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事件の後 5


 ベリー医師はフォーリを起こした。匂いの強い精油を使って起こし、身構えた。

「……。!若様…!」

 さすがのフォーリもしばらく深い眠りだったので、どこで寝ているか分からなかったのだろう。一拍空いてから、急いで上体を起こした。

 ベリー医師は起こす前に衝立(ついたて)を動かして、空間を広く取っていた。少し離れた所にいるベリー医師を確認するや、フォーリが鉄扇を握ったので、慌てて「待った!」と制止する。ベリー医師もニピの踊りができるが、本家本元の舞の一族には適わない。

 実は分裂して出て行った方を“踊り”と呼び、残った方は“舞”と呼ぶ。だから、本当はニピの踊りではなく、ニピの舞なのだ。でも、その事は一般には知られていない。知る人ぞ知る話なのである。

「待てとはどういうつもりだ?私に(はり)を打ち、気絶させたのはどういうことだ?」

「若様の頼みだ。仕方ないじゃないか。君を休ませたいと強く願われたのだ。」

「それでは、あなたが私の代わりに護衛に行くべきでした。」

 少し目が覚めたのか、いつもの口調に戻ってフォーリは言った。

「私もそうすると言ったのだが、若様がフォーリが眠っている間に寝込みを(おそ)われたら困るから、側に付いていて欲しいと言われまして。一理あると思いました。あなたと親衛隊の精鋭を出し抜いて、若様を山から拉致したのですからね。あきらめるよう、説得を試みましたが、無理でした。この機会に犯人をおびきだすと。」

 フォーリは目をしばたたかせた。

「なんということを!危険です。」

「仕方ありません。若様は言い出したら頑固(がんこ)ですよ。ヴァドサ隊長も仲間内に存在する危険因子を把握するつもりのようですし、何かあったら命がけで、若様を守ることでしょう。若様に何かあったら、死罪になる覚悟だと言っていました。彼の命がかかると分かっても、若様はやると言って聞かなった。」

 それを聞いたフォーリの顔色が変わった。もしかしたら、フォーリは何かつかんでいたのか、とベリー医師は思う。

「それだけ分かっているなら、もっと早く起こしてくれれば良かったのに!」

「…いや、実の所、もっと早くに自然に目覚めるかと思って。ニピ族が寝だめするというのは知っていたけど、君達はそれ以上だったんですな。薬の準備に没頭していたら、時間が過ぎていたんだよ。気がついたら昼前で、これは起きたらお腹も空いているだろうし、食事の用意くらいしておかないと、と思いましてな。」

 フォーリは急いで寝台から下り、ふらついた。あまりに熟睡していたので、まだ、体も頭も完全に目覚めていない。

「…おや、珍しい風景を見た。やはり、超人のフォーリ殿も人でした。」

 ベリー医師はからかいながら、用意しておいた薬湯を差し出した。

「体と頭が目覚める薬。効果は絶大だけど、猛烈にまずい。」

 ベリー医師が説明し終わった時には、薬は飲み干されていた。フォーリが眉間に(しわ)を寄せて顔をしかめている。みんなフォーリを恐れているが、結構、表情があって面白い。でも、今はからかうのはやめて、丸薬を一粒差し出した。

「これは一粒で一日動ける、栄養価の高い薬。念のため食べておくといい。私もさっき食べたから。」

 フォーリが丸薬を口に入れて咀嚼(そしゃく)を始めてから、重要な事を言う。

「実は君を起こす前に何者かが、この部屋を(うかが)っていた。若様の読みは当たっていた。もし、私が君を置いて出て行ったら、殺されてたかもね。なぜなら、あの動きはニピ族の可能性がある。」

 フォーリがベリー医師を凝視(ぎょうし)した。

「私もまさかとは思った。若様がもし、そうだったら危険だと危惧(きぐ)しておられた。それを食べてて。ちょっと厨房をのぞいてくる。食事ができたら、食べた方がいいからね。」

 ベリー医師はそこで厨房に行き、シルネとエルナを発見した。そして、置いてあるパンも。

 ベリー医師は逃げようとする二人をいとも簡単に捕らえた後、事情を聞くようにジリナに伝え、若様の書き置きとパンを持って医務室に戻る。

「こんな物があった。セリナが作ったようだ。ヴァドサ隊長の指示で置いていったようですな。食べますか?」

 ベリー医師は言いながら、何気なく一つを取って、匂いを()いだ。

「…!」

 別のパンを手に取って匂いを嗅ぎ、もう一度、最初のパンの匂いを嗅いだ。表面に被っている粉を手に取る。少し逡巡(しゅんじゅん)してから、指先についた粉をなめた。そして、すぐに吐き出し、口をゆすぐ。

