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王太子タルナスの記憶 4 グイニスとフォーリ

 その後、グイニスの護衛はしばらくして、やってきた。ポウトというニピ族の青年だ。フォーリよりは年下に思われた。だが、実際にグイニスの元に行けたのは、半年も後になってからだった。

 グイニスは心の傷が深くて、誰にも心を開かず言葉をほとんど話さなかったという。それが、笑顔を見せるようになったと聞いたので、何がなんでも会いに行き、護衛も交代しなければならないと思った。その機会を逃せば、二度と会えないかもしれない。

 タルナスはポウトと一緒に、グイニスとフォーリに会いに行った。場所はカートン家の隠れ屋敷だ。

 庭園に案内されて、呼んでくると言った医者の申し出を断った。しばらくグイニスと会っていない。いきなり呼びつけたりしたら、驚いてまた、言葉を話さなくなるかもしれないと思ったのだ。様子を(うかが)い、落ち着いているようだったら、その時、出て行って会うと伝えると、医者は驚きながら、グイニスのためにはその方がいいと承諾してくれた。

 黙って大木の影に隠れて待っていると、向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。グイニスの声だとすぐに分かる。あんなに楽しそうな声は久しぶりだった。良かったと心の底から安堵(あんど)すると同時に、目の前の光景に、タルナスはなぜか胸が締め付けられるように痛くなった。

 グイニスがフォーリに肩車されている。こけていた(ほお)は幾分ふっくらと戻り、骨と皮だけのように()せ細っていた体は、肉が戻ってきていた。それでも、以前よりは痩せている。

 そのグイニスが楽しそうに笑っている。本当に楽しそうな笑い声と、久しぶりに見た笑顔にタルナスは、涙を堪えきれなくなった。

 そして、タルナスの胸が痛いのは、ただ安堵したからではないことが分かっていた。(うらや)ましいと思ってはいけないのに、羨ましかった。

 グイニスの心を開くために、フォーリがどういうことをしたのか、タルナスには分かってしまった。グイニスは二歳の時に父のウムグ王が崩御している。だから、父を知らない。フォーリは兄のように、そして、父のようにグイニスに接したのだ。だから、グイニスは心を開いたのだと。二人の姿は年の離れた兄弟のようであり、父子のようでもあった。

 タルナスは肩車をしてもらった事がない。タルナスが五歳になる前に父のボルピスは二歳のグイニスの代わりに摂政となり、公務で忙しくなった。抱き上げて貰った記憶はある。でも、それも六歳頃までだ。

 タルナスの両親は仲が悪い。二人が顔を合わせれば口論が始まり、父の忙しさが増すに連れ、母の忙しさも加わっていった。それを紛らわすように父は、他の女性達との間にも子をもうけ、母違いの兄弟が増えていった。本当なら弟妹(きょうだい)が増えるのは嬉しいはずなのに、全然、嬉しくなかったし、弟妹が増えてもタルナスはいつも一人だった。

 そんなタルナスの心を救ってくれたのが、グイニスだった。グイニスはなぜか、タルナスに懐いてくれた。いつも後を追ってきて、可愛かった。二人が一緒に遊ぶようになると、グイニスの姉のリイカも、必然的に一緒にいる時間が長くなった。リイカはタルナスにとっても姉だった。

 リイカとグイニスの母のリセーナは、大変な美女であったが、どこかよそよそしさを感じてなじめなかった。それでも、タルナスが二人のところに遊びに行くと迎え入れ、茶やお菓子を出し、グイニスと同じ部屋に泊まらせてくれた。そんなリセーナも、グイニスが七歳の時に亡くなった。

 完全に何かが変わり始めたのは、その頃からだ。父も母も何かが変わった。貴族も王族も議員もみんな、何か変わっていた。空気が違って恐ろしくなった。

 だから、余計にタルナスはグイニスとリイカを大切にした。もはや、二人を守る人はいない。子供のタルナスにだってそれは分かっていた。リイカとグイニスは王女と王子だが、孤児でもあった。

 大人達の異変に気づかないフリをした。リイカも大人達の異変に気がついていたのだろう。以前からおてんば姫だったが、一層、剣術と乗馬を熱心に取り組むようになった。二人も時々、姉に付き合わされた。二人がきついとか、痛いとか文句を言ったり泣きべそをかくと、この国の王子達は弱虫で泣き虫だと叱られた。

 今ではそれも思い出だ。リイカは前線に送られた。反対した。父に母に抵抗したけれど、無理だった。出発する当日、真っ赤に泣き腫らした目で見送りに行くと、泣き虫だと叱られた。叱るリイカ自身も泣いていた。口では叱りながら強く抱きしめてくれて、弟を助けて、と耳打ちされた。

 その日以来、タルナスは泣くのを堪えてきた。リイカとの約束を守りたかったし、タルナス自身もグイニスを助けたかった。その約束を果たせたのは、ひとえにフォーリのおかげだった。

 今、そのフォーリに肩車されて、グイニスが笑い声を上げている。(うらや)ましいと思ってはいけないのに、羨ましかった。胸が痛かった。

 分かっている。分かっているから涙が止まらない。もう、護衛の交代はできないと。グイニスにとって、フォーリは唯一、心を許せる相手だと。

 フォーリと別れる前に、タルナスは言った。グイニス相手にグイニス王子殿下とか言わないで欲しいと。ニピ族は(あるじ)として仕える相手に、役職で呼ぶことは少ない。相手が王やタルナスのように王太子という立場で無い限りは、若様やお嬢様、旦那様、奥様、などと呼ぶ。だから、グイニスに対してそう呼ぶように言った。

 以前、こんな会話をしたことがあった。ニピ族の主従を見かけた時だ。

従兄(あに)上、いつか、私にもニピ族が護衛についてくれる?』

『きっと、そうなるよ。お前が王太子に立太子されたら、必ずね。』

『ニピ族は仕える相手を選ぶっていいます。私に仕えてくれる人はいるかなあ?』

 タルナスは笑って答えた。

『もちろんだよ。お前はいい子だ。だから、きっと必ず現れるよ。』

『そうなればいいなあ。』

 グイニスは頬を染めて、嬉しそうに笑った。

 そういう経緯(いきさつ)があったことをフォーリに伝え、若様と呼んでもらうようにしたのだ。もしかしたら、そういうことは覚えていて、仕えてくれている訳ではないと知ったら、傷ついてしまうかもしれない、と危惧(きぐ)したから。だから、タルナスはそうして貰うことにした。タルナス自身がそうしたのに、実際にフォーリが帰ってこないと分かると、羨ましくなって悲しかった。


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