散歩での話
セリナは以前から見晴らしが良く、景色のいいところがあるので、そこに目星をつけていた。少し、屋敷から離れるが狩りに行くよりはぐんと近いし、セリナの家から水車小屋まで行くより近い。散歩にはちょうどよい距離だ。
セリナの案内で、少し小高い丘の放牧地にやってきた。
「わあ、ここは見晴らしがいいね。ここはどういう所なの?」
「放牧地ですよ。まあ、村はずれなので、あんまり村人の人気はないかも。でも、わたしは景色が綺麗だから、よくここに放牧に来るんですよ。牛とロバがいますからね。それに、ここはあんまり人が来ないから、草もしっかり生えてますし、お腹いっぱい食べさせてあげられるんです。」
「へえ、そうなんだ。あ、そういえば、あのロバは元気?」
ロバの心配をする若様は優しいな、と思って嬉しくなる。
「ええ、元気ですよ。」
答えてからセリナは思い出した。少しからかって聞いてみる。
「そういえば、若様、あの時、分からなかった“あそこ”の意味は聞きましたか?」
若様は目を丸くして慌てだした。
「え、あ、えーと、何を言ってるの、セリナ…!」
顔を赤くして狼狽えているのが凄く可愛い。つまり、聞いたのだ。フォーリはあの調子でなんでも教えられるのか、と思えば本当になんでもできる人なんだと感心してしまう。
「つまり、聞いたんですね?」
わざと小声でひそひそと聞くと、若様の目が点になった。
「だ、だめだよ、まだ、年若い女の子がそんなことを言ったら、良くないと思う…!」
「えー、わたし、何も言ってませんよー。」
「もう、セリナ!」
若様が顔を真っ赤にして怒っている。怒っている姿も可愛いので、もっとからかいたくなった。その時、シークの咳払いが聞こえたので、セリナは調子に乗ってもっとからかうのをやめた。
「分かりました、すみません、若様。それよりも、ほら、ここら辺でご飯にしませんか?見晴らしもいいし、ちょうどいいですよ。ここの岩が座るのにちょうどいいんです。」
セリナが謝って話題を変えたので、若様も機嫌を直した。
「草の上には座らないの?でも、おしりが濡れちゃうか。」
聞いておきながら自分で答えを出している。野宿生活で分かっているらしい。
「そうですよ。それに、放牧地だから、時々、家畜の糞が落ちていますからね。」
セリナは背負いかごを降ろし、布に包んだパンを取り出した。
「ちゃんと全ては同じ材料からできてます。」
セリナがヴァドサに説明し、いつもの二人がパンとお菓子、水の毒味をした。その間にセリナは聞いてみた。
「若様。野宿生活って結構長かったんじゃないんですか?山には五ヶ月いたんでしょう?五ヶ月以上に身についている感じがするんですけど。」
すると、若様は驚きの答えを口にした。
「うーん、たぶん半年前まで、あちこち転々としていたよ。フォーリに聞けば正確に分かると思うけど、セルゲス公の位を受けるまではね。刺客に居場所を知られないように、一カ所に長く留まることはなかったんだ。一番長くいたのはリタの森かなあ。サリカタ山脈から下りた後、冬もそこで越したから。」
「…リタって、リタ族っていう恐い人達の住んでる森ですか?」
この地域では森の子族とあまり仲が良くないので、一層、恐く感じる。リタ族は森の子族の中でも、激しい戦闘民族として知られ、殺した敵将をバラバラにすることで有名だった。
「君が思ってるほど、恐ろしくないよ。森に迷い込んだからってすぐに殺されるわけじゃないし。客人として扱って貰ったし、同年代の子達と遊んで楽しかった。それに、セリナ、君もリタ族と接しているよ。」
「え?ほんとですか?どこで?」
と聞きながら、セリナは分かった。思わず静かに隣に立っているシークを見上げた。
「もしかして、隊長さんの隊にいるんですか?」
セリナが恐る恐る尋ねると、シークは苦笑して頷いた。
「私の隊には森の子族が二人いて、そのうちの一人がリタ族だ。」
確かに薄い褐色の肌をした人達が二人いて、森の子族だろうと村娘達の間でも話題になっていた。村では森の子族の隊員と話すなと、村の大人達が娘達に言い聞かせていた。
「セリナ、大丈夫だよ。悪い人達じゃないよ。悪かったら親衛隊には、なれないんだから。」
確かに若様の言う通りだ。
「そ、そうですよね、すみません。」
セリナはシークに謝った。
「いいや、仕方ないことだ。あまり、お互いに接触することがない。だから、どうしても噂なんかが信憑性を増してしまう。ただ…病気か何かのように思わないで欲しい。彼らも人だから、傷ついてしまう。」
セリナはそれを聞いて、ドキッとした。洗濯物を洗う時、森の子族がいると分かってから、村の娘達は森の子族の隊員の洗濯物は洗いたくないと言って、お互いに押しつけ合っていた。ジリナがそれを知ってから、厳しく戒めたし、シルネとエルナが問題を起こしてから、一切押し付け合いは許されなくなった。
もし、それを知ってしまったのなら、彼らを傷つけてしまっただろう。シークに“人だから”と言われたが、親衛隊員達も人なのだと気づかされた気分だ。
「…ごめんなさい。」
「いいや、誤解しないでくれ。何もお前一人が悪いと言ったわけではない。」
神妙になったセリナに、シークが急いで言った。
「分かってます。ただ、わたしも、シルネとエルナが嫌いなのに、おんなじような考えも少しあったなぁって、思ったので。反省したんです。」
シルネとエルナはそういうこともあったので、余計に盥に入って服を踏みつけにするという問題を起こしたのだ。彼女たちが一番、村で一番上の意識が強いものだから、人を見下す傾向が強い。
「セリナは立派だよ。」
若様は言った。
「だって、ちゃんと自分の悪いところも認められるもん。ね、そうでしょ、ヴァドサ隊長。」
「はい、若様、そうですね。仰るとおりです。」




