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グイニスの決心 2

 ベリー医師の(するど)い視線を受けて、グイニスは思わず、ごくりと(つば)を飲み込んだ。

「私は知っている。フォーリは(すご)いけれど、それでも人だ。ニピ族は確かに寝込みを(おそ)われても、それに対処できるように訓練されているのは知ってる。でも、本当に疲れ切っていたら別だ。寝込みを襲うのが一番、確実だ。

 ここに来てからも、来る前からもフォーリはあまり休んでいない。田舎にいたら、少しは安心できるかと思ったけれど、そうでもない。人手がない分、フォーリの負担はかえって増した。

 まず、料理係兼毒味役が死んだ。フォーリが料理をしなければならなくなり、フォーリの仕事が増えた。さらに、食料の調達のため、狩りや釣りもする。外に出れば私を殺す機会は増える。現に私は殺されかけた。

 私の衣服に毒針が仕込まれていたこともあったから、私が身につける物は、下着から全てフォーリが最終確認をする。引き出しに強い眠り薬が入れられていたり、蝋燭(ろうそく)を毒入りの物に取り替えられていたり、そういうことがあるから、フォーリはその全てを確認する。

 私はとても心配だ。もし、私が相手なら、まず最初に護衛のフォーリを始末し、それから無力な私を殺す。確かに親衛隊もいるけれど、凄腕(すごうで)のフォーリさえなんとかすれば、私なんて赤子の手を(ひね)るように簡単に殺せる。

 ここでの犯人は誰か分からないけれど、相手はとても(かしこ)い。徐々にフォーリと私を消耗させ、疲れ切った所で手を下すつもりなんだと思う。」

 ベリー医師は(むずか)しい顔で考え込んだ。

「若様、そこまでお考えでしたか。しかし、考えすぎということはありませんか?敵がニピ族かもしれない、という根拠(こんきょ)はなんでしょうか?」

「簡単なことだよ。私が山で(がけ)まで連れ去られた時、ニピ族のフォーリを出し抜いたから。先生も知っている通り、ニピ族はちょっとした物音や気配にも敏感(びんかん)だ。狩りの最中だったからとはいえ、そのフォーリを出し抜いた。

 それに、あそこには親衛隊という国王軍の精鋭部隊が一緒にいた。フォーリほどでないとはいえ、フォーリに手合わせを願い出るくらい、腕に覚えのある人達だ。しかも、ヴァドサ隊長は体を壊す前は、フォーリと張り合えるほどの剣術の腕だよ。そんな人達を出し抜けるとしたら、フォーリと同じニピ族か同等の武術の大家のどちらかしかない。

 フォーリには今の話はしていないけれど、たぶん、フォーリも気づいている。だから、ベリー先生にはフォーリの側にいて欲しい。」

 ベリー医師は軽いため息をついた。

「そこまで、分かっているなら、今日、お出かけなさらなくてもいいでしょう?」

 ベリー医師は誰もいないか周りに注意しながら、グイニスに言う。当然の判断だ。

「…分かってるよ。でも、本当に内部に敵がいるなら、今日、狙ってくるはずだよ。誰かが敵だ。だけど、誰かは分からない。

 私はベリー先生とヴァドサ隊長は違うと信じてる。ベリー先生は、ずっと私を診て下さっているし、本当なら宮廷医師団に入れたはずなのに、それを()って私の担当になって下さったとフォーリに聞いた。

 それに、ヴァドサ隊長は全ての責任がある。私に何かあれば、彼がその全てを追わなければならない。叔父上は今の私を殺すおつもりはないみたいだ。

 そんなことをすれば、かつて父上に仕えていた貴族や議員達から反感を買い、政務に支障が出る。最初に問題があったし、だから、ヴァドサ隊長を選ぶに当たり、手練れの中から吟味(ぎんみ)されて選ばれた。そして、ヴァドサ隊長は…あんなこともあったし……叔父上の命令に背かない。

 ヴァドサ隊長は……この間、言ってくれたことは、本気だとわかった。だから、私はヴァドサ隊長のことは心から信じてる。でも、彼の部下達のことは分からない。もしかしたら、前みたいに誰かに何か言ってくる人がいて、言うことをきかせているかもしれない。」

 ベリー医師は眉間に(しわ)を寄せた。

「…つまり、だから、敵をあぶり出すために若様自ら(おとり)になると?」

 ベリー医師の指摘(してき)に、そこまではっきり言われるとは思わず、グイニスはごまかし笑いをした。

「へへ、見抜かれちゃった。だって、フォーリは絶対に許してくれないから。」

 ベリー医師の目が点になり、それから真顔になってげんこつで頭を叩かれた。この先生は王族のグイニスにも遠慮(えんりょ)がない。

「当たり前です…!フォーリやヴァドサ隊長の苦労を水の泡にするつもりですか…!?」

「大丈夫だよ、だって、ヴァドサ隊長達とは一緒に行動するんだよ。」

 グイニスは両手で頭をさすりながら反論した。

「今、ご自分でフォーリやヴァドサ隊長達を出し抜いた者がいるって(おっしゃ)いましたよね?」

「だって…恐いんだ!早くはっきりさせたいんだ。フォーリが憔悴(しょうすい)しきってしまう前に、なんとか犯人をはっきりさせたいし、はっきりさせるのも恐い。でも、フォーリが死ぬのはもっと嫌だから、はっきりさせるんだ。」

