グイニスの決心 3
「一体、何の話ですか?ベリー先生?」
ヴァドサ・シーク隊長が険しい顔で、入り口に立っている。グイニスは彼の部下達を疑っていると知られたくなかったが、仕方なかった。黙っているしかできなくなったグイニスに代わり、ベリー医師が口を開く。
「ちょうど良かった。今の話、ある程度、聞いていたでしょう。若様の提案で、フォーリを休ませています。」
「それは、分かっています。フォーリを休ませたいから、今日は特に念を入れて護衛して欲しいと、若様が仰ったのでお待ちしておりました。散歩をされるというお話でしたが、遅いのでお迎えに参ったのです。」
そこで、言葉を句切ったヴァドサ隊長は、難しい顔で若様とベリー医師の顔を交互に見比べる。
「ですが、若様が囮になって犯人をおびき出すとかなんとか、どういうことですか?」
「私は反対しましたが、若様のご決心が固いのでお手伝いすることにしました。どっちみち、何か結果を出さないと、命がけでフォーリを眠らせた意味がありません。私は寝込みのフォーリが襲われたら困るから、フォーリを守れという若様のご指示で、ここにいます。よって、何かあってもニピの踊りができる者はいませんので。」
「……。怒っていますか、ベリー先生?」
当たられている気がして、シークは聞いてみる。言葉の節々に険がある。
「怒る?私がどうして怒る必要が?それより、時間を無駄にしない方がいいと思いますよ。ニピ族は寝だめをしますが、フォーリが後どれくらい眠っているか分かりませんし。それに私は若様に何かあったときのために、いろいろと薬を用意しないといけませんからな。」
シークは若様を見やった。やっぱり怒っているじゃないかと思う。視線を感じたのか若様がシークを見上げてきた。顔にどうしよう、と分かりやすいほど書いてあるのでそっと耳打ちする。
「謝った方がいいですよ。それと、協力してくれるのだったら、お礼も必要です。」
若様は頷いた。自分の弟達より素直な性格の王子には、同情を禁じ得ない。正直な感想は可哀想に…だろう。数々の事情を知っているので、若様のことは胸が痛む。できるだけ、命の危険を感じないようにと思うが、なかなか難しい現状だった。
「あの、ベリー先生、無理を言ってごめんなさい。それと、助けてくれてありがとうございます。」
薬草を量っていたベリー医師は、グイニスの謝罪に手を止めた。
「いいですか、若様。これは、命がけのことなのですよ。フォーリを休ませたいというお気持ちは分かります。私がその間、若様と一緒にいるつもりでした。ですが、若様の仰ることも一理ある。だから、若様の言われるとおり、私はフォーリの側にいましょう。ですが、油断は禁物です。
セリナを巻き込むのですよ。若様にはそんなつもりがないことは分かっていますが、これはセリナを利用しているのです。そう言われて仕方のないことです。ですが、今を除いて犯人のしっぽをつかむ機会がないことも事実。どちらを取るかです。セリナを巻き込みたくなければ、おやめなさい。」
グイニスは震えた。セリナかフォーリを選べ、と言われているようなものだ。
「私は犯人も見つけて、セリナも守る。」
「若様、世間では二兎を追う者は一兎をも得ずと言います。二つのものを同時に追いかけても、結局、二つとも得ることはできない、ということです。」
「…でも、このままじわじわと追い詰められるのは、嫌だ。セリナとも仲良く友達でいたい。私はただ生きたいだけなのに。他の少年達みたいに生きたいだけなのに、私にはそれが許されないの?」
「…残念ながら若様には、許されておりません。ですから、護衛が必要で用心が必要なのです。」
ベリー医師は、はっきりと現実を突きつける。横から見ていてもいたたまれないほど残酷だ。シークは気の毒になった。若様はうつむいて震えている。
「ですから、若様、今日の所は考え直しませんか?」
「でも、フォーリの負担も減らしたい。」
若様の声は消え入りそうだ。
「ベリー先生。一つお尋ねしますが、フォーリに寝たふりをさせて、この若様の言われるように囮作戦をした場合、上手くいくと思いますか?」
シークは護衛隊長として声をかける。ベリー医師は少し考えた。
「おそらく、無理でしょう。相手もニピ族の可能性があります。」
ベリー医師の答えに、シークはぎょっとした。
「…ニピ族の可能性ですか?つまり…フォーリをこの間、出し抜けたからですか?」
シークの言葉に、グイニスは思わず彼の顔を見上げた。彼にも言っていなかったが、すぐに気づいている。隊長をしているだけあって、非常に頭の回転が速い人だと思う。
「では、先生、先生の代わり私がフォーリの側にいたらどうですか?」
つまりその間、ベリー医師が若様の側にいるということだ。表にいなくても陰でこっそりということも考えられるが、敵がニピ族の可能性があるなら、気がつかれるだろう。
「ニピの踊りができるカートン家の医師が側にいて、敵が油断すると思いますか?」
「…やはり、油断しないでしょうね。特に先生は切れ者ですから。」
「お褒め頂いて光栄ですが、この作戦はフォーリも私もいないことが成功の前提だと思いますよ。」
「そうですか。」
シークは言って考え込んだ。そうですか、なんて言っているが、本当は彼だってそれくらい考えついているだろう。
真面目で仕事も丁寧な、こんな人が出世できないでいた。でも、そのおかげでグイニスの護衛についてくれることになったのだ。そして、フォーリの負担も減ったし、グイニス自身も彼には感謝している。それでも、まだまだフォーリの負担は大きいのだ。
「やはり、ニピ族の可能性があるということを、先生も疑われているということですね。」
「その通りです。フォーリを出し抜くのは、非常に難しいはずです。剣術でヴァドサ隊長がフォーリに勝てる可能性があるのは分かっていますが、気配を消すことや逆に察知するなどの芸当は、ニピ族が天下一です。そのフォーリを出し抜くことがいかに大変か、そして、それがどれほど危険で深刻な状況かヴァドサ隊長なら十分に、お分かりでしょう。」




