事件の後 4
セリナは走り出した。
「ちょっと、セリナ!一人じゃだめよ!」
慌ててリカンナも後を追う。セリナは広間に走り込むと、みんなの中心に縛られて立っているシルネとエルナの胸ぐらをつかんだ。
「あんた達!」
あまりの勢いに、セリナは二人と一緒に倒れ込んだ。
「な、何す…。」
仰向けにすっころんだ二人が、抗議する前に二人を叩いた。
「あんた達、分かってんの!あんた達、みんなを殺すところだったのよ!」
「殺すって何よ!ちょっと嫌がらせしようとしただけよ!」
「馬鹿ね!フォーリさんが言ってた!あんた達もみんなも殺して、焼き討ちにするつもりだったって!真犯人はそうするつもりだったって!」
セリナの言葉に、二人の顔がさすがに青ざめた。
「な、何よ、あんただって、若様と二人ででかけたんでしょ!その後、落石事故にあったって…。」
「違う!」
負け惜しみを言おうとするシルネの言葉を、セリナは激しく遮った。セリナの見たことがない形相に、シルネが押し黙った。
「若様は、毒で死にかかってる!わたしが焼いたパンに、なぜか毒が入ってて、それで死にかかってんの!わたしのせいで、若様は死にそうなの!
急いでお屋敷に戻る途中で、なぜか、大岩やら丸太やらが落ちてきて、それで国王軍の兵士が大怪我したの!わたしを助けてくれた人も、生きているか分からない!彼が助けてくれなければ、わたしは死んでた!その後も矢を射かけられて、隊長さんが守ってくれて、フォーリさんが来なかったら、確実に殺されてたんだから!
あんた達、みんなを殺す所だったんだよ!考えれば分かるでしょ!ただの嫌がらせで油壺を壊して油を撒けなんて、そんな事に手を貸して!家でも絶対にそんなことしないでしょうが!油は貴重だし、危ないって分かってるじゃない!なんで、そんなことができるのよ!」
セリナは泣きながら怒鳴った。
「もし、もし、若様が死んだら、わたしのせいだ…!」
あの時、父の忠告を聞いていたら。後悔しか出て来ない。
広間にいる全員が、息を呑んでことの真相を聞いていた。ジリナとて事態について知らされているわけではなかった。
「セリナ、今の話、本当なんだね?」
ジリナの声が震えていて、セリナは泣きながら顔を上げて頷いた。叩かれると思って身構えたが、叩かれなかった。
「リカンナ、悪いけどここを頼むよ。みんな、絶対にシルネとエルナから目を離すんじゃない。もし、この二人が逃げたら、二人とも死刑だ。処刑される。言い訳は通用しないよ。」
死刑、という言葉にみんな戦々恐々として、顔を見合わせた。
「いいかい、逃げなかったら、なんとかできる。だから、逃げようなんてするんじゃないよ。今からわたしが行ってくるから。セリナ、おいで。」
セリナは言われるまま立ち上がり、母の後に付いていく。
二人で医務室に戻ると、フォーリはヴァドサ隊長やベリー医師と話をしている所だった。
「遅かったな。」
フォーリの言葉に、セリナが口を開くより早く、ジリナが床に土下座して平伏した。
「うちの娘がたいそう、ご迷惑をおかけ致しました。娘が若様にパンを作って差し上げ、その結果、毒を口にしてしまったとたった今、娘から聞きました。シルネとエルナにつきましても、言い訳のしようがございません。わたしの監督不行き届きでございます。
ですが、娘もシルネとエルナにしても、田舎の娘で深く考えたわけではありません。どうか、罰するならばわたしを罰し、娘達の命だけはどうかご容赦下さい。」
ジリナの行動にセリナは目を丸くして、突っ立ったまま呆然と眺めていた。
「あなただけのせいではない。立って下さい。ちょうど話がある。」
それでも、平伏したままのジリナにシークが近寄り、立たせた。
「責任の重さで言うならば、私の方が遙かに重い。毒味をさせたため、すっかり安心してしまった。もっと用心すべきだった。まさか、若様のパンに毒の粉を降ってあったとは。あの時、みんな食べていた。セリナが一番、あの毒入りのパンを食べてしまう可能性があった。だから、セリナが犯人だとは考えていない。」
「一番、悪いのは私だ。」
掠れた若様の声がした。
「若様、ご無理はなさらず。」
フォーリが体を起こそうとする若様を支えた。ちょっとの間に意識が戻っていて、セリナは心から安心した。人生の中でこんなにほっとした事はない。
「若様、よかったああ!」
叫びながら腰が抜け、床に座り込んだ。真っ赤に泣き腫らした両目にさらに涙が盛り上がる。
若様の方もそんなセリナを確認し、はあっと息をついた。
「良かった、セリナが無事で。巻き込んでしまったから。」
話すだけで息が苦しそうだ。
「フォーリを休ませて、その間に真犯人をあぶり出そうとしたら、相手の方が一枚も二枚も上手だった。ベリー先生の心配が的中してしまって…。」
「若様。どっちみち、手段を問わずいつか実行するつもりだったのでしょう。村の娘達を使い、罪をなすりつけて逃げるつもりだった。しかし、計画は途中で失敗したので、今後、どう出るかが問題です。」
「ジリナさん、シルネとエルナから話を聞きましたか?」
ベリー医師の問いに、ジリナは、初めて村に来た商人に言われて実行した経緯を説明した。
「叔母上かな。」
また、体を横にした若様が言う。
「ジリナさん、ごめんなさい。娘さんを巻き込んでしまいました。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません。」
息も絶え絶えに若様がジリナに謝罪する。
「いいえ、謝って頂くのはもったいのうございます。謝るべきはわたし共です。」
「ジリナさん、もう、謝らないで。あなたのせいじゃない。」
酷い顔色で若様はきっぱり言った。
「セリナにも罪を問うつもりはない。今回の件で誰にも罪を問うつもりはない。村の娘達にも口止めをして。じきに話は伝わるとは思うけど、それでも、落石事故だったと通して欲しい。村の人達に余計な不安は与えたくない。ジリナさん、あなたならできると思う。やってくれますか?」
「承知致しました。必ずその通りに致しますので、ご安心下さい。」
若様は頷いた。
「それから、ヴァドサ隊長。もう一度言うけど、絶対に自害しないで。私が命じた。だから、責任を感じて絶対に自害しないで。護衛はヴァドサ隊長でないと嫌だ。命がけで私を助けてくれたのは分かってる。ヴァドサ隊長でなかったら、丸太が転がってきた時点で死んでいたと思う。」
若様は意識が朦朧としながらも、丸太が転がってきたのは分かっていたらしい。実際にあの状況で冷静に対処したことが凄いと思う。セリナは何がなんだか分かってなかった。それにしても、何度も若様が自害しないように頼むのはなぜだろう。ジリナを見ると、複雑で難しい表情をしていた。もしかして、こんな状況になってしまったら、責任を取って自害しておかしくないのだろうか。
「……若様。先にお約束しました。ですから、ご安心下さい。」
シークが答え、若様はようやく安心したように息を吐いた。
「それで、ベリー先生。もう一度、あの後の話をして貰えますか?」
若様は具合が悪いだろうに、大人達をまとめて仕切っている。
「私が異変に気がついたのは、フォーリを起こしてからです。朝の九時前から昼前まで寝ていれば、結構な時間、寝てますからね。そろそろ、起こしてそれから、何か食べるものはないか、厨房に行こうと考えたからです。」




