散歩に出発
セリナは一人、若様専用の厨房で待っていた。仕事中に辺にうろうろしていたら、ジリナに見つかってお散歩に行けなくなるかもしれない。それにしても、本当にフォーリも若様もいなかった。
背負いかごに昨日焼いたパンと、今日の朝から焼いたパンと蜂蜜入りのお菓子が入っている。それから、水筒も入れた。用意は万端だ。本当ならお上品に小さなかごにでも入れたいが、護衛兵達の分があるから、仕方ない。
ようやく、若様がやってきてセリナはほっとした。約束通り親衛隊長のシークもいる。そして、言っていたとおり、フォーリの姿はなかった。
「若様。おはようございます。それにしても、本当にフォーリさんはいないんですね。」
フォーリがいないのが嬉しい反面、ちょっと不安も感じてセリナは口にした。それに若様達に、微妙な空気が流れているのを感じて、余計に何か話さなくてはいけないような気分になっていた。
「そんなに私達だけでは不安か?」
シークに聞かれて、セリナは慌てた。
「あ、ああ、いやそういうつもりでは…!」
そういうつもりではなかったが、結局、そういうことになってしまうかと、セリナは反省した。
「すみません。」
こうして、親衛隊長のシークと話す機会はあまりないので、少し緊張する。たまに、若様の護衛で近くにいるので接するが、面と向かって話した事はなかった。しかも、親衛隊は制服を着ているし、隊長のシークは表に積極的に出て来ないが、隊長だと思えば、なんとなく他の隊員達より話しかけづらかった。
なんだかんだ言いながら、フォーリとは厨房で料理もするし、割と近い気がしていた。
「…いや。確かにフォーリは凄腕のニピ族だから、比べられて仕方ないが。」
何か妙にシークの様子が深刻な気がして、セリナは首を傾げた。
「ニピの踊りってそんなに凄いんですか?わたし、見たことないです。」
セリナの発言に若様とシークは顔を見合わせる。
「フォーリさんの凄さについてはどんなものか分かりませんけど、細かいことに気を配れるいつもいる人がいないから、ちょっと大丈夫かなって少しだけ思っただけです。」
「そうか。お前は見たことがなくて当たり前だな。それに…ニピの踊りを見る機会がなければ、ないにこしたことはない。」
少しややこしいことをシークは言い、セリナは考えるのも面倒くさかった。
「それよりも早く行きましょう。時間がなくなってしまいますよ。」
セリナは二人を急かし、背負いかごを背負う。
「セリナ、その荷物は何?」
若様が驚いて尋ねる。
「これは、お昼ご飯ですよ。」
「え、お昼ご飯?」
「ええ。だって、フォーリさんを休ませるって言われたから。当然、必要ですよね。いつも、フォーリさんがご飯を作っているんですから。だから、あらかじめ作って来たんです。まあ、ご飯と言ってもパンとお菓子と水だけですけど。」
シークは難しい顔で考え込んでいる。
「あ、ご心配なく。ちゃんとフォーリさんがいつも使っている材料だけで作りました。大体、家にある材料だけで作っているので、大したものではありませんけどね。それに、みなさんの分もあるんですよ。若様が食べられる前に、いつもの方々が最初に食べて、飲んでそれから、若様が食べれば大丈夫だと思うんですけど。」
セリナはもうしっかり、食事時の手順を覚えていた上、フォーリが食事の手伝いに任命しているくらいである。
「分かった。ただし、全部は食べず一つずつ残しておくように。後で何かあったら、調べるかもしれない。おそらく、お前の家で作ったなら、何もないだろうとは思うが念のためだ。」
隊長の許しが出て、セリナはあらかじめ、全てのパンを二つずつ厨房に残していくことにした。皿にのせて布巾をかける。水も水筒から少し別の器に入れておく。これが何か分かるように、若様がフォーリに書き置きを残す。
「なんで、二つにしたの?」
「だって、フォーリさんもお腹が空いて、食べるかもしれないじゃないですか。」
そんなことで少し遅れたが、無事に散歩に出発した。




