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散歩の事件 2

 シークは立ち上がって歩き出した。四人は剣を抜いて二人が隊長の前に出て、残りの二人は後ろを守るような隊形になった。

「ほ、他の人は…?」

 セリナは怪我人達を置いて行こうとしているのを見て、尋ねた。

「今は、若様を守る事の方が先決だ。早くしないとお命が危ない。ここでも、こんなに大勢を巻き込むように仕掛けてくるとは…!」

 ヴァドサ隊長の言葉に怒りがこもっている。よく見れば、彼は足を引きずっている。足を痛めたようだ。

「あし、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。セリナ、私の隣にいるように。急ぐぞ。気をつけろ。」

 セリナはシークの言うことを聞いて隣を歩いた。六人はようやく、普段なら長く掛かっても、百歩以内に抜けている山道を抜けた。セリナは開けた所に来てほっとしたが、シークと隊員達は(きび)しい顔のままだった。

「気をつけろ。行くぞ。」

 何に気をつけるのだろう。シークは痛めている足で小走りで進む。セリナも後を追った。木陰も何もない草原の小道を進む。ここは去年まで数年間放牧地として使っていたので、わざと放置して休ませている場所だ。来年、また使う。

 何か、空を切る音がした。

 直後にキン、と金属音がして隊員の一人が剣を振った。地面に棒状の物が落ち、矢だと分かった。狩りに使うのではなく、人を殺す武器としての矢を見て息を呑む。

「セリナ!」

 シークに呼ばれ、呆然と立っていたセリナは、隊員の誰かに襟首(えりくび)を捕まれて、シークの隣に押しやられた。

「しゃがめ…!」

 急いでしゃがもうとした瞬間(しゅんかん)、シークが若様を抱いたまま体当たりしてきて、セリナは突き飛ばされ地面に転がった。何か棒状の物がシークの背に刺さっている。人に矢が刺さっている。その光景を見て、恐怖がわき上がってきて足がすくんだ。

「隊長、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。」

 矢を剣で打ち落としている部下達に、シークは淡々と答える。震えているセリナにシークが顔を向けた。

「大丈夫か、セリナ。動けるか?しゃがんだまま、こっちに来られるか?」

 セリナは(うなず)いたが、怖くて今すぐに立って走って逃げたい衝動(しょうどう)に駆られた。

「セリナ、大丈夫だ。言うことを聞けば助かる。いいな?」

 シークに繰り返し言われ、セリナはなんとかしゃがんだまま移動した。その間にも、矢が頭の上を飛んでいったりした。

 隠れようにも隠れる所がない。ヴァドサ隊長は若様を抱えたまま、にじり寄ってきたセリナもかばい、自分が背中を向けて盾になった。このままでは、どっちみち、殺される…!

 ぐったりした意識のない若様の顔が、目の前にあった。

 生まれて初めて、死の恐怖を感じた。崖の時は若様が手を握っていてくれた。だから、死、という恐怖はあまり感じなくてすんだ。高くて恐かったけど。でも、今は違う。

「いいか、セリナ、一、二、三で、向こうの放牧地の方に走るぞ。距離を稼げば、矢も飛んでこないはずだ。」

 軽い足音がした。シークの背中の向こうに、誰かが跳んできた。フォーリだ、とすぐに分かった。右手に扇子を持っている。その扇子で飛んでくる矢を次々に打ち落としていく。生まれて初めて見るニピの踊りに、セリナは見とれた。本当に踊りだ。優雅に確実に矢を払っていく。

 やがて、矢は飛んでこなくなった。逆にフォーリが背中に背負っていた弓矢を取り、構えて矢を射る。二、三本、続けざまに射った。

「…逃したか。」

 フォーリはつぶやき、すぐにこっちを向いた。

「若様は?」

「すまない。おそらく、毒を。」

「分かっている。置いてあったパンを調べた。ヴァドサ、お前達は大丈夫か?」

 フォーリはシークの腕から若様を受け取り、軽々と抱き上げながら尋ねる。

「フォーリ……。」

 シークが答える前に、若様が少しだけ目を覚ました。

「わ、若様…!」

 セリナは若様に近づこうとしたが、シークに(さえぎ)られる。

「若様、遅くなりました。」

「ふぉ、フォーリ。セリナのせいじゃ…ない。セリナのせいじゃない。」

「分かっています。」

 若様の言葉にセリナは涙が(あふ)れた。セリナ自身が、知らずに毒物を入れてしまったかと不安なのに、若様はセリナを信じてくれている。

「やっと、追いついた。」

 ベリー医師だった。走ってきたらしい。一瞬(いっしゅん)、シークの姿を見て黙ったベリー医師だったが、すぐに気を取り直して尋ねる。

「どんな処置を?」

 若様の脈を測りながら、確認した。

「吐かせて水を飲ませました。水には炭を入れました。」

 シークが簡潔に答える。

「炭を?」

 ベリー医師が聞き返す。

「はい。いけませんでしたか?」

「問題ない。吐かせて水を飲ませたのはいい。」

 それを聞いて、セリナは心底安堵(あんど)した。ベリー医師が、なんとか意識を保っている若様に解毒薬を飲ませる。飲むのがとても苦しそうだ。むせたり、戻しかけたりしながら、若様はなんとか薬を飲む。薬を飲むと、若様はフォーリがいて安心したのか気を失う。

 複数の足音が道の向こうからしてきた。

「隊長…!隊長、ご無事で?」

 何者かを追いかけていった副隊長のベイルと、他に二人が走ってきた。

「一体、これは何事ですか!?」

 ベイルは質問しながら、意識のない若様がフォーリの腕に抱かれ、ベリー医師がいることにも気がついた。

「後で話を聞く。今は若様の治療が先だ。」

「分かっている。私は隊の怪我人を確認して連れ帰る。」

 フォーリが言うとシークは承諾した。

「セリナ、お前は一緒に来い。兵を一人、借りるぞ。」

 フォーリの言葉にシークが頷き、一人が進み出るとセリナを背負うように命じる。(おどろ)いて突っ立っていると、フォーリに(すご)(きび)しい目で(にら)まれたので、慌てて兵士の背中に負ぶわれた。

 セリナが背負われるなり、フォーリは走り出す。ベリー医師も一緒に走り、兵士も当然走った。馬を使うことは許されていないので、お屋敷には一頭も馬がいない。セリナはついて行けないので、最初から背負われることになったのかと納得した。

 なんで、こんなことになったのだろう。セリナは訳が分からなかった。なんで、同じ材料から作ったのに、若様だけが毒に当たったのだろう。まるで、若様に渡すパンを知っていたかのようだ。セリナしか知らないはずなのに。

 セリナは自分が絶体絶命の状態だと気がついた。セリナじゃないのに、犯人はセリナしかいない。恐かった。若様においしいって言って貰いたかっただけなのに。ただ、それだけなのに。なんで、こんなことになってしまったのだろう。

 兵士の背中の上でセリナは泣いた。

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