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セリナの本心 2

 セリナは自分でも(おどろ)くほど、不満げにたらたら文句を言った。

「多くの人は勘違いをしている。ニピ族は最初から失敗しないのだと。でも、それはまったく違う。先人達が多くの失敗を繰り返し、少ない成功から失敗をしにくい事例を見つけ出し、経験を積んで今がある。

 我々は護衛という任務の特性上、多くの死に向き合わなければならない。任務のために殺さざるを得なかった命、助けられなかった仲間の死、守るべき主の死、そして、自分自身の命。多くの屍の上に我々の今がある。」

「……。」

 難しかった。逃げたいのに逃げられない。ただ、フォーリが生半可な覚悟でここにいる訳ではないのだ、ということが分かる。

「まだ、聞きたかったら、カートン家一門のベリー先生に聞くといい。」

「……。」

 別に聞きたくはない。でも、そんなことは言えなかった。

「カートン家一門が今までにどれほどの人を殺してきたかを。」

 セリナはぎょっとして、フォーリを見上げた。

「そんな言い方、ないんじゃないんですか!?だって、多くの人を治しているのに、ひどい言い方です!」

「ようやく、反応が出てきたな。ひどくない。我々の護衛でさえ、多くの人の死の上に今がある。直接、人の命に関わる医者の家門だ。一体、どれほどの命に向き合ってきたと思っている。まあ、お前の頭は悪くないのだから、よく考えてみることだ。」

「おやおや、フォーリ殿はまだ十代の少女にも随分(ずいぶん)、手(きび)しい。」

 当のベリー医師がやってきた。

「命に関わる。厳しくしなければ死ぬ。それに膿はだいたい出きっただろう。」

「まあ、その後の治療は医師の役目ですからな。」

 ベリー医師がやってきたところで、フォーリは戻っていった。セリナとリカンナはどうしたらいいか分からず、戻ろうとする。

「君たちはまだだ。仕事があるなら、とっくに君のお母さんが呼びに来ている。」

 ベリー医師に引き留められ、二人は困惑した。

「先ほどのフォーリ殿の言ったことだけど、あれは本当のことだ。カートン家一門は、それは数え切れないほどの人を殺し、その命の上に今がある。」

 セリナは殺すという表現に抵抗があった。

「でも、先生、殺すって。おかしいでしょ、人を治しているのに。」

「治せる人もいるが、治せない人も大勢いる。全員を助けられるわけではない。神でもあるまいし、失敗もなく助けられるとでも?私だって、治せなくて死なせてしまった人は何人もいる。治療法を間違い、病を逆に悪化させてしまったこともある。

 だけど、努力していないわけではない。カートン家が神のように、なんでも治せると人には思われているが、そんなことあるわけがない。我々が一番、神ではないことを知っている。

 もちろん、人を死なせてしまったら、落ち込む。ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔はつきない。多くの治せなかった人達の死の上に、今のカートン家がある。

 カートン家は、初代がカートン家と名乗る前、それまでは毒使いの一族だと思われていた。藪医者で多くの人を殺す、草や石や昆虫なんかを集める変わり者の集団。そう思われていた。

 だが、カートン家は、それまでの医師の家門が誰もやらなかったことをやった。それは、千年の長きにわたり、多くの薬草や毒草、さまざまな鉱物などを集め、それらが人にどのように作用するか、記録し続けた。

 千年間の下積みがあったから、初代は(すさ)まじい勢いで多数の薬を作り、流行病を治し、多くの医学書を編纂(へんさん)できた。先人達の忍耐と努力があったからこそ、成し遂げることができ、今も宮廷医を輩出する医者の一門になっている。」

「…せ、千年も。」

「そう。それだけ、多くの人を助けられずに殺してきたことになる。医者だって間違う。死なせないで治療できたら、それが一番いいが、いつもうまくいくとは限らない。先人達の試行錯誤の上に今がある。そして、今でも研究をし続けている。未だ人体を解明できていないから。」

 セリナは目を丸くした。

「今も解明できてないって。…それに、なんでそんなに長い間、医者であろうと決めて、子孫がそれを引き継いで来れたんですか?普通、(やぶ)医者だと言われたら、途中でくじけてしまうと思うんですけど。」

「カートン家が藪医者だと言われた理由が分かるかな?」

 セリナは首を振る。

「分かりません。」

「他の医者が敬遠するような病や怪我も、引き受けたからだ。死にそうな人もみんな引き受けた結果、死亡率が高くなり、カートン家に行ったら死ぬと人々は思うようになった。実際には治った人も多いが、人は成功例よりも失敗例の方が記憶に残る。

 その上、流行病が起こると、カートン家は必ずその地域に出向いたので、一時はカートン家が病を引き起こしていると勘違いされて、犯罪者扱いされたこともあった。

 だから、初代の前の五十年ほどは医者として生きていけないので、闇医者として生きるほかなく、その上、毒の解毒などとなれば、カートン家に依頼し、毒使いと呼ばれるようになった。その頃にはすでに、薬や毒といえばカートン家だと言われていたから。その頃には、今見つかっているほとんどの毒を知って、解毒できるようになっていた。

 そういう経緯があったから、今でもカートン家は一流の医者の家門とは認められておらず、毒使いだと馬鹿にされて風当たりは強い。少しでも間違いがあれば、宮廷医師団長の座と宮廷医の資格を剥奪(はくだつ)しにかかる。」

 セリナは信じられなかった。なぜ、二百年間も宮廷医を輩出し続けている医者の家門を馬鹿にするのか、理解に苦しむ。

「そういう中で、カートン家がくじけずに来れたのは、はっきりとした目標と信念があるからだ。全ては多くの患者を救うためであり、必ず将来、役に立つようになる。名声ではなく、必要とされること自体が私達の勝利だと考えているからだ。実際に医者と言えば、多くの人はカートン家を思い浮かべる。

 そう言う意味では、私達の勝利だといえる。多くの医者の家門が、医術を秘匿(ひとく)しようとしたのに対し、カートン家は門戸を開き、多くの人に惜しみなく教える道を選んだ。

 だから、どんなに妬みによって追い落とそうとしても、多くの人が私達を認めてくれているから、簡単に宮廷医の資格を剥奪できないようになっている。

 君にはそういう信念があるかな。信念がないと迫り来る困難を乗り越える事は(むずか)しいだろうね。」

 ベリー医師は優しくはない。さらっと厳しいことを言う。

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