「まさか、毒ですか?」

 フォーリが勢いよく立ち上がりながら尋ねる。

「間違いなく。最初は重曹の匂いだと思ったが、もしやと思ってなめたら間違いなく毒だ。しかも、珍しい毒で、銀にも反応しない。高純度に精製されている。少量を飲み込んでも、嘔吐(おうと)や呼吸不全に陥り、心拍や体温低下を引き起こし、最終的に死に至る。」

「その毒は、普通に手に入りますか?」

「まさか、手に入るわけがない。カートン家でも厳重に管理しているからね。この毒薬の原料になる薬草も厳しい管理の薬草園で栽培し、薬として精製する時も厳しい管理の下でなされる。」

「重曹の匂いと似ているということは、知らなければ間違って口にしてしまうと?」

「うん、そうだね。カートン家では長く宮廷医を排出し続けている。そのため、毒については特に時間をかけて学ばせる。そうでなければ、医者でも気がつかない。」

 フォーリはそれを聞くや否や、部屋を飛び出して行った。ジリナにセリナがいつも行くところを聞き出し、現場に向かったのだった。

 後に残されたベリー医師は、急いで解毒薬を瓶に入れ、他にも薬を用意して、後を追う。ジリナに先ほどセリナがどこに行くか聞いていたので、まっすぐに向かう。

 こうして、二人は現場に到着したという訳だった。


 セリナは話を聞いている間にだんだん、お腹が痛くなってきて、冷や汗もかいてきた。かなり、具合が悪い。セリナの異変にジリナが気がついた。

「セリナ、どうしたんだい?そういえば、その腕は治療して貰ってないね。」

 ジリナの言葉にベリー医師が振り返った。

「ああ、それじゃあ、治療してあげよう。」

「そういえば、先ほど、セリナが自責の念に駆られ、毒入りのパンを食べようとしたので、吐かせて口をゆすがせましたが、解毒薬が必要ですか?」

 フォーリの言葉にベリー医師が、弾かれたように振り返った。

「なんだって?なんて、馬鹿なことを…!私はある程度、毒にならされているからいいようなものだが、そうでない者は危険だ。」

 ベリー医師は慌てて、解毒薬を器に注いだ。

「多めに作ってあって良かった。」

 ベリー医師がセリナに解毒薬を渡し、セリナはほっとしながら器に口をつける。さっきから、そのパンを口に入れたから、毒のせいで具合が悪いのでは、と心配していたのだ。

 液状の薬を一口、口に含んだ途端、あまりのまずさに思わず吹き出した。まともにベリー医師の顔に吹きかける。

「……。」

 誰もが言葉を失い、何も言えない。

「セリナ!お前って子は!」

 一番最初に我に返ったのはジリナだった。

「ベリー先生、申し訳ありません!」

 ジリナは手ぬぐいでベリー医師の顔を(ぬぐ)う。

「ご、ごめんなさい!」

 セリナも慌てて手伝おうとするが、ジリナにぴしゃっと手を叩かれる。

「お前は黙ってその薬を頂きなさい!貴重なお薬なんだから、残らず飲み干すんだよ!今度、こぼしたら尻を()いて叩くからね!」

 母の前では何も言えない。セリナは涙目になりながら、薬を飲み干した。吐きそうになるほどまずい。若様は偉い。吹き出しもせずに飲んでいた。しかも、何度も。

「吐くんじゃないよ!吐いても同じ、尻を剥いて叩くからね!」

 頭をぴしゃぴしゃ平手で叩かれる。セリナは必死に口元を抑えて吐き出さないように堪えた。他の大人達は必死に笑いを飲み込む。薬をかけられたベリー医師でさえ、笑いをかみ堪えていた。

「ねえ、フォーリ。お尻を剥いて叩くってどういうこと?お尻をどうやって剥くの?」

「それは、衣服を脱がせると言う意味です。その後で、お尻ペンペンしますよ、という事です。」

 小声でされているやりとりが妙に大きく聞こえてきて、それがさらに笑いを誘う。

 セリナは恥ずかしさで真っ赤になりながら、必死に吐かないように堪えたのだった。

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