ジリナの過去 1
ジリナはフォーリに呼び止められた。誰もいない廊下に移り、二人きりになる。
「あなたは、一体、何者ですか?」
フォーリは静かに聞いてきた。彼は一人だが、一切の隙が無く、逃げ出すことは不可能だ。
「ごまかそうとしても無駄です。あなたは、本当はこの村の出身ではないですね?」
言い逃れはできそうにない。ジリナはため息をついた。
「どこで、それを聞いたんです?」
「聞いた…。確かに聞いている。あなたの言葉には、この地方特有のパルゼ語の訛りがない。綺麗なサリカタ語だ。多少、訛りに似せて発音しているが、少し違う。」
ジリナは笑った。
「おやまあ。それはそれは。ニピ族の耳がいいのは本当のようだね。結構、上手くごまかせていると思ったんだけどねえ。わたしも聞きたいことがあるよ。
ニピ族は二つあるって本当かい?わたしがよく知っているニピ族は、踊りの方でね。それでも、凄いと思っていたのに、あんたはその上を行く。噂には聞いたことがあったんだけどね。踊りと舞の二つあるって。舞の方はあまり見たことがないから、検証のしようがなかったんだよ。」
ランプの明かり一つの暗がりの中で、フォーリの目が鋭くなる。
「まだ、私の質問に答えて貰っていないが?あなたは一体、何者だ?答えられないなら、質問を変えよう。あなたは首府にいたことがあるな?ベブフフの屋敷で働いていたというが、領地ではなく首府の方か?」
「ふん、やはり、騙されてはくれないね。わたしの質問に驚いて、あんたの質問はしたことを忘れてくれるかと思ったけど。」
ジリナはため息をついた。
「…わたしは、首府にいたよ。王宮で一時働いていたさ。ま、わたしも若い頃はそれなりに、美人で通ってたんだよ。」
ジリナは目の前のフォーリを見ている内に、一つの事に思い当たった。見覚えのある人物と似ている。あまり、思い出さないようにしていた過去の事実。
ここのところ、毎日、思い出さざるを得ない状況が続いている。だが、一度たりとも臭わせた事はなかった。それなのに、フォーリは勘づいている。ジリナが何か、知っている事を。ジリナは因果な関係に、思わず笑った。フォーリは黙ってジリナを見ている。何がおかしいとか、焦りを見せない所も小憎らしい。自分より年下の若造だと思うが、侮れない若造である。
「…あんたが、この質問に答えたら、全ての質問に答えようかね。」
「…質問?」
フォーリが身構える。
「まあまあ、そう恐い顔をしなさんな。わたしは逃げやしないよ。逃げられないと分かってるし。」
ジリナはフォーリを見上げた。実際にはフォーリの反応を見て、答えるかどうか決めようと思っていた。確実に反応があるはずだと勘が告げている。
「あんた、ウィームを知ってるかい?」
思いがけない名前を聞いたように、フォーリが一瞬、考え込んだ。次の瞬間、辺りが真っ暗になり、ジリナは胸ぐらを掴まれ、背中を壁に押しつけられていた。当たりだ、とジリナは思う。
「どこで、その名を聞いた?」
「…王宮だよ。」
手を放せと言っても、答えない限り無理だと思ったので、素直に答えた。
「言っただろう。質問に答えたら、全てを話すと。まあ、いいさ。その反応からして知り合い…というより、兄弟だろう?」
ジリナの指摘に、フォーリが息を呑んだのが分かった。ニピ族だって人間だ。親兄弟の情がないわけではない。むしろ、普通の人達より深いとジリナは分析していた。自ら主人と決めたら、命がけで赤の他人を守ることができるのだから。
フォーリの手に少しだけ力が加わったが、結局、力を緩め、ジリナを解放した。
「わたしはね、ウィームを知っている。顔立ちや雰囲気が似ていたから、もしやと思ったのさ。」
「それでは、仕えていたのはまさか…。」
「先の王妃様さ。ウィームはあんたのお兄さんかい?先の国王様の護衛だっただろう。」
「…王宮に仕えていたのは、間違いなさそうだな。」
フォーリはため息をついた。
「指摘通り、ウィームは私の兄だ。」
「おや、答えてくれるとは意外だったよ。」
「そういう約束だ。」
思わずジリナは笑った。
「いや、失礼。義理堅いというか、あんた、真面目な男だね。わたしはね、知っちゃ行けないことを知って、王宮を辞したんだ。そして、都にいたら危ないと思って、田舎を探して移り住んだ。ちょうど、ベブフフ家で働き口があってね。だから、今から話すことも全て、本当は墓場まで持って行くつもりだった。
でも、何の因果か、妃殿下のご子息と会ってしまうとは。それでも、こんな事態にならなければ、話すつもりはなかったよ。そして、あんたがウィームの弟だというのも、本当に何の因果だろうね。」




