散歩の事件 1
セリナと若様が背負いかごを覗き込んで話していると、誰だ、と声がして、慌てて二人は辺りを見回した。
「村人ではないのか?」
シークが確認する。
「違います、動きが訓練された者です…!」
「気をつけろ、あまり深追いはするな!」
「分かりました…!」
シークの指示で副隊長のベイルが五人を連れて、何者かを追っていく。
「若様。」
「分かってる。」
シークに言われるまでもなく、二人はパンとお菓子をくるんでいた布を背負いかごに入れ、水筒もしまった。急いでセリナは背負いかごを背負う。
「大丈夫?」
若様が心配そうにセリナに聞いてきた。
「大丈夫ですよ、これくらい。食べ終わって軽いんですから。それよりも、早くお屋敷に帰らなきゃ。若様の方こそ気をつけてください。」
「…うん。」
若様の返事にどこか元気がない。フォーリに黙って出かけたりした時に限って、こんなことが起こっているので、ばつが悪いのかも知れない。
「もしかして、フォーリさんに怒られるのを心配しているんですか?わたしも一緒に叱られますから、今は早く帰りましょう。」
「セリナ…。ありがとう。」
若様は意外な事を言われたように目を丸くして、それから少し笑顔になった。
シーク達に守られながら、急いで丘を下る。今度はセリナも目にした。何者かが様子を覗っていて、こちらが気がつくや否や走って逃げ出したのだ。その動きが驚くほど早い。
「待て、何者だ…!」
数人が後を追っていく。
「待て、後を追うな!」
シークが止めたが、既に四人が走って行ってしまう。
「連れ戻してこい。」
二人に命じてさらに人数が減った。今、周りにいる兵士は隊長のシークも含めて八人。
「早く戻りましょう。嫌な予感がします。」
シークが若様を促した。
「…うん。」
若様の様子が変だった。さっきから、足の動きが重かった。刺客かもしれない何者かの出現に、緊張しているせいだと思ったが違う。
若様は身をかがめ、苦痛に耐えている様子だ。
「若様、大丈夫ですか?」
「若様、どこか具合が悪いので?」
セリナとシークが同時に尋ねる。
「…お、おなかが……。」
答えようとしてよろめき、シークが支えようとした腕にしがみついて、苦痛に呻いた。顔色が真っ青で額に冷や汗がびっしり浮かんでいる。
「ど、どうしたんですか!?」
呆然としたセリナだったが、すぐに我に返ると若様の肩に手をかけた。
「…いたくて、あつい。」
はあはあ肩で息をしながら、若様が答えた。抑えている場所は胃の辺りだ。
「…ぱ、パン!?でも、みんな食べたのに、なんで若様だけが!?」
「セリナ、それよりも早く、帰るぞ!」
シークが若様を抱きかかえようとした。
「まって!」
若様が嫌がり暴れたので、シークは手を放さざるを得ない。若様は地面に四つん這いになり、全身を震わせている。吐こうとしているのだ。でも、うまく吐けないでいる。
セリナは誰かが止める間もなく、若様のあえでいる口の中に指をつっこんだ。
「…う、うう。」
驚いた若様に指をかじられたが、吐くまで指を突っ込んだ。なんとか嘔吐させる。吐瀉物を見て、セリナとシークは息を呑んだ。真っ赤な鮮血が混じり、異様な匂いが漂っている。毒だ。それしか考えられない。でも、一体、何に?
「水を…!」
手を拭いたセリナは、急いで背負いかごの水筒を出そうとした。
「待て、その水は飲ませるな。」
ヴァドサ隊長が自分の水筒を差し出し、二人で若様に水を飲ませる。若様は全身を震わせ、自力で座られる状態ではなかったので、シークが体を支えた。顔色が悪い。水筒を持つのもやっとなので、一緒に持ったが手がどんどん冷たくなっていく。急速に悪化していく若様の状態に、セリナは恐くなった。体が震えて涙が出てくる。
「泣いている場合じゃないぞ。」
シークに言われ、セリナは涙を拭った。その時、母に言われたことを思い出した。
「あ、そうだ、これを一緒に飲んで!」
セリナは炭を取り出した。
「母さんが、毒の時はこれを飲ませろって、毒きのこ食べちゃった人に、飲ませてた!」
言いながら炭を爪で削り、若様の口に突っ込み無理矢理水を飲ませる。喉につっかえたのか、せっかく飲んだ水をまた吐き戻した。
「せっかく飲んだのに…!」
セリナが思わず言うと、いや、これでいいとシークが頷く。他の兵士達から水筒を受け取り、また、若様に水と炭を飲ませ、抱えて走り出した。
「付いて来れなければ置いていく!」
シークの言葉に、セリナは炭を握りしめて必死に走る。途中で一人の兵士が背負いかごを背負ってくれた。これで、かなり軽くなる。
最後のちょっとした山道にさしかかった時だった。物音に九人は振り返った。
「危ない!」
何が起こったのか、セリナは理解できなかった。近くの兵士に助けて貰い、セリナは無事だったが、二人の兵士が負傷した。なぜか大岩が突然、転がり落ちてきたのだ。
「大丈夫か?」
「はい。少し切っただけです。」
「私も走れます。」
負傷した二人は答えた。また、走り出そうとした時、立て続けに今度は丸太が落ちてくる。明らかに誰かが若様を殺そうとしている。一緒にいる自分達もろともだ。明らかなる殺意にセリナは恐怖と共に怒りを感じた。
転がってくる丸太は、さっきの岩に当たって跳ね、岩も転がしつつ迫ってくる。考えている暇はなかった。右側も切り立った斜面で登れない。今度も兵士にセリナは助けて貰った。転がってきた丸太は一本だけではなかった。二本も三本も…もっと、たくさん落ちてきたのだ。
今度は兵士達も無事ではすまなかった。セリナは覆い被さっている兵士の体の下から這い出た。彼の顔面は血だらけで意識はない。死んでいるのか生きているのか、分からなかった。セリナも気がつけば腕を酷くすりむいていた。
だが、今はそれどころではない。
(若様は、どこ?若様は?)
必死に辺りを見回した。立っている人は見当たらない。初めて見る惨事に体から力が抜けそうになる。必死に体に力を入れた。血の臭いに吐きそうになった。
「セリナ、無事だったか。」
シークの声だ。セリナは首を動かし、斜面の方を見上げた。なんと、彼は若様を抱きかかえたまま、丸太が転がってくる山の斜面の方に逃げ、生えている木を盾にして難を逃れたのだ。その方法で他にも四人が助かっていた。
「お前達は無事か?」
「はい。」
隊長の確認に四人は頷いた。
「走れるな?」
「はい。」
「行くぞ。」




