王太子タルナスの記憶 5 グイニスとの再会(上)
二人を見つめながら、必死に嗚咽を堪えながら泣いていると、側にいたポウトがそっとしゃがんだのが気配で分かった。
「殿下。」
と静かにポウトは話しかけてきた。
「おそらく、殿下が今、お考えになっている事と、私が考えている事は同じでしょう。もう、護衛を取り替える事はできないと、お感じなのですね。私も同感です。
殿下、フォーリはできる男です。ですから、誰もが羨ましがる護衛でしょう。ただ、私も同じニピ族です。フォーリほどではありませんが、私も殿下にお仕え致したいのです。」
ポウトの言葉にタルナスは、泣きながら目を上げた。思いがけない言葉だった。涙で揺らめく向こうに、真摯な表情のポウトがいた。フォーリより穏やかな空気の持ち主だ。
「私が殿下の護衛では、いけませんでしょうか?」
嗚咽で言葉が出て来ない。だから、慌てて首を振った。嬉しい気持ちを伝えたいのに、涙が出てきて言葉にならない。
「……な、なぜ…私に、仕えてくれようと?」
なんとか、疑問を口にした。ポウトが優しく微笑んだのが、涙の向こう側に見えた。
「殿下がご立派だからです。大人でも難しいことをやり遂げました。」
タルナスは違うフォーリのおかげだ、と言いたくて首を振った。
「フォーリのおかげだ言われたいのでしょう?でも、フォーリの心を動かしたのは、殿下なのです。
フォーリは私に言いました。まだ幼いが立派な王太子であり、王の器だと。」
その言葉に胸をつかれて、余計に涙が溢れる。
「私が殿下にお仕えしたいのは、それだけではありません。殿下は従弟の事を思いやる優しいお方だからです。そして、従弟のために計画を立て、それを実行なさった。手助けがあったとはいえ、最後まで諦めずに成し遂げられた。大人でも諦めずに、最後まで成し遂げるのは難しいことです。」
ポウトの顔が涙でずっと揺らいでいる。
「そして、今、殿下は従弟のために、護衛のこともお譲りになるおつもりです。自分ではなく、年下の従弟のためにそうなさるおつもりです。
ですから、私は殿下のその優しいお心をお守りしたいのです。」
ちゃんと答えたいのに、答えられなくてタルナスはポウトの胸に抱きついた。少し驚いた様子のポウトだったが、背中に手を回して撫でてくれた。
「ずっと、我慢してこられたのですね。今は我慢しなくていいのです。泣きたいだけ泣いて下さい。」
ポウトの優しい言葉に、久しぶりにタルナスは人に甘えた。父が摂政になって以来、両親にも誰にも甘えられなかったから。分かってくれる人がいて、安心できた。
「…ねえ、どうして、泣いているの?」
ポウトの胸で泣いていると、ふいにグイニスの声が間近でした。思わずどっきりしたが、顔を上げた。お互いに泣き顔は知っている。ポウトが手巾で涙を拭ってくれる。しばらく、グイニスはそれをじっと見つめていた。何かを思い出そうとしているように見えた。
タルナスはそれで気がついてしまった。グイニスは自分のことを忘れているのだと。衝撃的な事実だった。あまりの衝撃で、一瞬だけ涙が止まったが、次の瞬間には、また涙があふれ出る。胸が痛くて、気づけばずっと胸の辺りの服を握りしめていた。
「…ねえ、もしかして、知っている人?」
グイニスの言葉に、フォーリとポウトの顔色が変わったのが視界に入った。
「…うん、そうだよ。」
そう言ったのが限界だった。あまりの衝撃でタルナスは気絶した。




