった。セリナはそうっと四つん這いのまま、近づいた。部屋は広く、手前の部屋に続いて、さらに奥にも部屋がある。ベリー医師はそこの一番奥に入っていった。
薬を持っていくということは、誰かが休んでいるというか、薬が必要な状況だということである。一体誰なのか、考えつかなくてセリナは首を捻った。親衛隊のけが人達は医務室の近辺にいる。
(そんなに具合悪そうな人、いたっけ?)
セリナはとりあえず、手前の部屋の中に入った。ここには扉がついていなくて、奥の部屋にだけ扉がついているようだ。出入り口近くの壁に身を寄せてしゃがんで様子を伺う。
「具合はどうですか?」
ベリー医師の声が聞こえた。静かなので声がよく聞こえる。
「おかげさまで、だいぶ良くなりました。」
「!」
セリナはびっくりして、声を出すところだった。
(隊長さん!?)
この声はシークの声だ。
「確かに、今朝よりは顔色が良くなったかな。先日、かなり無理してますからね。少し、回復が遅れている。しかも、若様の治療を優先させ、さらに君の部下達の治療を優先させたから、あなたが具合悪くなっていることに気がつくのが遅れてしまった。
フォーリも怒っていましたよ。なんで無理したのかと。やせ我慢しているのに、気づかなかったと言ってました。しかも、あの後、殺したかったら殺せとか言ってきたと言って、相当怒っていました。具合悪いのにうろうろして、セリナの前にも現れて、声をかけているそうですしね。」
「はは、フォーリは相当怒っているようですね。自分で言いに来ない所をみると。」
「笑い事ではありません。もし、矢に毒が塗ってあったら、今度こそあなたは死んでいた。間に合わなかった。毒矢でなくて良かったですよ、全く。」
ベリー医師は怒っている。
「そうですね、毒矢だったら、部下達の命も危なかった。」
「あなたが一番、危なかったんですよ、ヴァドサ隊長。実際に、あれだけ矢を受ければ、革の胴着を着ていても貫通した矢がいくつかあったんですから。」
セリナはドキッとした。貫通した矢がいくつかあった?セリナは若様の毒のことに気を取られて、ずっと忘れていたが、考えてみれば助けてくれたのは、シークとその隊員達だった。
丸太の時は彼の隊員達のうちの誰かで、矢の時はシークが自分を盾にしてかばってくれた。セリナはそのことに気がついて、青ざめた。助けて貰ったお礼さえ、言うのを忘れていた。
「本当にうちの娘を助けて頂いて、本当にありがとうございました。」
「!!」
(か…母さん!?なんで、こんな所にいるのよ!?)
冷静になって考えれば、セリナの方がなんでここにいるのかと問われる立場なのだが、ジリナの声にセリナは一気に冷や汗が吹き出してきた。
「ジリナさん、もう何度もお礼も謝罪も言って頂きました。そんなに謝らないで下さい。」
シークが困ったようにジリナに言っている。
「ですが、そういうわけには…。あの馬鹿娘は、フォーリ殿に助けて貰ったとばかり繰り返して、だから、フォーリ殿にお礼を言いに言ったら、自分ではないと詳しい話をしてくれたから、分かりましたけど、そうでなかったら今も分からなかったでしょう。全く。
何度も顔を合わせていたのに、今頃になってお礼を言うことになってしまって。しかも、娘を気遣って頂いて…。」
「ジリナさん、それよりも娘さんのセリナが無事で本当に良かった。巻き込むことになってしまい、本当に申し訳なく思っています。セリナも怖かったでしょうし、相当動揺したと思います。どうか、そんなに怒らないでやって下さい。」
セリナはシークの言葉に胸が詰まった。今まで彼に対して無関心だったし、地味な人だとか思っていたが、こんなにいい人だったとは思わなかった。
掃除を手伝ってくれたことがあるので、悪い人ではないと知っていた。それに、リカンナがセリナの頼みで親衛隊の動きを見張っている内に、隊長のシークに片思いしていることはこの事件が起きる前に知っていたが、どうしても若様やフォーリに見劣りしてしまう。
隣の領地の女性領主のシェリア・ノンプディに、ここに来る前に言い寄られていたと言う話も、親衛隊員のモなんとかが話していて知っていたが、地味な人という印象が拭えていなかった。
(…う。リカンナの気持ちが分かるかも。こんなにいい人なんて。十歳以上離れていても伴侶に選びたくなる気持ちは分かるかもしれない。地味だけど顔は悪くないもんね。それに…何より母さんが遠慮してる…!)
セリナは母の恐ろしさよりも、いつも鬼のように怖い母がどんな顔で遠慮しているのかが気になり、奥の部屋に近づいた。扉は開けっぱなしだ。誰もいないと思っているからだろう。