 グイニスは泣きたい気持ちを必死になって(こら)えた。

「…前みたいに……ヴァドサ隊長の時みたいになるのは嫌だ。私からニピ族の護衛がいなくならないように、ヴァドサ隊長がずっと盾になってフォーリも守ってた。それくらい、分かってる。でも、ここではフォーリが危ない気がする。」

 グイニスは、恐い顔をしているベリー医師を見据えた。

「私にとって、フォーリはただの護衛じゃない。フォーリがいたから、生きられた。フォーリの胸に抱かれて私は安心して、眠ることができた。フォーリは私にとって、年の離れた兄のようだし父だもん。

 私は父上のことを覚えていない。兄は従兄上がいたから、どんなか分かる。でも、父上のことは覚えていない。ぼんやりと(ひつぎ)の中に入っているのを覚えているだけで、顔は全く分からない。

 叔父上は、昔は優しくして下さったから、父上はこんなかなと思ったけど、本当の所は分からない。それに、ヴァドサ隊長は…叔父上がだめだって言ったから…。父上みたいとか、兄上みたいだって思っちゃいけない。

 だけど、フォーリは命がけで守ってくれるだけでなく、私がだめな時は叱ってくれる。落ち込んでいる時は(なぐさ)めてくれる。だから、フォーリが死んでしまったら、恐いから…だから、早く犯人をはっきりさせたい。」

 ぽん、と両肩に手を置かれて、グイニスは顔を上げた。ベリー医師が仕方ないなあ、という表情をしている。

「それで、若様。犯人は誰なのか、見当をつけられたのですか?先ほど、はっきりさせるのは恐いと仰っていましたが?」

 グイニスはうつむいた。

「…犯人は一人ではないと思う。でも、一人は…。」

 グイニスは声を震わせた。

「一人しか思いつかないんだ。こんなに周到な事をできそうな人、ここに来て、私は一人しか思いつかない。」

「若様、誰ですか?お聞きした以上、私もお手伝いします。若様が死にかけてから助けるのは、けっこう大変ですから。」

 はっきりそんな事を言う。だが、今はかえって気持ちよかった。思わず笑う。

「…確かにそうだね。ジリナさんだよ。セリナのお母さんだから恐いんだ。でも、ジリナさんくらいしか思いつかない。」

「…そうですか。確かに気に入っている女の子のお母さんでは、はっきりさせたいし、はっきりさせるのは恐いですね。」

 ベリー医師がそんなことを言い出したので、グイニスは慌てた。

「な、何を言ってるんだよ、セリナは友達だよ。」

「はあ、友達でしたか。まあ、どちらにせよ、ゆゆしき事態ですな。」

 ベリー医師は、内心では友達ではないだろうと思ったが、追求しないでおいた。王子という立場上、本当に友達と呼べる友達はいない。経験がないのだから、恋と友情を勘違いすることもあるだろう。 

「私も気をつけましょう。しかし、フォーリは何と言っていましたか?」

「フォーリは兵士の中にいないか、疑っている様子だった。」

 ベリー医師は(うなず)いた。

「分かりました。そうしたら、ヴァドサ隊長やベイル副隊長をはじめ、兵士達にも今はフォーリを休ませているから、代わりに護衛してくれと頼まないといけません。私はここで若様が暗殺されそうになった時に備え、止血薬とか解毒薬とか想定される準備をしておきますから。」

「…ベリー先生、何を言ってるの?」

 さっきまで引き止めにかかっていたのに、急に態度が変わったため、グイニスは混乱して聞き返した。

「何って、若様が言われたことじゃありませんか。自分が囮になって、犯人をおびき出すと。フォーリがいない機会を狙うに違いないと。犯人をおびきだすにはフォーリがいない、と伝達しなくてはなりませんからな。親衛隊に言っておけば、自然と屋敷中に伝わっていきますよ。心配無用です。後は若様が危機をご自分で脱しないといけません。なんせフォーリは寝てますから。」

 思わずグイニスはぽかんとして、ベリー医師を見つめた。

「何をぼんやりしてるんですか。まさか、今さら恐いとか怖じ気づいているんですか。ああ、そうだ、セリナと二人きりになってはいけませんよ。二人だけの時に何かあった場合、セリナが犯人にされてしまい、確実に殺されてしまいます。

 若様に頼まれてフォーリが助けようとしても、ヴァドサ隊長に殺されますよ。若様もご存じの通り、彼はとても真面目な人ですから、セリナが若様を害したとなったら心を鬼にして、すまないって言いながらでも任務を全うするでしょう。まあ、犯人にしてみれば、一度、セリナ辺りに()(ぎぬ)を着せて犯人を捕らえさせたつもりにさせ、安心した所でゆっくり殺す。その方が確実にいけますから。」


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